05-09 帰途 5日目 その3
中間地点の休憩舎で昼食を済ませた一行は、再び東を目指す。
黒木の森はいつしか明るい雑木林になった。
季節は秋、赤や黄色、明るい茶色と色とりどりに紅葉した木々が目を楽しませてくれる。
ゴローたちは相変わらず王族の馬車に同乗していた。
そんな馬車の窓に、風と共に飛び込んできたものがある。
植物の種だ。
「何だ、これは?」
ローザンヌ王女がつまみ上げたそれを見て、ゴローが答えた。
「ああ、これはメープル(カエデ)の実ですね」
「へえ、これが……」
感心するクリフォード王子。
カエデの実は、プロペラの片翼のような形をした薄い膜で、片側におもりの役目をする種が付いている。大きさは2セルくらい。
2個1組で枝に付いているが、熟した頃に風が吹くとばらばらになって風に舞う。
プロペラのような翼が風を捉え、遠くまで運ばせることで繁殖するのだ。
「竹とんぼ……」
その実の形を見て、ゴローの『謎知識』が1つの玩具を連想させた。
「え?」
「たけとんぼ? って何だ、ゴロー?」
クリフォード王子もモーガンも『竹とんぼ』は知らないようだ。
竹串は見かけているので、竹もどこかにあるはずだが……とゴローは考え、聞いてみることにした。
「ええと、竹ってご存知ですよね?」
「ああ、もちろん知っているぞ」
モーガンが答えた。
「王都にはあまり見かけないが、南の方の森には竹やぶもあったはずだ」
「そうでしたか。……太さはどのくらいです?」
「種類にもよるみたいだな。太いものは10セルくらいあったかな」
「……タケノコって食べてます?」
「何だ、それは? 竹なんて固くて喰えんだろう」
「ああ、そう来ますか」
確かに、タケノコを美味しく食べられるタイミングは短い。
地下茎から伸び始めたタケノコが地表に出るか出ないか、が鍵だ。
地上に出てしまうと硬くなって食べられなくなってしまう。
また、掘り上げてすぐに茹でないとエグみが出ると言われている。
「北の地方では細いタケノコを食べることもあるらしいがな」
「ははあ……」
日本でも、『ネマガリタケ』とも呼ばれる『チシマザサ』は日本海側ややや高い山に分布していて、山菜として珍重されている。
これは直径が太くても2センチもないようなタケノコで、『姫筍』とも呼ばれる。
細いタケノコ、と聞いてゴローの『謎知識』はそういったものを連想させていた。
「調理次第では美味しいんですけどね」
とはいえ、ゴローとしては和食に使いたい食材なので、醤油や米と合わせたいところである。
「ええと、タケノコは春にならないと採れないのでそっちの話はこれまでとしまして、竹の利用法の話ですよ」
「ふむ。竹串は知っているが、他にも何か使い途があるのか?」
「ほら竹って、中が中空になっていたり、縦になら簡単に割れたりという特徴があるじゃないですか」
「……確かにそんな気がするな」
「それを使って遊ぶ玩具ですよ」
「なるほどな」
モーガンはそれで納得したようだが、クリフォード王子は違った。
「で、その『竹とんぼ』ってどんな玩具なんですか? 名前からしてトンボみたいな形をしているんでしょうか?」
「ええと……」
ここで、『竹で作ったプロペラみたいなもの』と言ってもわからないだろうな、とゴローは『謎知識』に教えられながら考えた。
で、
「口ではうまく説明できませんが、空を飛ばして遊ぶ玩具です」
とだけ答えておく。
だが、『空を飛ばして』という言葉にクリフォード王子は喰い付いた。
「空を飛ぶ玩具! そんなものがあるんですね!! ああ、見てみたいなあ! ゴローさん、作れるんですよね?」
「え、ええ、多分。……材料さえあれば」
「ああ、そうか……竹……カマシリャ村にはないかなあ……ねえ、モーガン?」
話を振られたモーガンは少し考え、
「そうですな。カマシリャ村で竹は見たことがない気がします」
と答えたのだった。
「そうか……残念だなあ……」
と肩を落とす王子を見て、ゴローは少し罪悪感に駆られた。
それで、
「ええと、多分ですが木でも作ることができると思います」
