06-12 採取行
「明日は亜竜狩りに行くよ!」
夕食後、『ハカセ』がそう宣言した。
「え、ハカセ……」
「どうあっても現物を直に見ないとわからないからねえ」
「それはいいんですが、どこへ行くんですか?」
ゴローとしては、何日くらいの行程になるのか知りたかった。
なにしろ、ゴローやサナと違ってハカセは必ず食事を必要とするからである。
「ここからずっと北の山に入ったところさね」
「そこって5000メル級の山が連なっているんじゃ……」
「そうだよ。でもね、谷があって、うまく伝っていくと3000メルくらいの標高を行けるのさ」
研究所のあるテーブル台地が推定2000メルなので、標高差は1000メルくらい、それならなんとかハカセでも行けるのかな? とゴローは想像する。
「あたしは『フランク』に負ぶっていってもらうとするかねえ」
「ああ、それなら安心ですね」
フランクは『自動人形』であり、疲労とは無縁である。ハカセの世話係であるから、こういう時には大いに役に立つ。
「それじゃあ、俺とサナで食料その他を持ちます」
「ああ、そうしておくれ」
「あと、防寒着がいりますね。宿泊用のテントも」
「ちゃんとあるよ」
ハカセは、フランクと一緒に素材探しに2度ほどでかけていたという。
そのため、幕営に必要なものはひととおり揃っているのだった。
ゴローはフランクと共に素材採取行の支度を整えていったのである。
* * *
翌朝、早めの朝食を済ませ、出発だ。
「あれ? そういえばハカセはどうやって下りるんです?」
ここはテーブル台地の上。下までは1000メルほどある。
ゴローとサナは岩棚伝いに飛び降りて行けるが、ハカセは……。
「ああ、ちゃんと別ルートがあるよ」
「え?」
こともなげにハカセが言った。
「そもそもあたしがこんな崖を登ってこられるもんかね」
「それはそうですね」
ハカセは、当時使役していたガーゴイルに道を切り開かせてここまで登ってきたという。
「貴重な鉱石や植物が手に入りそうだったし、誰も来ない静かな研究所が欲しかったからねえ」
「ハカセらしいですね」
「そうかい? ……道はこっちだよ」
ハカセの先導で向かった先には、秘密のトンネルへの入口があった。
「傾斜は30度くらいで、テーブル台地の北西側に通じてるのさ」
足元はザラザラ凸凹している岩がむき出しなので滑ることはないが、歩きやすくもない。
なのでハカセはフランクに背負われて行く。ゴローとサナには苦にならないが。
先頭はサナ。真ん中がハカセを背負ったフランク。殿がゴロー。
トンネルは断面が円形をしていた。直径は3メルくらい。
「高低差1000メル、勾配が30度だから距離は2000メルになるわけだねえ」
フランクに背負われながらハカセが呟いた。
「歩行速度を時速4キルとすれば、30分で出口に着くわけだね」
こういうときでも何かと考えてしまうのはやはりハカセだな、とゴローは最後尾を歩きながら半ば感心、半ば呆れていた。
「ハカセ、このトンネル、どうやって掘ったんですか?」
円形の断面なので、何か特殊な工法を使ったのでは、とゴローは想像したのである。
「ああ、円柱形のガーゴイルを使って掘らせたのさね」
「……」
シールドマシンのようなものかな、とゴローの『謎知識』が囁いた。
シールドマシンはトンネルを掘るボーリングマシンの一種で、前方の土砂を削って後方に送り、崩れないように同時にトンネルの壁を組み立てる機械である。
このトンネルは壁を固めていないが、似たようなものだろうなと想像したゴローなのであった。
ちなみに、トンネル内には明かりがないので、サナ、フランク、ゴローらが『光』『灯す』を指先に灯して明かりにしている。
* * *
ハカセの試算どおり、およそ30分で出口である。
ただし、巨大な岩の扉で塞がれており、そう簡単には開けられないようになっている。
ここから誰かが侵入してきたらまずいからだ。
「通路の途中にもいくつも仕掛けがしてあるけどねえ。もちろんあたしが通るときは解除されるよ」
とはハカセの言葉。
「どんな仕掛けですか?」
とゴローが聞くと、
「そうだね、1つは水だね。無断侵入者を水で流し出す仕掛けが上の方にあるんだよ」
「うわあ……」
「あとは煙でいぶすとか、油を流して滑らせるとかだね、もっとも油は次に使うときに困ることになるからあまり使いたくないねえ」
かなりえげつない仕掛けがされていることに、ゴローは安心するとともに呆れたのであった。
* * *
巨大な岩の扉も、所定の手順を踏めば(ものすごく複雑だが)、ハカセの力でも開くようになっていた。
「さあ、外だよ」
外に出たハカセは、岩の扉で出口を元どおりに塞いだ。
開ける時には、また面倒な手順を踏まないと開けられないということだ。
「でも、空を飛べるようになったら、もうこの通路も使わないんだろうかね」
「それはどうでしょうね。ハカセなら、きっと別の使いみちを見出す気がしますよ」
「あははっ、ゴロー、言うじゃないか」
ハカセは朗らかに笑った。
「……で、ハカセ、どっちへ向かうの?」
サナの質問に、ハカセは指を北西に向けて答える。
「都合のいいことに、この場所は北の山へ向かう方角なのさね。まずは北西へ向かうよ!」
そういうわけで一行はそのまま北西方向へと向かったのである。
フランクはハカセを背負ってずんずん歩いていく。
今は時速16キルくらい。普通の歩行の4倍、競歩並みの速度だ。
「ハカセ、酔いませんか?」
ゴローが心配するが、ハカセは涼しい顔。
「ん? ああ、大丈夫だよ。フランクの重心移動は見事だからねえ」
そう言われてみると確かに、フランクは膝関節をうまく使い、重心が上下にぶれないような歩き方をしていることにゴローは気がついた。
なるほど、これなら背負われたハカセも酔うことはないだろうと得心がいったのである。
* * *
途中で昼食を済ませ、早い冬の日が暮れる前に宿泊地を見つけ、野営。
大岩を使い、3方を囲む。
ゴロー、サナ、フランクが協力すれば、20トンくらいの岩も運べてしまうのだ。
「うんうん、いいねえ、あんたたちは!」
ハカセは上機嫌である。
岩の囲いの中に天幕を張る。寝るのはハカセだけ。
ゴローもサナももちろんフランクも、睡眠は必要としないからだ。
「ハカセ、寒くないですか?」
「ああゴロー、ありがとうよ。あたしは大丈夫さ」
特製の寝袋に潜ったハカセは笑って答えた。
なにしろ中にはハカセが作った『行火』と『懐炉』が入っているのだ。
足、お腹、背中がぬくぬくなので寒さ知らずである。
「それじゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。悪いけど、見張り頼んだよ」
「はい」
ゴローたちは外で見張り役である。
フランクは終始無言でハカセの天幕前を守り、ゴローとサナは交代で枯れ枝探しに行く、という役割分担となっている。
空は晴れており、翌朝は冷え込むことが予想されていた。
やはり火があったほうがいいだろうと、一応焚き火もしているので、火が消えないよう枯れ枝を足して翌朝まで保たせる役目もある。
その夜は何事もなく過ぎていったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月14日(木)14:00の予定です。
20210110 修正
(旧)足元はザラザラ凸凹している岩がむき出しなので滑ることはないが、歩きよくもない。
(新)足元はザラザラ凸凹している岩がむき出しなので滑ることはないが、歩きやすくもない。
(誤)一応焚き火もたいているので
(正)一応焚き火もしているので