01-06 木イチゴ
遺跡のようなところで拾った、『肥後守』に似た小さなナイフに魔力を通してみると……。
「……何も起こらない?」
「うーん……」
光の剣みたいなものが伸びるとか、刃が赤く輝くとか期待したゴローだったが、期待外れに終わってしまった。
「切れ味はいいのかな?」
そのままそばの立木の幹をすっと横になぞってみたところ、
「おお!?」
力を入れていないのに、深さ2センチ程の切れ込みが入ったではないか。
「切れ味が増している?」
試しに魔力を流さずに同じことをしてみると、切れ込みは2ミリ程の深さしか入らなかった。
「何か魔法的に切れ味を増しているみたいだな」
「うん。そうとしか考えられない」
「刃先に微細な超音波振動が……というものではないな」
魔力を流した刃先を詳細に観察したが、振動しているようには見えなかった。
地面に転がっていた石を拾い、刃の横を押し当ててみても振動しなかったのだ。
だが。
ナイフの角度が僅かに変わって石に引っ掛かった……と思ったその瞬間、石がまるでバターのように削れてしまったのだった。
「うえ!?」
思わぬ出来事に、変な声を出してしまうゴロー。
「な、何で!?」
「……慌てない。もう一度、石を削ってみて」
冷静なサナはそんなゴローとナイフをじっと見つめてそう要求した。
「わかったよ……」
ゴローは同じように、魔力をナイフに流しながら石を削っていく。
「おお、すげえ」
サクサクと、石の笹掻きができていく。
しばらくそれを続け、石が鉛筆のように細くなったところで、
「だいたいわかった。もう、いい」
と、サナからストップが掛かった。
「方法はわからないけど、そのナイフは刃が触れた部分を『弱く』しているみたい」
「だから魔力を通す必要があるのか」
「そう。……きっとそれ、古代文明の遺産」
「何だそれ?」
古代文明という単語に引っ掛かったゴローは、サナに説明をせがんだ。
「さっきも言ったけど、4000年程前に滅んでしまったと言われる文明。魔法科学が進んでいた、らしい」
『ハカセ』も、その遺跡から出た『古代遺物』から色々学んだのだとサナは言った。
「あちこちに『遺跡』が残っていて、専門の研究者もいるらしい」
だからある程度、使われていた文字も解読されているのだな、とゴローは納得がいった。
「こんなナイフでこれだもんな。同じ機能の剣があったら無敵かも」
「でもおそらく、そういう剣があったとしたら、防御方法も考えられていたはず」
「あ、そっか」
サナの言い分も一理ある。こうした武器は、常に進歩し続けるものだ。
新たな武器が発明され、少しすればその防御方法が開発される。
すると、武器は改良される。それにより防御方法も進歩する。
効かなくなった武器に代わり、新たな武器が考案され…………。
と、永遠に続く開発競争になりかねないのである。
「とにかく、わかった。このナイフは2つとない貴重なものだな」
「そういうこと」
「でも、やたらと使わない方がいいだろうなあ」
「……何故?」
「こういうの欲しがるヤツっていそうじゃないか。集めている……コレクター、って人種」
「うん」
「そういうヤツに目を付けられたら鬱陶しいからさ」
「確かに鬱陶しいかも」
「だからあまり人前で使わない方がいいかと思って」
「理解した。同意する」
そんなわけで謎の遺跡探索は、少々の謎情報と、古代遺物らしきミニナイフの獲得で終了したのであった。
これが将来彼らに何をもたらすか、それは誰にもわからない。
* * *
街道に戻り、2人は再び南へ向けて歩き始めた。
「しかし、意外と遠いな」
この『意外と』というのは、『行商人はこの距離を超えてカーン村までやって来る』ことについてだ。
「そうしてみると、よっぽどうま味があるんだろうな」
「……何が美味しいの?」
半ば独り言のようなゴローの呟きだったが、『うま味』という単語にサナが反応した。
「え? ああ、『うま味』っていうのは、行商人にとって『利益』が出るんだろうな、という意味さ」
「……なんだ」
食べ物の話ではないと知って、サナは少しがっかりしたようだ。
が、
「あれ、見て」
指差す方……道の先は切り通しのようになっており、その右側の岩壁の中程に、黄色い実をたくさん付けた灌木があった。
「木イチゴ……かな?」
「美味しい?」
サナに尋ねられたゴローは目を凝らしてみる。そうすることで視野は狭まり、あたかも望遠鏡で覗いたように、対象を拡大して観察することができるのだ。
「小さなトゲ、葉の縁に鋸歯、3裂した葉……バラ科の特徴……うん、モミジイチゴだな」
またしてもゴローの脳裏に謎知識がよぎる。
「美味しいの?」
再度尋ねられ、
「モミジイチゴなら食べられる」
と答えるゴロー。
「わかった」
サナは背嚢を下ろすと中から布の袋を取り出し、『採ってくる』と一言言って崖の中腹へ一飛びに駆け上がった。
「行動が速いな」
ゴローは半ば感心、半ば呆れてそれを見ていた。
2分程でめぼしい実を採り尽くしたサナは崖から飛び降りてゴローの前に着地。
「お帰り」
「ただいま。……ゴローの言ったとおり、甘酸っぱくて美味しい」
何個かつまみ食いしたらしい。
「洗って食べないとな」
とゴローが言うが、『お腹壊さないから大丈夫』と言い放つサナであった。
その後、道脇の湧き水でゴミを洗い流し、2人はそれをつまむ。
「うん、美味い」
「美味しい」
モミジイチゴは晩春から初夏に掛けて実る木イチゴで、野生のイチゴの中でもトップクラスに美味しい。
この世界の植物相が、ゴローの知識と一致していれば……だが、今のところ大きな齟齬は見あたらなかった。
生のイチゴは日持ちしないので、ゴローとサナで全部食べてしまう。サナが7、ゴローが3くらいの割合で。
「美味しかった」
なくなってしまった木イチゴを見て少し残念そうにするサナ。
「また見つけたら採ってくる」
とやる気満々だった。
その日はもう1箇所、崖の上にモミジイチゴを見つけたので、今度はゴローが採りに行った。
1日に2度もイチゴを食べたサナはかなり満足したようだった。
そして夕方。
「あ、赤いイチゴ」
ゴローが止める間もなく、手の届く高さに生えていた、赤いイチゴをもいで口に運ぶサナ。そして顔を顰める。
「……美味しくない」
「それは多分ヘビイチゴだ」
ヘビイチゴは草イチゴの一種で、赤い実を付けるが、果肉はスポンジ状で甘くも酸っぱくもない……らしい。
毒はないので、ジャムにすれば食べられる……という。
「早く言って」
とサナが膨れるが、
「いや、言う間もなく食べたじゃないか……」
と反論せざるを得ないゴローであった。
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次回更新は7月21日(日)14:00の予定です。
20200502 修正
(誤)あたかも望遠鏡で覗いたように、対称を拡大して観察することができるのだ。
(正)あたかも望遠鏡で覗いたように、対象を拡大して観察することができるのだ。
20230904 修正
(誤)「小さなトゲ、葉の淵に鋸歯、3裂した葉
(正)「小さなトゲ、葉の縁に鋸歯、3裂した葉