06-10 ハカセの話
ハカセは、まず『銃』について話し始めた。
「アオキのやつが開発したんだよ」
彼は人族で、しかも非力だったため、護身用の魔導具を色々と考えていた、とハカセは言った。
「すたんがん、とか言ったかねえ。触れると雷属性の魔法を発して、相手を気絶させる魔導具とか作っていたね」
だが、一番熱心に取り組んでいたのが銃だった、ということだ。
「研究には、もちろんお金がいる。アオキは、『教会』にパトロンになってもらったんだよ。あたしゃやめとけ、って言ったんだけどね」
「その頃もう、ハカセは青木さんと知り合いだったんですか?」
「そうだよ。というか同僚だったねえ」
「同僚?」
「うん。あの頃のあたしはまだ駆け出しだったからねえ。師匠に当たる人の研究会に入っていたのさ。アオキも同期だったんだよ」
そうすると大分前だろうな、とゴローは想像した。
「300年近く前のことさね。あたしもまだガキだったしねえ」
ハカセ自ら、年代のことを口にしてくれたのである。
「師匠は当時有名だった学者で『ミハイル・エリーセン』っていったのさ」
「エリーセン……って、ハカセのエルフとしての姓でしたよね?」
「そう。師匠に気に入られてねえ。その姓をもらったのさね」
なんでもないことのようにハカセは言ったが、弟子が師匠から姓をもらう、ということは後継者として認められた証ではないか、とゴローは思っていた。
少なくともハカセは一番弟子か高弟だったはずだ、とも。
「まあ、その話はいいよ。……で、同僚だったアオキは……変わったやつでね、あたしたちにない知識を持っていたし、変わった発想をしていたよ」
と、そこでハカセはゴローを見る。
「ああ、そうか。ゴローの『謎知識』と似たような知識を披露してくれたことがあったっけね」
「そのアオキさんは、同僚にそうした知識を広めなかったんですか?」
「……ゴロー、よくお聞き。あんたの『謎知識』って、この世界の知識人や研究者、あるいは政治に携わるような者にとっては、喉から手が出るほど欲しいものなんだよ」
「……」
「だから、あんまり安売りしちゃいけないよ? そしてそれ以上に人前でひけらかしたりするもんじゃない。いいかい?」
「……気をつけます」
もう大分手遅れの感もある、と思いながらゴローは頷いた。
「はあ……その様子だと、もう大分やらかしたね?」
「……はい」
「……獣人の国で、女王陛下に知られている。『天啓』って言われてた」
サナが補足する。
「女王様にねえ。あたしゃ獣人の国にだけは行ったことないから、知り合いもいないねえ……それにしても女王様だの王女様だの、お偉いさんの知り合いが多いねえ」
そしてハカセはちょっと脱線したね、と言ってアオキ氏の話に戻った。
「その時、『銃』と言って、金属製の筒から弾を打ち出す道具を作ろうと躍起になっていたね」
「それで、研究費を得るために教会に……?」
「そういうことさ。あたしや他の同僚たちはやめろと言ったんだけどね。あいつは耳を貸さなかったねえ」
「研究室では予算というか、開発費は出なかったんですか?」
「そうなんだよ。ほら、エルフって弓矢が得意だろう? 銃みたいな道具は認めてくれなかったんだよ。……師匠も含めて、ね」
「そうですか……」
これで、教会と銃のつながりがわかった気がしたゴローである。
「教会は異教徒には厳しいし、外敵には容赦しないからね。誰でも使えてそこそこ威力のある銃は魅力的だったんだろうさ」
「それでアオキさんは?」
「そのことがあって、破門になったよ。……で、破門になってから銃を完成させたんだろうねえ」
「そうでしたか……」
「ああ、そんなわけだから、教会が銃を持っている、というのはその時の流れだろうね」
「……少しわかりました」
ゴローが言うと、ハカセは満足そうに頷いた。
「そうかい? あと、もう1つ、あたしの知っていることを教えておこうかね」
「なんです?」
「教会の『闇』ってやつを、さ」
「闇、ですか……」
ゴローは思わず身を固くした。
「そう。……異教徒、背信者、神敵を滅する、という、ね」
