05-11 帰途 6日目 帰郷
カマシリャ村に朝が来た。
この日のうちに王都に帰れる予定である。
そのためか、一行の顔はいつも以上に明るかった。
「やっぱり故郷に帰るっていいものですよ」
クリフォード王子が言う。
「そうでしょうね……ただ、俺は元行商人ですから」
「あ、ゴローさんはそうでしたよね、なんかごめんなさい」
悪いことを言ったか、と、クリフォード王子がしょげかけたのでゴローは慌ててフォローする。
「いや、それでも『自分の家』に戻れるというのは嬉しいし、ホッとするものですよ」
「そうですよね!」
ゴローのフォローでクリフォード王子は元気を取り戻した。
まだまだ素直すぎて、外交の駆け引きには向かないんだろうなあ……などと少し上から目線で失礼なことを思うゴローであった。
そう、この日もまた、ゴローたちは王族の馬車に同乗しているのである。
王都に入ったら、そのまま王城へ向かうことになるだろう。
「荷物はどうなります?」
ちょっと聞いてみるゴロー。
いろいろな貰い物や私物の類は自分たちが借りた馬車に積んであるのだ。
「それも王城まで一緒に運びますよ。管理は王家が保証します」
招待する側の義務です、とクリフォード王子。
そこまでしてもらえるなら、とゴローは安心した。
だが、サナが別のことに気が付いた。
「あ、ええと、従者になった『ルナール』は、どうなります?」
「おお、あの男か。そうだな、彼も王城に招き、従者用の待遇を与えようではないか」
答えたのはサナの前に座るローザンヌ王女だった。
それなら何も心配はいらないな、と安心するゴローとサナ。
しかし、ティルダだけは、まだ少し不安そうだ。
「え、ええと、私もやっぱり王城へ行かなきゃならないのです?」
「まあなあ。ゴローたち一行全員、ということだしな。大丈夫、ティルダちゃんが直接陛下や大臣たちに会うことはまずないから」
「……そうなのです?」
「多分な」
そう言ってなだめるモーガンであった。
* * *
午前中はそんな感じで休憩舎まで進んだ。これで王都までは後10キルほどである。
日のあるうちに着けるであろう。
「さあ、もうこれで食料は必要ない。全部食べてしまおう」
ローザンヌ王女がおどけながら言うが、だからといって3倍も4倍も食べられるものではない。
もちろん王族ジョークであろう。面白いかどうかは別にして……。
そして。
「ゴロー、済まぬ。ここから王城までも一緒に……と思ったのだが、そうもいかんようだ」
王都から10キルほどのこの地には、その王都からの出迎えの兵士騎士がやってきていたのである。
同時に、王族専用の馬車も用意されたので乗り換えることになる。
それでローザンヌ王女とクリフォード王子はゴローたちを同乗させることができなくなったのだ。
なにしろ用意された馬車はオープンタイプだからである。
王都に着いたら、大通りを帰還のパレードをしつつ王城に帰ることになるようだ。
ゴローたちが同乗できないわけである。
「ちゃんと、元から付いてきてくれた護衛に命じておきましたから」
「わかりました」
王族とゴローたちの事情をすべて知っている者が護衛に付いてくれて王城まで先導してくれるなら安心だ、とゴローは思った。
ただでさえ王城訪問なんて面倒くさいのに、王城に入る際に止められたり交渉したりなんてしたくないからだ。
(まあ駄目だって言われたらこれ幸いと引き返すけどな)
自分たちの馬車に戻った以上、その方がいいや、とゴローは思っていたのである。
* * *
『身内』だけになったゴローたちは、この旅の思い出を語り合っていた。
「いろいろあったよなあ」
「楽しかったのです」
「途中まで甘いものがあったのに」
「それは向こうで食べ過ぎたからなくなったんだ」
「漆塗りを体験できたのが一番嬉しいのです」
「ゴローも私も男爵になってしまったし」
「だけどあの刺客を放ったやつが不明なのが気持ち悪いな」
「確かに。宗教は時として闇を抱えるから」
「それって、サナの体験談か?」
「…………さあ?」
サナの魂はレイスだったという。
もしかすると、前世で宗教関係で嫌な目に遭ったのかもしれないな、と想像したゴローである。
「ティルダもいろいろ注文をもらったしな」
「はいなのです。簪と指輪と髪飾り、イヤリングのセットなのですよ」
「大変だなあ」
「いえ、実はもう、この旅のうちにデザインはほぼ決まったのですよ。あとは材料なのです」
「そうか。……済まん、ラピスラズリは持ってないな」
「いえ、いいのです。王都で探してみるのですよ」
「うん、俺たちも手伝うよ」
「うん。場合によっては北の地へ行ってきてもいい」
「ありがとうなのです、ゴローさん、サナさん」
「……で、簪の方は、石は使わないのか?」
「いえ、使いますです。できれば『翡翠』か『珊瑚』を」
翡翠は鳥の名でもあり、鉱物の名でもある。鉱物名はまた『ジェダイト』ともいう。中国名は『玉』。
似た石である『ネフライト』もまた『玉』と呼ばれるので、区別するため翡翠は『硬玉』、ネフライトは『軟玉』とも言う。
モース硬度は7と水晶程度であるが、非常に緻密な構造の石で割れにくいため様々な彫刻を施すことができる。
古代日本で使われた勾玉はこの翡翠だと言われる。
一方、珊瑚は鉱物ではなく植物でもなく動物で、実はクラゲやイソギンチャクの仲間である。
そして『珊瑚礁の珊瑚』と『宝石扱いされる珊瑚』の2つに大別される。
『宝石サンゴ』は深海に生息しており成長に長い時間を要し、1セル育つのに数十年かかるといわれている。
宝石サンゴは白、桃色、赤がある。
「うーん、珊瑚は心当たりがない」
山で珊瑚は取れないので当たり前であった。
「でも、瑠璃と翡翠なら、帰ったら探すのを手伝うぞ」
「ゴローさん、ありがとうなのです。心強いのです」
「おう」
そんな話をしているうちに街道の周りは雑木林となる。紅葉が真っ盛りである。
赤や黄、茶色……と言いたいが、意外に赤は少ないんだな、と感じたゴローであった。
* * *
そして日が完全に傾く前に、一行は王城に帰り着いた。
王都の兵士が護衛をしているので完全に顔パスである。
ほとんど速度を落とすことなく(といっても時速3キロくらいであるが)西門をくぐってそのまま西街道を直進、王城を目指す一行。
道の両側には住民たちが、外交官としての役目を果たしてきたローザンヌ王女とクリフォード王子をひと目見ようと集まっていた。
「凄いな。行くときより賑やかじゃないか?」
「うん」
そもそも、行きにはパレードなどなかった。
「……また一つ思い出した」
「なに」
「行きは暑かったなあって」
「……確かに」
『哲学者の石』を持ち、ほぼ無制限に魔法が使えるゴローとサナがいたので、空調しっぱなしで馬車に乗っていられたことを思い出したのである。
最後尾に近い馬車に乗っているゴローたちにはほとんど注意が払われないため、比較的のんきに馬車に揺られていられたゴローたちであった。
もうすぐ王城である。
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次回更新は11月15日(日)14:00の予定です。
20201112 修正
(誤)空調しっぱなしで馬車の乗っていられたことを思い出したのである。
(正)空調しっぱなしで馬車に乗っていられたことを思い出したのである。