06-06 新たな発見
ジメハーストの町へ、食材を探しに出たゴロー。
「……やっぱり砂糖は高いなあ……北の地だしなあ……」
この世界の砂糖は『サトウキビ』から作られており、北にあるこの町では高級品であった。
「蜂蜜も高いし……『樹糖』を買っておくか……」
『樹糖』は甘みのある樹液を煮詰めたものである。
以前ゴローはサンバーの町でこれを見つけ、更に煮詰めてメープルシロップにしたことがある。
『樹糖』の段階ではまだまだ水分が多く、日持ちしないのだ。
かといって煮詰めるには燃料代が掛かり、高価になってしまう、というわけである。
とりあえず『樹糖』を桶に一杯分買ったゴローは、一旦戻ることにした。
こぼしたりひっくり返したりしたらもったいないからである。
「あ、おにいちゃん、おかえりなさい。……なに、それ?」
「お帰りなさい、ゴロー。……それ、『樹糖』?」
ライナとサナが出迎えてくれた。
ライナはゴローが何を買ってきたのかわからなかったようだが、サナは匂いですぐに『樹糖』とわかったようだ。
「正解。サナ、これを煮詰めておいてくれないか? 俺はもう一度食材を買いに行ってくるから」
「うん、わかった」
「ちょっとならいいけど、全部舐めたりするなよ?」
「…………わかった」
間が気になったゴローであるが、メープルシロップを直接舐めるより美味しいものを作ってやるから、と言い残して再び町中へと向かったのである。
* * *
『樹糖』を受け取ったサナは、台所を借り、煮詰めることにした。
もちろん魔法で、である。
薪を使うと2時間ほど煮詰める必要があるので、燃料代が馬鹿にならないが、火属性魔法レベル2の『熱』『ゆっくり』を使えば只だ。
もっとも、ゴローやサナのように『哲学者の石』を持っていない限り、2時間も連続して炎を出すなどという真似はできないが。
「んー……これって、水分を飛ばすために熱するわけ、だから……」
鍋に『樹糖』を移したサナは熱する前にちょっと考え込んだ。
「『乾かす』でなんとかできないかな……」
『乾かす』は濡れた服など、主に布製品を乾かす『生活魔法』である。
サナはゴローから聞いた『科学』を思い出していた。
「砂糖水や塩水を煮詰めるとだんだん濃くなるのは、水分が蒸発するから。……つまり、水分を取り除くために煮込んでいるわけ……」
『乾かす』もまた、対象から水分を分離する魔法である。
「使えそうな気がしてきた」
とはいえ、いきなり全部の『樹糖』に『乾かす』を掛け、台無しにしたら悲しすぎるので、少しだけ小分けにして実験してみることにする。
元々の『樹糖』は2リルほどあったので、そこからお玉で一すくいだけ取り出し、小鉢に入れた。
「『乾かす』……あ、失敗……かな?」
小鉢の中の『樹糖』は、水分を全部奪われ、カラカラになってしまったのだった。残ったのは茶色い粉。
「……水に溶かせば、戻る?」
小鉢に少しだけ水を入れてみるサナ。だが、粉になった『樹糖』はなかなか溶けない。
「熱してみる……『熱』『ゆっくり』……」
すると、じわじわと『樹糖』は溶け始め、1分ほどで薄茶色の液体ができたのである。
舐めてみれば、甘い。
「……うん、メープルシロップの、味」
思いも掛けずサナは、『樹糖』の保存方法を発見してしまったようだ。
粉末化させておけば、おそらく何年でも保つ(砂糖には賞味期限はない)。
もちろん、虫やダニがつかないようにし、湿気ないよう密閉容器に入れて、が前提だが。
熱しての粉末化ではなく、純粋に水分のみを飛ばしているので香りもそのまま残っていた。
「……もしかして、そのまま舐めたら、美味しいかも……」
そんなことまで思いついてしまったサナは、もう一度お玉1杯分の『樹糖』に『乾かす』を掛けた。
そして粉になった『樹糖』を一欠片、口に。
「……美味しい……」
口の中でゆっくりと溶ける『樹糖』。香りと甘味が口の中いっぱいに広がった。
「……でも、ちょっとしつこい、かも」
