06-09 再会!
ジメハーストの町からカーン村までは、普通に歩いたら4日は掛かる。
つまり、だいたい150キルほどあるのだが、人目がほとんどなくなったため、ゴローとサナは時速30キルほどで走り始めた。
マラソン選手の平均時速が20キロというから、相当の速さである。
もし人に出会った時には時速15キルくらいまで落とすつもりだったが、冬を迎えたこの地方に旅人はいなかった。
それで2人はその速度をずっと保ち続けることができたのである。
途中にあったシェルターも全てパスし、昼過ぎにはカーン村が見えるところまでやって来た2人。
「真っ直ぐ『ハカセ』のところに行くぞ」
「うん」
そういうわけで2人は、カーン村の人に見つからないよう、かなり手前で右に折れた。
もう遠慮はいらない、ということで、これまでの3倍以上、時速100キルで走り始める。
200キルほどある距離も2時間で踏破し、午後3時ころには懐かしのテーブル大地の麓に2人はいた。
「あー、なんか久しぶりだな」
下から見上げると垂直に近い岩壁。実際は60度から90度、一部オーバーハング、という斜度である。完全にロッククライマーの世界だ。
だが、『人造生命』であるゴローとサナなら、足掛かりになる岩棚を選んで飛び移り、登ることができた。
「ゴロー、行こう」
「うん」
一足先にサナが飛び上がった。ゴローもそれに続く。
そういえば、初めて『ハカセ』の研究所から外に出て、ここを下ることになった時には怖かったな、とゴローは懐かしく思い出した。
岩棚から岩棚へ、2人はひょいひょいと飛び上がって登っていった。
* * *
「着いた」
「着いたな」
テーブル大地の上。
懐かしい場所。
ゴローが初めて『空』を見た場所であり、『自意識』を持った場所でもある。
「ゴロー、行こう」
「あ、ああ」
感慨にふけっているゴローを、サナがせっついた。
それで2人は研究所を目指す。
それはテーブル台地上にある岩山、その岩壁に穿たれた横穴の奥にある。
「ハカセ、ただいま」
「おや、サナとゴローじゃないか。お帰り」
「……ただいま帰りました」
感動の再会、とは言わないまでも、もう少し情緒があってもいいのに……と思ったゴローであった。
* * *
「ゴロー様、サナ様、おかえりなさいませ」
「フランク、ただいま」
「ただいま、フランク。元気そうだな」
「いえ、お言葉ですがゴロー様、私は自動人形ですので、『元気』という概念はふさわしくありません」
「そ、そうか。……じゃあ……調子よさそうだな」
「はい。先日ハカセに整備していただいたばかりですので」
「……」
やっぱり自動人形だとロボットと話しているみたいだな、と感じるゴローだった。
「これ、お土産」
「ほうほう、なんだか美味しそうだねえ」
『粉末樹糖』『メープルシロップ』をはじめとしたお土産を出すとハカセは喜んでくれた。
そしてそれ以上にハカセが喜んだのは、2人の『土産話』である。
「うんうん、2人とも、濃い日常を送っていたんだねえ。……王族の知り合いだのドワーフの同居人だの、屋敷妖精に木の精だって? 極めつけは獣人国で名誉貴族になったなんてねえ……驚きだよ」
ゴローとサナが代わる代わる語って聞かせた話を、ハカセはにこにこしながら聞いてくれた。
それは、子供同様の2人の成長が嬉しくてたまらないという顔つきだった。
「それに、王都で『アオキ』の子孫に会ったとはね」
「あ、やっぱり知り合いでしたか」
『ブルー工房』の創設者『青木』こと『スミス・ブルーウッド』。
ハカセによれば、彼は『人族』だったので、ずっと昔に没したはずだ、という。
「でもねえ……彼のことだから、自動人形あたりに意識を移していたりしてね」
「そんなこと、できるんですか?」
「多分できるよ。……彼はどっちかというと機械系の技術者だったからね。私も随分と参考にさせてもらったものさね。天才だったよ、彼は」
とはいえ、ハカセとは寿命が違いすぎ、その蓄積できる知識と経験にも限りがあったため、オールラウンダーにはなれなかった、ということだった。
「その子孫が工房をねえ……で、『足漕ぎ自動車』かい。発想は面白いけど、ゴローかサナにしか動かせそうもないねえ……」
「ですから、動力を作れませんかね?」
「うんうん、面白そうだねえ!」
だが、それで終わりではない。
「へえ? 『竹とんぼ』……空を飛ぶって? それはほっとけないねえ!」
こちらにも食いつくハカセである。
「あ、ええと、それに、サナが新しい魔法を作りまして」
「うん? そりゃ凄い。どんな魔法だね?」
「……『脱水』っていう魔法」
サナは、ハカセの目の前で実演してみせた。
「ふんふん、なるほど。ゆっくりと脱水するのがポイントだね」
「……で、ハカセに、この『脱水』を使える魔導具を作って欲しいんですよ」
それを持って『ミツヒ村』に行ってみたい、とゴローは説明した。
「ミツヒ村……ああ、あそこだね」
「知ってるんですか!?」
「よくは知らないけど、国を追い出されたダークエルフが作った村だってことくらいはね。……で、なんで行ってみたいんだい?」
「そこで『樹糖』が採れるらしいからですよ」
「ああ、そうした役に立つ魔導具を手土産にして、村に入れてもらおうって算段かい」
「お見通しですね」
「まだ耄碌しちゃいないよ」
まだまだ話すことはたくさんある……のだが。
「ハカセ、ご歓談の最中ですが、お夕食をお召し上がりになりませんといけません」
フランクが夕食の時間を告げた。
「ああ、もうそんな時間かい」
ゴローとサナは食事も睡眠も取らなくても平気だが、ハカセはそうは行かない。
「それじゃあ、話の続きは食事の後で」
「そうだねえ、楽しみにしておくよ」
そう言ってハカセは夕食……この日は大麦の粥、クリームシチュー、野菜サラダ、フルーツジュースであった。
栄養バランスはいいが、バリエーションに乏しいようだ。
(ゴロー、フランクに料理、もっと教えてあげて)
(そうだな)
小声で言い交わすゴローとサナであった。
* * *
「さてさて、続きを聞かせてくれるかい?」
食後のお茶を飲みながら、ハカセがせがんだ。
「は。あ、そうだ、狙撃されました」
「え?」
手にしたマグカップを落としかけ、辛うじて踏みとどまるハカセ。
「詳しく」
「はい。実は、王家が宝石を欲しがりまして、それを商人経由で供出したら、なぜか」
「……丸い玉だった、って言ったね?」
「はい」
「うーむ……」
ハカセは難しい顔をして考え込んでしまった。
「あの、どうかしましたか? 俺なら、怪我もしませんでしたし……」
するとハカセは、
「……その狙撃をする奴らにちょっとだけ心当たりがあるのさね」
と告げたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月24日(木)14:00の予定です。
次回で今年の更新は終了予定です……。
20201220 修正
(誤)『粉末樹糖』『メープルスロップ』をはじめとしたお土産を出すとハカセは喜んでくれた。
(正)『粉末樹糖』『メープルシロップ』をはじめとしたお土産を出すとハカセは喜んでくれた。
orz
20220923 修正
(誤)実際は60度から90度、一部オーバハング、という斜度である。
(正)実際は60度から90度、一部オーバーハング、という斜度である。