05-12 帰途 6日目夜 王城
王族の馬車を王国の兵士が護衛しているのだから、王都に入るのも王城に入るのもフリーパスであった。
〈……ああ……また城か……〉
〈ゴロー、そんなに嫌?〉
外に声が漏れないよう、またティルダに聞かれないよう、念話で愚痴るゴローに、サナが同じく念話で尋ねた。
〈嫌というか……もう家でのんびりしたいと思っているのに、こうして拘束されるのが嫌で〉
〈……ゴローって、一般庶民だった、のかも〉
〈そういうサナはあまり嫌がってないな。……昔は貴族のお姫様だったとか?〉
軽口を言ったつもりのゴローであったが、
〈……お姫様……? ……私が? ………………〉
呆けたようになったサナを見て焦ってしまう。
〈おい、サナ? サナ!〉
〈……ゴロー、なに?〉
〈なにじゃないって。なんか悪いことを言ったみたいだな、ごめん〉
だがサナは首を横に振った。
〈ううん、ゴローは関係ない。なんていうか、急に胸の中が冷たくなったみたいで〉
〈冷たく? 温かくじゃなく?〉
〈そう。冷たく〉
〈……〉
昔を思い出して胸が温かくなる、というようなことならわかるが、冷たくなるというのはどういうことなのか、ゴローにはわからず、『謎知識』もなにも教えてくれなかった。
それで、この話は強引にでも打ち切ろうとゴローは決心する。
「……それで、今夜はどうなると思う?」
今度はティルダにも聞こえるように肉声で、だ。
「そう……まあ部屋を貸してくれて、夕食を食べさせてくれて、泊めてくれて……」
「それで済むわけないだろう?」
「もちろん。その合間、というかどこかの時間に国王陛下か王妃殿下に呼ばれる……と思う」
「やっぱりか」
がっくりと肩を落とすゴロー。
「ジャンガル王国で爵位をもらったんだから、ある意味当然」
「……なら私は出なくてもいいのですよね?」
ティルダが口を開いた。その表情はゴローと同じく、いかにも嫌そうな顔をしていた。
「……うまくいけば、呼ばれるのはゴローと私。ティルダは部屋に残っていて大丈夫」
「よかったのです」
「でも、1つ間違うと3人とも呼ばれる」
「うう……緊張するのです」
「だよなあ」
ゴローは自分も同じだ、と言いながらティルダの肩をぽんぽんと叩くのだった。
* * *
そして、サナの予想は1つ、大きな点で外れていた。
〈……どうしてこうなった……〉
〈ゴロー、諦めて〉
客間に通される前に、国王の執務室にゴローとサナの2人が呼ばれたのである。ティルダにとっては幸いであった。
だが、ゴローとしては心の準備もしていないうちにこれである。
執務室に通された直後、サナからの念話で、
〈ゴロー、王様の顔を直接見ちゃ、駄目。頭を下げながら部屋に入って。王様がいいと言ったら頭を上げて〉
と指導が入ったのである。
素直にそれに従うゴロー。
「よく来てくれた、ゴロー殿……いやゴロー・サヴァナ卿、サナ・サヴァナ卿」
どうやらジャンガル王国での叙爵については既に知っているようだな、とゴローは思いながら顔を上げた。
国王の横にはローザンヌ王女とクリフォード王子が座っており、この2人から聞いたのだな、とゴローは察した。
が、それもまた間違いであった。
「そなたらの活躍はこやつらが『転移の筺』で手紙を送ってよこしたのでよく知っておる」
どうやら交易の品物と一緒に手紙を送っていたようだ。そういう利用方法もあるのだなとゴローは感心した。
「我が国の誉れである。大々的な叙爵式はできぬが、2人には『名誉士爵』を与えることを約束しよう」
「……」
〈……ゴロー、受けて〉
〈え?〉
〈……ありがたき幸せ、と言うの〉
サナから念話で指導が入った。
「……ありがたき幸せ」
「うむ。今宵は簡単ではあるが晩餐会を開く。両名とも、出席してくれ」
〈仰せのままに、と答えて〉
「……仰せのままに」
「うむ」
それからも若干のやり取りがあったが、全てサナが念話で応対の仕方を教えてくれたのでなんとか切り抜けられたゴローであった。
* * *
「……のっけから疲れたぞ」
「お疲れ様、ゴロー」