濃縮した『樹糖』は濃厚すぎて、香りを楽しむ余裕がない、とサナは感じたのである、なかなかのグルメであった。
ベッコウアメなら砂糖を水に溶かして煮詰め、型に嵌めて冷やすだけなのだが、『樹糖』でそれをやると、ちょっと味が濃くなりすぎるようであった。
「何か混ぜれば……」
だが残念ながら、サナに思い付けたのはそこまでだった。
「……ゴローに、相談しよう」
自分だけでは失敗作を量産しそうだと考えたサナは、素直にゴローの帰りを待つことにしたのである。
『樹糖』を煮詰めるのもやめておく。
その気になれば『乾かす』で同じ効果を一気に出せるからだ。
* * *
さて、ゴローはどうしていたか。
「うーん、何か果物もいいかもな……」
市場をうろついていたのである。
見つけた物は『リンゴ』『クルミ』それに『クリ』。
甘芋は、この北の地では高価だった。代わりにジャガイモが手に入ったが。
「もうないかな……おや?」
市場の露店に並べられていた、珍しい作物。
札には『甘根』と書いてある。だが『謎知識』は、別の名前を教えてくれた。
「おじさん、これ、本当に甘いの?」
と、露店の主人に聞いてみれば、
「ああ、絞り汁を煮物に使うんだよ。ほんのり甘味があるのさ。そのまま食べる時は、エグいから水に晒すといいよ」
との答えが。
(やっぱりこれは『甜菜』だ……!)
甜菜は砂糖大根とも呼ばれ、サトウキビが栽培できないような寒冷地で作られる。
大根と名前が付いているが根の形状が似ているだけで、ホウレンソウと同じアカザ科の植物である。
「絞り汁を煮て甘くしないのかい?」
と聞いてみると、
「ああ、そうすりゃあ砂糖になるっつう話だが、煮詰める薪代がなあ……」
ここでもまた、燃料代……コストがネックになっているようだった。
だが、それはそれとして、ゴローはその『甘根』をあるだけ買い込んだのであった。
「まいどー」
全部で20キムほど買っても5000シクロ(約5000円)。
リンゴ、クルミ、クリ、ジャガイモも買っていたゴローは、さすがに荷物が増えたので戻ることにしたのであった。
* * *
「ただいまー」
「お帰りなさい、ゴロー……それ、何?」
山のような荷物を抱えて帰ってきたゴローを見て、サナが呆れた。
「いやあ、あちこち回っていたらこんなになっちゃってさ」
ビート20キム、リンゴ2キム、クルミ2キム、クリ2キム、ジャガイモ10キム。
それがゴローの買い物だった。
「『樹糖』を煮詰めておいてくれたかい?」
「うん、それが、面白いことを発見した」
「へえ?」
サナは『乾かす』を使って『樹糖』を結晶化させられることをゴローに説明した。
「ふうん……なるほど。確かに面白いな」
「で、しょ? ……それだけじゃなくて、応用も考えた」
「応用?」
「そう。『乾かす』だとカラカラになってしまうので、もう少し効果を弱めた、魔法」
魔法のエキスパートであるサナならではであった。ゴローの帰りを待っている間、ずっと考えていたのである。
「『脱水』。『乾かす』より時間は掛かるし、魔力消費も少し多いけど、使い勝手は、いい」
サナはゴローに、新作魔法『脱水』の説明をしたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は12月13日(日)14:00の予定です。
20201210 修正
(旧)とりあえず『樹糖』を桶に一杯買ったゴローは、一旦戻ることにした。
(新)とりあえず『樹糖』を桶に一杯分買ったゴローは、一旦戻ることにした。
(旧)札には『甘根』と書いてある。だが『謎知識』は、別の名前を教えてくれた。
(新)札には『甘根』と書いてある。だが『謎知識』は、別の名前を教えてくれた。
(旧)だが、それはそれとして、ゴローはその『ビート』をあるだけ買い込んだのであった。
(新)だが、それはそれとして、ゴローはその『甘根』をあるだけ買い込んだのであった。