06-04 出発前夜
荷造りを終えたゴローは、忘れものがないか確認していく。
そして、
「そうそう、マッツァ商会へ行ってこないとな」
と、ひとりごちる。
もし北の山方面へ行くのなら、宝石あるいはその原石の発注をしたいと言われていたのを思い出したのである。
「いってらっしゃい」
「サナは?」
「私は、モーガンさんのところへ行ってくる」
「ああ、ディアラさんやライナちゃんへの手紙かなんかを預かってくるんだな」
「うん」
「それじゃ、そっちはサナに任せた」
そういうわけでサナと別れ、ゴローはマッツァ商会を目指した。
夕暮れの街は人が多く、雑踏を横目に見ながらゴローは歩いていく。
人にぶつからないよう歩くのは意外と難しい。
相手も避けてくれようとして、同じ方向に身をかわすとぶつかってしまうからだ。
その点、ゴローは、持ち前の反射神経を使い、相手が避け始めてから反対側に身をかわすのでぶつからないのであった。
* * *
「これはゴローさん、北の地へ行かれるのですね!」
商会長のオズワルド・マッツァ自らがゴローをもてなしている。
「ええ。先日、なんですか、何か欲しい原石があるとか伺いましたので」
「はい、そうなんですよ。ええと、『ルビー』の大きいものが欲しいのです」
「ルビーですか」
ルビーは『鋼玉』の一種で、赤い色の物を言う。
赤は不純物としてのクロムに由来するが、その含有率が1パーセント前後ものが最も美しい赤色を呈す。
それ以上クロムを含むと色は黒ずみ、5パーセントにもなれば灰色になって宝石としての価値はなくなる。
そうしたものは『エメリー』と呼ばれ、研磨剤となる。
ちなみに鉄・チタンが混入すると青色となり、それはサファイアと呼ばれる。
「はい。できれば、濃い赤色でこれくらいのものが欲しいのです」
オズワルドはそう言って、親指の先を示した。
なかなか大きな石を要求している。
(あー……さすがにその大きさのものは手持ちにないな)
小指の先くらいのものなら、『ハカセ』からもらった餞別の中に入っていたのである。
「それから、もしも見つかれば『アメジスト』もほしいですね」
「アメジストですか」
アメジストは紫水晶ともいい、水晶の仲間である。
含まれる鉄イオンのために紫色になるといわれている。
加熱すると黄色に変わり、これは黄水晶と呼ばれる。
黄水晶はまた、『シトリントパーズ』などと呼ばれ、本来は別種の鉱物である『トパーズ』の代わりに用いられたりもする。
「はい。しかも、『ドーム』がほしいのです。お願いできますか?」
アメジストは母岩(宝石を産する岩石)の中に内側を向いて生えている。その母岩を二つに割ったものがアメジストドームである。
大抵は外側は無色の水晶で、内側に行くほど紫色が濃くなる傾向にある。
「わかりました。探してみましょう」
「ありがとうございます」
こうしてゴローはオズワルドからの注文も受け、旅立ちの準備はすっかり整ったのであった。
* * *
一方、サナ。
「こんにちは」
「あらサナさん、1人? 珍しいわね。まあ、中へどうぞ」
モーガン邸ではモーガンの妻、マリアンが出迎えてくれた。
「おお、サナちゃん、こんな時間にどうした? 何か急用か?」
「はい。実は、急な話だけど、鉱石の仕入れで北の山へ向かうことになった、の」
「おお、そうなのか」
それでモーガンは察した。
サナとゴローはジメハーストの町にいるディアラとライナに、手紙もしくは言付けを届けてくれようとしているのだ、と。
「それじゃあ手紙でも書くから、ちょっと待っててくれ」
「はい」
そういうわけでモーガンは書斎へと向かった。
代わりにマリアンがサナの相手をしてくれる。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
サナが甘い物好きなのを知っているマリアンは、甘くした紅茶を出してくれた。
「ゴローさんと一緒に北の山へ行くのね」
「……はい」
「道中、気を付けてね」
「はい」
「そして、私からもお義母さんによろしくと、伝えてもらえるかしら」
「わかりました」
「ライナ……にも、いつでもこっちにおいで、と」
「? はい」
ライナへの言付けを口にしたときのマリアンの様子がちょっと気になったサナであるが、ちょうどその時モーガンが戻ってきたのである。
「サナちゃん、待たせたな。それじゃあこの手紙をおふくろに渡してくれ」
「はい、承りました。……それでは、帰ります」
「送らなくて大丈夫か?」
時刻はもう午後5時、外はもう薄暗くなっている。
だがサナは『人造生命』。夜目は利くし、強盗など鎧袖一触の強さを秘めている。
だからサナは一言答える。
「大丈夫です」
「そうかい? サナちゃん、それじゃあ悪いけど頼むな」
「はい」
そしてサナはモーガン邸を辞した。
* * *
家に着いたのはゴローの方が少し早かったようで、帰ってきたサナを『おかえり』と出迎えた。
そして夕食。
ゴローは改めて家族全員……『屋敷妖精』のマリーと執事見習いのルナール、そしてティルダに予定を伝えた。
「そういうわけで、半月くらい留守にするから。長くても1ヵ月で帰ってくるよ」
「わかりましたのです。お留守番しているのです」
「ゴロー様、サナ様、留守はお任せください」
「……気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ありがとう」
そして夜は更けていく。
眠る必要のないゴローとサナは『念話』で話をしていた。
〈『ハカセ』、元気かなあ〉
〈きっと、元気。『フランク』もいるし〉
〈だな〉
『フランク』は、ゴローとサナが旅立つ前に作った『自動人形』である。
要は『魔法ロボット』。
『ハカセ』の世話をするように教育してある。
〈ちゃんと食事しているだろうな〉
〈それはフランクがいるし、ゴローも教えていたし〉
ゴローの『謎知識』による『公衆衛生』の観念をはじめとする、健康のためのノウハウは『ハカセ』に伝えてあったのだ。
〈だから、大丈夫〉
〈だな〉
そんな話をしながら夜を明かす2人であった。
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次回更新は都合により6日に更新できそうもありませんので12月8日(火)14:00の予定です。
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