「……うわあ……」
やっぱり、という顔のゴロー。
「……宗教って、人を幸せにするためのものじゃないんですか……?」
「ゴローの問いは真っ当なものだね。でもねえ、神様とやらが思う『幸せ』ってのが、我々の考える『幸せ』ってやつとはちっとばかり違うらしいのさ」
「……そもそも、『人の身で神を語るな、論じるな』とも言われている」
「サナ?」
サナからも静かな怒りが感じられた。
「……なんだか、ハカセの話を聞いていたら、急に」
「サナは古城にいたレイスだったからねえ。もしかしたらその頃に何か教会とあったのかもねえ」
「……わからない」
「ま、いいさね。話を続けるよ。……そんな教会の『闇』の中の異端者かもしれないね」
金をもらって標的を片付ける……いわゆる『殺し屋』か、とゴローは想像した。
「でもねえ……ゴローもサナも、あんな『銃』くらいじゃやられないと思うんだけどね」
「え?」
「あんたたちの身体を作っているのは『魔導人造細胞』だからね」
「魔導人造細胞?」
「話さなかったかねえ。オドによって動く疑似細胞さ」
ハカセによれば、ゴローとサナの身体は、『哲学者の石』が残っていれば、10分の1くらいになってしまっても、時間は掛かるが再生する、と言う。
「……知らなかった」
が、このことは助手を長く務めていたサナも知らなかったようだ。
「話していなかったねえ。ごめんごめん」
自我が未発達な状態でそれを知り、実践しようとされでもしたらまずいと思ったからだとハカセは言った。
「そんなことは、しない」
「今はそうだろうさ。だけど『自我』が確立していないと、知識を確かめようと腕を切り落としたりして試してみてもおかしくないからねえ」
「……そう、かも」
「だからさ。今なら、試してみようなんて思わないだろう? ゴローも?」
「うん」
「あ、はい」
それが自我だ、とハカセは言った。
そして、一番大切な『哲学者の石』は、まず人の手では壊せない、と言った。
「大岩を落としても平気だし、鉄槌でぶっ叩いても壊れないよ。火で焼いても、氷で冷やしても平気さ。不滅の結晶体、それが『哲学者の石』だよ」
「……それじゃあ、哲学者の石で剣を作ったら凄いことになりますね」
この言葉にハカセはのけぞった。
「おま、ゴロー……なんてことを思いつくんだね」
「え?」
「哲学者の石で武器を作ろうなんて、あたしも思いつかなかったよ」
「そうですか? 壊れないと聞いたら、剣とか盾とか作ってみようと思いませんか?」
「そう言われるとそうかも知れないけどね……」
「ゴロー、『哲学者の石』を1つ作るために、数年の歳月が必要」
サナがそっと教えてくれた。
「そうさ。ゴロー、あんたの哲学者の石を作るために10年掛けたんだよ」
「そんなに……それじゃあ無理ですね。あ、でも……」
「なんだい? まだ何か思いついたのかい?」
「あ、はい。哲学者の石に準じた……つまり、オドを生み出せないとか、人造生命には使えないとか、そういう劣化版ならどうでしょう?」
「……言わんとする事はわかったよ。そうだね、かなり高価になるが、できなくもない……かねえ……?」
それでも、剣や盾を作るためには大きなものが必要になるので、やはり10年単位で時が必要だとハカセは答えたのであった。
「大体だね、ゴローの哲学者の石って、小指の先くらいだよ?」
「え!? そんなに小さいんですか?」
「サナのはそれよりもう2回り小さいね」
そんなに小さくても、無尽蔵の魔力源となる哲学者の石は、とんでもない物質だ、とゴローは改めて実感したのであった。
お読みいただきありがとうございます。
2020年の更新はこれで終了となります。
次回更新は2021年1月7日(木)14:00の予定です。
今年1年、ご愛読ありがとうございました。
20210105 修正
(誤)「サナのはそれよりもう2周り小さいね」
(正)「サナのはそれよりもう2回り小さいね」
20211221 修正
(誤)「話さなったからねえ。ごめんごめん」
(正)「話していなかったねえ。ごめんごめん」