06-07 噂
新作魔法『脱水』の説明を聞いて、ゴローは感心した。
「なるほどなあ。さすがサナだ。加減が利く、っていうのがいいな」
元々の『乾かす』では、効果が強過ぎ、カラカラになってしまうのだ。
そこへいくと『脱水』は、ゆっくりと水分を抜いていく魔法なので、術者が好みの状態で止めることができる。
「……工夫したのは『オド』の消費を抑えて、魔法の効果の発動を遅くするところ」
「わかるよ。これだと『乾かす』の30倍から50倍くらい、時間を掛けて水分を抜くものな」
『乾かす』だと2秒くらいでカラカラになっていたものが、『脱水』では1分から1分半くらい掛かる。
つまり、好みの乾き方で止められるわけである。
海水から塩を作るとか、煮詰めて味を濃くする時など、水分を飛ばす目的で加熱している場合、非常に有効である。
その反面、『加熱』も同時に行うのが目的な場合……例えば砂糖を煮詰めてカラメルを作る場合……には向かないが。
カラメルを作るには、水分を飛ばすだけではなく、砂糖を熱する必要があるからだ。
「『ハカセ』に話したら、きっと魔導具を作ってくれそうだ」
「うん、きっと」
そしてまた、『リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロス』の名声が1つ増えることになるのだろう、とゴローとサナは思ったのである。
* * *
それはそれとして、『乾かす』では粉になってしまった樹糖だが、『脱水』では結晶化させることができることがわかった。
『脱水』の速度を早めるとザラメ状に、ゆっくりにすると氷砂糖のような大きさになったのだ。
「これって、アメだよな……」
砂糖を煮詰めて作る飴の代表はベッコウアメ。
一方氷砂糖は砂糖(ショ糖)の結晶である。
今回できあがったアメは樹糖の結晶と言えた。
「もっと樹糖を買ってくるか」
「うん、是非!」
「……じゃあ行ってくる」
大喜びのサナに苦笑しつつ、ゴローは両手に大きな桶をぶら下げ、市場へ向かったのである。
* * *
「おや、樹糖を買ってくれた兄ちゃん。……何? もっと買ってくれるって? そりゃあありがたい」
樹糖を売っているオヤジさんはまだいて、追加で買うと言うと大喜び。
どうやらかなり売れ残っていたようで、桶に2杯……20リルほど買ったら、1割引にしてくれると言う。
そこでゴローは、
「……うちまで運んでくれたら、全部買うよ」
と言ってみたところ、大乗り気。
「ええと、全部で105リルあるんだが、いいのか?」
「ええ、買います」
「そうか、全部買ってくれるなら半額でいいぜ! 運んでもやろう!」
とまで申し出てくれたので、ありがたく受けたゴローであった。
* * *
さすがに半額にしてくれると言われてちょっと気が引けたので、荷車はゴローが引いてやった。
ディアラ邸までは10分ちょっと。
勝手口前に荷車を停めると、サナが出てきた。
「ゴロー、おかえりなさい」
「ただいま。面倒だから全部買うことにした」
「うん、えらい」
そんなやり取りのあと、荷車から30リル入の桶を軽々と運んでいくサナ。
その様子を見て絶句するオヤジさん……というお約束もあったが、無事105リルの樹糖を運び終えることができた。
「オヤジさん、この樹糖って、どこで採れるんです?」
ちょっと気になったゴローは、産地を聞いてみることにした。
「うん、俺の村だ。この町の東の村で採れるんだよ」
と教えてくれたオヤジさんであった。
「これだけたくさん集めるの大変でしょう?」
と聞くと、
「そこはそれ、企業秘密ってやつさ。……それじゃあ、まいどあり。正直助かったぜ、兄ちゃん」
とぼかした答えを告げ、オヤジさんは空になった荷車を引いて帰っていったのである。
* * *
そんな時、お昼どき近くなったので台所へディアラがやってきて、樹糖を見て驚く。
「何か、荷車が来ていたようだけど……なんだね、この大量の水は?」
「水じゃなくて、樹糖」
「……樹糖? それにしたってなんでこんなにたくさん……」
そこへさらにライナも顔を出す。ずっと店で祖母の手伝いをしていたのだ。
「おにいちゃん、なにこれ!?」
驚く2人に、ゴローが説明をする。
樹糖を煮詰めると、甘い蜜……メープルシロップになること(メープルの樹液なのかは定かではないが)。
それはゴローとサナが魔法で行うので燃料代は掛からないこと。
もっと水分を飛ばすと、甘いアメになること、などだ。
「……アメ、美味しいの?」
ライナが、文字どおり食いついてきた。
「ああ、美味しいぞ。……ここに試作があるから、食べてごらん。ディアラさんも、どうぞ」
ゴローは試作した『樹糖飴』をライナとディアラに差し出した。2人はそれを口に含む。
「あまーい! おいしい!」
「こりゃあ美味しいねえ。これが樹糖からできるのかい」
2人共気に入ってくれたようだ。
とはいえ、
「樹糖飴もいいけど、お昼の支度をしないとねえ」
とディアラに言われ、昼近くになっているのに今更気づいたゴローとサナであった。
* * *
お昼はパンとクリームシチューだった。
「ディアラさんのシチュー、久しぶりにいただきました」
ちょっと懐かしい味に、ゴローとサナもほっこりしたのである。
そしてゴローは、ちょっと東の村について聞いてみることにした。
「ここから東に村があるんですよね? そこの特産が樹糖だって聞きましたが」
「ああ、ミツヒ村、っていう小さな村があるね。あそこにはダークエルフもいるって噂があるんだよ」
「ダークエルフ、ですか……」
ゴローは最初の旅の時にシェルターで出会ったダークエルフのことを思い出した。
「ダークエルフって、剣と土魔法が得意なんだっけ?」
とサナに聞くと、
「そう。エルフは弓と風魔法が得意、だけど」
と言って頷いたのである。
そんなゴローにディアラが忠告した。
「……行ってみようとしても、多分無駄だよ?」
「え? どうしてですか?」
「ミツヒ村は、『ある』ということはわかっているけど、招かれざる客はたどり着けないのさ」
「へえ?」
「結界とか迷路とか言われているけどね」
「でも、樹糖を売ってくれたオヤジさんは、気さくな人でしたよ?」
「村のヒューマンは普通なんだけどねえ……」
ディアラは、村にいるダークエルフが問題なのだ、と言った。
「噂では、もっとずっと東にダークエルフの国があって、そこから追い出された者がミツヒ村に住み着いているっていうんだよ」
「追い出された……ですか」
「そうさ。だからか、よそ者が村に来ることを極端に嫌う……らしいのさ。とはいえあくまでも噂だからねえ。本当かどうかもわからないよ」
そう言ってディアラは腰を上げた。
「さて、お昼も終わり。店を開けなきゃね。ライナ、食器を頼むよ」
「うん、おばあちゃん」
だが、そんな2人にゴローが申し出る。
「あ、洗い物は俺たちがやりますよ。お世話になっているんですし」
「そうかい? それじゃあ頼むとするかねえ」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」
そんなライナにも、ゴローは声を掛けた。
「ライナちゃん、おやつの時間を楽しみにしていてね」
「うん、おにいちゃん!」
そんなわけで、後片付けを引き受けたゴローとサナである。
もちろん、後片付けをしたあとに、『樹糖の結晶化』と『粉末化』を行ったのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月17日(木)14:00の予定です。
20201213 修正
(誤)『乾かす』だだと2秒くらいでカラカラになっていたものが
(正)『乾かす』だと2秒くらいでカラカラになっていたものが