と答えておいたのである。
そう、竹とんぼを竹で作る理由は、竹という素材が軽く丈夫で、折れにくく、青竹のうちは削りやすいという点から、子供でも作れる玩具という位置づけになっているのである。
この時に使われたのが『肥後守』と呼ばれる折りたたみ式の和製ナイフである。
もっとも、昨今の子供はナイフといえばカッターナイフくらいしか知らず、さらに手を切ると危ないという理由から、そのカッターナイフすら使ったことのない子が増えているらしいのが現代日本の現状である。
故人となってしまったが、デザイナーの秋岡芳夫氏は、木製の竹とんぼ(木トンボ?)も作っていたことで有名である(関連した著書もある)。
閑話休題。
竹の比重は0.65くらいと言われており、同じくらいの木材なら十分代わりになると思われる。
ケヤキが0.7、ナラが0.68、ウォールナット(西洋クルミ)が0.63などこのあたりなら使えそうである。
蛇足ながら、重すぎると浮き上がりにくくなるし、軽いと空気抵抗で回転がすぐに遅くなってしまうので、ちょうどいい重さというものをチョイスするのは難しい。
「本当ですか? ……じゃあ、是非、カマシリャ村に着いたら作って見せてください!」
「ええ、はい」
自分が言いだしたことなので頷かざるを得ないゴローだったが、その反面、
(……これでプロペラの目処が立てば『空を飛ぶ乗り物』に使えるかもしれない……)
とも思ったのである。
* * *
さて、その一方でティルダとローザンヌ王女という珍しい組み合わせでの話も弾んでいた。
話題は『宝石について』である。
といっても、ローザンヌ王女自身が欲しいのではなく、妹姫のジャネット・メラルダ・ルーペス王女に贈りたいと思っているからであった。
「社交界デビューは済ませたので、これからそうしたアクセサリーも必要になってくるだろうからな」
毎回毎回同じものを身に着けていたのでは、『財力がない』とか『ファッションに気を使わない』など、いらぬ噂を立てられてしまう可能性もあり、装飾品は複数持っている必要があるのだという。
「で、だ。ティルダに作ってもらいたいのだ」
「はい、私は職人ですので注文を受ければお作りしますです。何をお求めなのですか?」
「そうだなあ、指輪と髪飾り、イヤリングのセットだな」
「姫様はブロンドで青い目をなさっていましたですよね?」
「ああ、そうだ」
「石は何がいいのです?」
「そうだなあ……妹の目の色とよく似た石ってあるか?」
「ありますです。『アクアマリン』『ブルートパーズ』がそうなのです」
青い石といえばサファイアが挙げられるが、今回の場合、ジャネット王女の目の色は青は青でも水色に近いのでティルダはアクアマリンとブルートパーズを挙げたのである。
「なるほどな。……その、だな、『瑠璃』という青い石があると聞いたことがあるのだが」
「『瑠璃』……ありますです。普通は『ラピスラズリ』と言いますです」
「そうか。その……『ラピスラズリ』には、青い地の中に金色の粒が散ったものがあるとも聞いている」
『ラピスラズリ』は単体の鉱物ではなく、青い部分は『青金石』。金色の粒は『黄鉄鉱』(鉄と硫黄の化合物からなる鉱物)である。
「はい、そういう石も多いと聞いていますです」
「……それを使えないだろうか?」
「ええと、手元にはないので、探してみないとなんともいえないのですが」
「それでいい。探してみてくれないか」
「わかりましたのです」
ティルダはティルダで、何やらややこしい注文を受けていたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月8日(日)14:00の予定です。
20201105 修正
(誤)そのカッターナイフすら使ったことのない子が増えているらしいのがgん大日本の現状である。
(正)そのカッターナイフすら使ったことのない子が増えているらしいのが現代日本の現状である。
orz
20201106 修正
(誤)「ああ、こはメープル(カエデ)の実ですね」
(正)「ああ、これはメープル(カエデ)の実ですね」