06-02 思わぬ贈り物
「おーい、ルナール」
ゴローが、『木の精』を目の当たりにして固まってしまったルナールの肩を叩くと、
「はっ!?」
ようやくルナールは再起動した。
「ゴ、ゴロー……様、ど、ど、どうしてここに大精霊様がっ!?」
「どうしてと言われても……元からここに棲んでいたとしか」
「そ、そうなんですか……ん?」
小さな妖精がてちてちと歩いてきた。その手には山盛りのキノコが。エサソンのミューである。
「くれるのかい?」
とゴローが聞けば、こくん、と無言のまま頷くミュー。
「ありがとう」
と言ってゴローが受け取ると、ミューはにっこりと笑って姿を消したのであった。
「これは……」
「え、ええと、それって『ポルチーニ』だと思う……います」
ポルチーニはヤマドリタケともいい、イタリア料理やポーランド料理など、ヨーロッパではよく使われるキノコである。
産するのは夏の終り頃だが、そこはキノコ妖精のエサソンだけあって、ちゃんと保存しておいてくれたらしい。
「そ、それより、今のは……」
「ああ、『エサソン』のミューだよ。キノコに詳しいんだ」
「そ、そうじゃなくって……いや、それもそうなんですが……なんでこの屋敷には妖精や精霊がたくさんいらっしゃるんですか!?」
「なんでと言われても答えようがないな……いるからいるし……ああ、でもエサソンは『翡翠の森』から付いてきたんだっけ」
「…………もういませんよね?」
「何が?」
「精霊や妖精ですよ!」
「ええと、それなら多分どっかにピクシーがいるかもな」
「ピ、ピクシー!?」
「うん。フロロの子分というか眷属だな。蜂蜜を集める手伝いをしてくれているんだ。ああ、フロロが眠ったから今はどうしているのか知らないけど」
「………………」
ゴローの説明を聞いたルナールは唖然としていた。
無理もない。
自然に恵まれたジャンガル王国でも、これだけの妖精・精霊が一箇所に集まっていることなどめったにないのだから。
「ま、まあ、そういう屋敷だと思ってくれ」
「はあ……」
「で、ルナールは、『屋敷妖精』のマリーの配下になってもらう」
「はい、わかりました」
ルナールが素直に頷いたので、ゴローはマリーを呼んだ。
「よし。……マリー、ちょっと来てくれ」
「はい、ゴロー様」
「それじゃあ、これからルナールの上司として、よろしく頼むよ」
「はい。……ルナールさん、これからよろしくお願いしますね」
「あ、は、はい、こ、こちらこそ!」
精霊や妖精に対し、敬意を持つ獣人だからか、屋敷妖精の配下になることについてはまったく問題ないようで、ゴローはほっとしていた。
ここでまたごねられると面倒くさいなと思っていたからだ。
だがルナールが、『屋敷妖精』のマリーに対し、敬意を持って接しているのを見たゴローは、安心して任せられるなとほっとしたわけである。
* * *
屋敷に帰ってきて、ようやく寛げると思っていたゴローだったが。
「ゴロー、お菓子作って」
とサナにせがまれ、甘いものづくりを始めた。
梅ジャム、クッキー、ラスクを作ったところで1日が終わる。
「……ちっとものんびりできなかったなあ……」
というゴローのぼやきを聞いた者は誰もいなかった。
* * *
とはいえ、それからの数日間はまあまあ平穏無事に過ぎていった。
ティルダは工房に籠もって『簪』作りに打ち込んでいたし、ルナールはマリーの指導で執事見習いとして忙しく立ち回っている。
サナはといえばゴローが作った甘味を食べたりソファでゴロゴロしたり。
そしてゴローは適当に甘味の補充をする、といった、のんびりした時間が過ぎていったのである。
だが。
「ゴロー様、何か荷物が届きました」
「え?」
「大型の馬車いっぱいの荷物です」
「心当たりがないな……」
ある日の午前中、マリーからの報告を受けたゴローは、首を傾げながら門前に出てみた。
「ゴロー・サヴァナ様宛の荷物です」
と言って差し出された納品書を見れば、差出人はジャンガル王国の女王陛下ゾラ。料金は元払い。
そして内容は……。
