05-10 帰途 5日目夜
予定どおり、一行は夕暮れが迫る前にカマシリャ村に到着した。
これで王都までは残すところ一日行程である。
「行きに比べて随分日が短くなったなあ」
ゴローがつぶやく。
20日ほど経っただけで、日の沈む時間が早くなったのを実感する。
「秋の日はつるべ落とし、か……」
「ゴロー、なにそれ?」
呟きを聞きつけたサナが尋ねた。
「え? ああ、秋の夕暮れ……日没が、井戸につるべを落とした時みたいに速いってことさ」
「なるほど。 ……秋の日はつるべ落とし。面白い言い方」
サナも感心して空を見上げる。
まだ午後4時半だというのに、暮れかかる空には星が瞬き始めていた。
* * *
宿泊施設は行きと同じであった。
そして、ここには風呂がある。
行きに感じたことだが、王都に入る前に身綺麗にしておこうという人からの要望だろう。
実際、ゴローたちの一行も、上は王族から下は下男まで、皆交代で風呂に入っている。
もちろん王族は専用の浴場だし、下男は一般向けの公衆浴場だ。
そしてゴローたちはその中間……宿に併設された湯殿である。
「お、今は空いているな」
脱衣所を覗いたゴローは、今なら入浴客は皆無なのを知り、いそいそと風呂場へ。
大勢で大浴場に浸かるのもいいが、今は1人静かに風呂を楽しみたかったのだ。
「ふう……」
1人湯船に浸かり、のびのびと身体をくつろげると、肉体的な疲れよりも精神的な疲れが飛んでいくのを感じた。
「いろいろなことがあった旅行だったなあ……」
20日あまりの旅だったが、内容が濃かった。
レンコンの発見や温泉玉子の開発といった食べ物関連。今は従者となったルナールとの諍い。
王都では、漆職人へのティルダの短期弟子入りや、いなり寿司、ちらし寿司、焼きおにぎりの指導。
果ては刺客の撃退まで……。
そのおかげで名誉男爵……サナは名誉女男爵になってしまったのである。
「まあ、王都にいる限り、あまり変わらないだろう」
それがその予想どおりか、あるいは間違いか、未来は霧の中である。
「いざとなったら逃げるだけだ」
風呂に浸かりながらそう結論づけると、少し気が楽になったゴローである。
* * *
一方、サナはティルダと2人で風呂に入っていた。
頭を洗ってやったり、背中を流してもらったり。すっかり仲のいい姉妹のようである。
「ティルダ、楽しかった?」
「はい、なのです。いろいろ得るものが多くて、有意義な旅だったのですよ!」
「そう」
「帰ったら、受けた注文をこなすためにバリバリ働くのです」
「うん、頑張って」
そういえば自分たちは行商人という設定になっているのに、ほとんどそれらしいことをしてないなあ……と思うサナ。
そこでティルダに、
「……ティルダは『ラピスラズリ』って実物をみたこと、ある?」
と聞いてみる。
ティルダは頷いた。
「はいなのです。といっても1度だけ、なのですが」
「綺麗?」
「です。……夜空に煌めく星みたいな……」
「そう。見て、みたい」
里帰りを兼ねてゴローと一緒に『ハカセ』の所へ行ってみようか、と思い始めたサナであった。
もちろん、北の山なら『ラピスラズリ』も採れるだろうという目算も入っている。
風呂場の窓からふと見上げた夕空は、まるで磨いたラピスラズリのように、濃紺の空に金色の星が輝き始めていた。
* * *
「うーん、これでいいかな」
風呂から上がったサナとティルダが自室に戻ると、ゴローが何やらやっていた。
「ゴロー、何してるの?」
「ああ、サナとティルダも風呂から上がったのか。……いや、ほら、『竹とんぼ』をちょっとな……」
馬車の中で約束したから、とゴローは言い、薪の切れ端をナイフで削っていた。
風呂場の裏手にある湯沸室にある薪の中から、木目がつんで緻密なものを1本貰ってきたのだった。
「まあ木だから『木とんぼ』だがな……」
と言ってゴローは完成品を見せる。
それはオーソドックスな『竹とんぼ』の形をしていた。
ほぼ長方形の材料を、左右逆の『ひねり』になるように削り、中心に回すための心棒を差し込んである。
「これが飛ぶの?」
「まあ見てろよ」
ゴローはその『木とんぼ』の心棒を両手で挟み、きりもみをするように2、3度ゆっくり回したのち、勢いをつけて回転させ、手を離した。
『木とんぼ』はくるくる回りながら上昇、部屋の天井にぶつかって回転が止まり、落下してきた。
「……」
「どうだ?」
「……飛んだのです! すごいのですよ!」
「すごい。ゴロー、回すだけで、飛ぶの?」
2人ともびっくりした顔を見せた。
「ああ、やってみるか? ……あまり力を入れるなよ?」
「うん、わかった」
ゴローはまず、サナに『木とんぼ』を手渡す。
「ええと、こうして……こう?」
サナもゴローのやったように、2、3度ゆっくり回したのち、勢いをつけて回転させ、手を離す。
「……飛んだ……」
「飛んだのです!」
その次はティルダ。
彼女もまた、『木とんぼ』を飛ばし、有頂天になる。
「わあ! 飛んだ! 飛んだのですよ!! ゴローさん、これって凄いです!!」
「……うん。うまくやれば、『空を飛ぶ乗り物』に応用できる……かも」
要するにプロペラである。
適当な回転力を生み出すエンジンがあれば……と思うゴローであった。
* * *
「おおおお!」
「こ、これは凄いぞ!」
「ゴローさん、凄いです!」
夕食までにはまだ少し時間があったので、ゴローは約束を守るため、『木とんぼ』を持って王族の宿泊宿を訪れたのである。
そこでデモンストレーションをして見せたところ、ローザンヌ王女もクリフォード王子もモーガンも、まず驚き、次いで称賛してくれたのであった。
「ふうむ……」
「……これを応用して空を飛べませんかね?」
当然の希望を抱くクリフォード王子。
「殿下、これをどうやって回すか、それが大事ですが、ちょっと思いつけませんね……」
ゴローはそう答えておく。
「うーん、そうですよね……ですが、研究する価値はありそうです。ゴローさん、この……『木とんぼ』、いただけますか」
「ええ、どうぞ」
ゴローならこの先、好きなだけ作ることができるので、試作1号機は快くクリフォード王子に譲ったのであった。
これがこの先、この世界でどう発展していくか……今はまだ、誰にもわからない。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月12日(木)14:00の予定です。
20201108 修正
(誤) 行きに感じたことだが、王都に入る前に身綺麗にしておこうという、という人からの要望だろう。
(正) 行きに感じたことだが、王都に入る前に身綺麗にしておこうという人からの要望だろう。