「ゴローさん、お疲れ様なのです」
国王の執務室から客間へと移動したゴローとサナはティルダと合流。
晩餐会までの1時間半を有意義に過ごすため、また礼儀のため、入浴して旅の垢と埃を落とすことにした。もっとも、ゴローとサナからは垢は出ないが。
客間のある階には、男性用・女性用の大浴場がある。
着替えを用意し、ゴローたち3人は風呂場へ向かった。
今回、一般招待客と言えるのはゴローたち3人だけなので、のんびり入ることができるだろう。
「ふう……」
広い湯船で寛ぐゴローに、サナからの念話が届いた。
〈ゴローが堅苦しいのを嫌っているのは知っているけど、今回は特にひどい。どうかした?〉
なんとなく心配そうな感情が伝わってくる。
〈……あー……ごめん、心配掛けて。なんていうかさ、ここのところ王族絡みで事件ばかり起きていたからちょっとうんざりしているんだ〉
〈……納得。でもそれは、ゴローのせいじゃない〉
〈それでもさ、巻き込まれてるだろう?〉
〈確かに〉
〈……まあ、さすがに今回は…………やめておこう〉
〈どうしたの?〉
〈……いや、下手に口に出すと、逆に現実になりそうで〉
〈……前に言っていた、『フラグ』、というやつ?〉
〈そうそう〉
〈それじゃあ、しょうがない〉
念話は切れた。
サナはサナで、ティルダとも談笑しながら風呂に入っているんだろうからな、とゴローは思い、今は1人、大浴場を独り占めしつつのんびりするのであった。
* * *
そして晩餐会。
出席者は国王夫妻、ローザンヌ王女、クリフォード王子、ジャネット王女という王家の面々。
また、宰相と魔法技術相も同席している。
そしてゴローたち3人。
背後には10人ほどの近衛騎士が立っている。
人数的には確かに小規模であり、簡単な晩餐会なのであろう。が、ゴローとティルダには十分肩の凝るひとときであった。
肩の凝る晩餐会が終わった後は寛げる(?)ティータイムだ。
食事の時は無言だったが、今は違う。
その分、ゴローもティルダもかなりほっとしている。
ゴローは何ごともなく終われそうで。ティルダは気を使う場面が済んだので。
ここで、クリフォード王子が『竹とんぼ』を取り出してみせた。
「ほう、クリフ、それが例の?」
「はい、父上。ゴローさんにいただいた『竹とんぼ』です」
「それが飛ぶというのだな? 見せてもらおう」
「わかりました」
少し練習したのだろう、クリフォード王子は慣れた手付きで竹とんぼを回し、宙へと放った。
勢いはそれほどないので天井にぶつかるまではいかなかったが、それでもゆっくりと上昇していく竹とんぼ。
「おお……!」
「確かに『飛んでる』な……」
「興味深いですな」
同席している宰相や魔法技術相も興味深そうに眺めていた。
「ゴロー、これは本当にそなたが?」
「あ、は、はい、陛下。……どこか、遠い地方に伝わる玩具でして」
「どこかとは……どこなのだ?」
「それが……旅の途中、旅人から教わりましたので……」
「むむ……そうか……もしかするとドワーフの関係かもしれぬな……」
ルーツに関してゴローが必死に誤魔化すと、なんとか納得してくれたようだった。
「宰相、魔法技術相、これを現実に利用することはできそうか?」
「は、陛下。いくつか案がございます」
「そうか。取り掛かってくれ。……ゴロー、これをいろいろなものに応用してみたいのだが構わぬな?」
「は、それはもちろん。……私も、やってみたいことがあります」
「ほう、それは面白い」
どうやら国王は『竹とんぼ』を応用した機械類を開発させようと考えているようだった。
そしてゴローも、ここまでおおっぴらになったんならやってやれ、という気になっていたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月19日(木)14:00の予定です。
20201215 修正
(誤)……ゴロー、これをいろいろなものに応用して見たいのがだが構わぬな?」
(正)……ゴロー、これをいろいろなものに応用してみたいのだが構わぬな?」