「畳だあっ!」
40枚の畳であった。
どうやら、ゴローが畳を気に入ったことを察し、『転移の筺』を使って送ってくれたようだ。
「早速敷くぞ!」
受け取りのサインをしたゴローは、上機嫌で畳40枚を頭上に掲げて一目散に屋敷を目指した。
それを眺める配送業者の唖然とした表情も知らずに……。
* * *
「俺の寝室と居間に敷くことにしよう」
畳を屋敷に持ち帰ったゴロー。
寝室は4畳くらい、居間は10畳くらい。十分に敷ける。
「ゴロー、私も欲しい」
「ああ、いいぞ」
サナもゴローと同じ広さの部屋を持っている。
2人合わせて30畳弱。10枚余る計算だ。
「第2応接間みたいなものを作ってもいいな。あるいはティルダの部屋に敷いてやるか……」
それ以前に、どうやって敷くかを決めなければならないことにゴローは気がついた。
今の屋敷は基本土足。
床の上に直接畳を敷いたら、まず間違いなく来客はそのまま土足で上がってくるだろう(来客があるのか、という疑問はこの際横に置いておく)。
「……やっぱり、床を少し上げるかな?」
そこで靴を脱いで畳の間に上がるようなイメージをゴローは考えた。
「20セルから30セルくらい床を高くするには……」
梁や板などを買ってきて工事しなければならないだろう、と見当をつける。
「うーん、どのくらい必要かな?」
興奮も少し冷めてきたので、冷静になったゴローはざっと計算をする。
そして必要な材料をメモし、マッツァ商会に注文しにでかけたのであった。
* * *
「これはゴローさん、お久しぶりです」
商会では主人のオズワルドが出迎えてくれた。
「聞きましたよ。ジャンガル王国に行ってきたんですってね。で、名誉貴族におなりになったとか」
「まあそうなんですよ。……で、こっちでも名誉士爵をもらいました」
「凄いですね……ああ、いけないいけない。貴族様にあまり気安い態度はまずいですね」
オズワルド・マッツァは頭を掻き、一歩下がった。
がゴローは、それをやめさせる。
「オズワルドさん、これまでどおりにしましょうよ。俺は俺です。サナだってそうです」
「……そうですか?」
「かしこまられるとこっちも困りますからね」
「ありがとうございます、ゴローさん。……それで、今日はどんな御用ですか?」
「ああ、実は木材が欲しいんです」
ゴローは持参したメモを差し出した。
「ふむ……これでしたら今日中に用意できますな。……明日の朝一番でお届けしますよ」
さすが大商会、すぐに必要な木材を用意してくれるようだ。
「それじゃあお願いします。あ、あと釘も各種」
「承りました」
こうしてゴローは材料の手配を終えることができた。
「あと1つ、ちょっと伺いたいことが」
「何でしょうか?」
「ええと、『ラピスラズリ』という宝石をご存知ですか?」
ゴローは、ティルダがローザンヌ王女に頼まれたアクセサリー用の宝石について、流通を確認しておきたかったのである。
「はい、存じております。流通量は少ないですね。『金緑石』ほどではありませんが、かなり高価な石ですよ」
「そうですか……産地はどのへんですか?」
「北の方ですね、やはり」
「なるほど」
ここでオズワルドの、商人としての勘が働いたのか、
「ゴローさん、もしかして買い付けに行くおつもりですか?」
という質問が出た。
「え? え、ええ。まだ本決まりではないんですが」
「そうですか。ですが、もしも行かれるのでしたら、一度お知らせ願えませんか? 仕入れていただきたい宝石もありますので」
一応、本当に一応であるが、ゴローは行商人という肩書も持っているのだ。……名誉貴族になった時点でかなり怪しいが。
「わかりました」
こうしてゴローは、材料の手配とともに、知りたかった情報も得て、屋敷へと戻ったのであった。
戻ってきてから、砂糖も発注してくればよかったと気が付いたが後の祭であった……これは余談。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月29日(日)14:00の予定です。