05-08 帰途 5日目 その2
王族と一緒の馬車に乗ったゴロー一行。
最初のうちこそ話は弾まなかったが、モーガンがいろいろな話題を振ってくれたので、次第に興が乗ってくるゴローたち。
特にクリフォード王子が、
「ゴローさん、ちょっと聞きましたけど、亜竜に興味があるんですか?」
と尋ねてきたところから、一気に話が膨らんだ。
……おもにゴローとクリフォード王子の間に。
「うん……まあ、亜竜というか、空を飛ぶドラゴンに」
「恐ろしいけど格好いいですものね!」
「まあ、そうだな」
「あれに乗って空を飛べたらいいなあと思うんですよ! 憧れてるんです!!」
「そうだな」
「なんでも、エルフだったかダークエルフの国だったか……には、『亜竜乗り』という人たちがいるそうです」
「エルフですな」
モーガンが補足してくれた。
そしてさらに、
「『亜竜乗り』……我が国ならさしずめ亜竜『騎士』などと呼ばれるのかもしれませぬが、エルフには王がおらず、合議制なので『騎士』という身分がありませんからな」
と教えてくれた。
「そうか、エルフの国だったね。ありがとう、モーガン。……それで、その話を聞いてから、一度乗ってみたいなあと思っているんですよ!」
「お、おう」
だけどエルフの国へ行く機会がなくて、とクリフォード王子は苦笑いを浮かべた。
そんな彼を、ローザンヌ王女は少し呆れたような顔で見つめた。
「クリフ、そうそう王族があちこち出歩けるものではない。ましてエルフの国とはきちんとした国交がないしな」
「そうなんですか?」
初耳だったのでゴローはローザンヌ王女に尋ね返した。
「ん? うむ。国交がないといっても、それは国と国との話で、別に仲が悪いとか争っているとか、そういうわけではない。だから民間レベルでの行き来はある」
「ああ、だから多少の情報が入ってくるんですね」
「そういうことだな。……ゴローも亜竜に乗ってみたい口か?」
「うーん……どうでしょう。空を飛んでみたいなとは思っていますけどね」
「そうですよね!」
ゴローが空を飛んでみたい、と言ったらクリフォード王子が全力で喰い付いてきた。
「姉上、人間誰しも空を飛んでみたいと思うものではありませんか?」
「それはわかる。……が、そして早々と挫折するのもまた人間だ」
「うーん……無理なのかなあ」
「ははは、殿下、もしも人間が自由に空を飛べたらいいですな」
「うん! モーガンはわかる?」
「気持ちはわかりますとも。……それ以上に、空を飛べたら戦術の幅が広がるな、とも思いますがね」
「……」
そのモーガンの言葉を聞いたゴローは、『空を飛ぶ乗り物』ができたなら、まちがいなく兵器として使われるであろうことを悟ったのである。
(戦争によって科学技術は進歩した……と言われているからなあ……)
『謎知識』はそんなことまでゴローに囁いているのであった。
* * *
それでも空への憧れは止められないもので、クリフォード王子は同好の士とみたゴロー相手に、いろいろと話しかけてきた。
ゴローに『天啓』があると思っており、それによって適切な回答が得られる……かもしれないと期待しているのであろうか。
「羽ばたいても人間は飛べないものでしょうか?」
「普通は無理でしょう。何らかの強化をしないと。あるいは魔法での補助」
「……やっぱりそうかなあ……」
「殿下は『ハーピー族』をご存知ですか?」
「名前だけは知っています。『鳥人』の一種族ですよね。……ゴローさんは知っているんですか?」
「いや、俺も名前だけで」
「そうですよねえ……」
ゴローとクリフォード王子がそんな話を交わしていたとき、ローザンヌ王女はサナに話し掛けていた。
「サナ、王都に着いたら、そなたらは真っ直ぐ家に帰るのか?」
「はい、そのつもりですが」
「そうだろうと思った。……だが、そうもいかんだろうな。なにせジャンガル王国ではいろいろあったし、ゴローは名誉男爵にサナは名誉女男爵になったわけだからな」
このまま王城まで一緒に来てもらったほうがいい、とローザンヌ王女は言った。
「まあ、堅苦しい場は嫌いだろうが、そこは我慢してくれ」
「……はい」
貴族・王族という者たちは体面や外聞を重視するものだった、とサナは内心で思い、承知したのだった。
* * *
そしてティルダはというと、モーガンと話し込んでいる。
「……お嬢さんと離れて暮らしているのです? 寂しくないのです?」
「そりゃあなあ。会いたいと思うときもあるさ」
「なら、なんで……」
「……俺がこんな仕事をしているからな」
モーガンは王族に仕えている。そんな自分の弱点になりうる娘をそばに置いておくことはできない、と説明した。
だがティルダは食い下がる。
「それはおかしいのです」
「……なに?」
「むしろ離れた場所にいるほうが、いざというときに守ってあげられない分危険だと思うのですよ」
「……」
「誰にも知られない秘密になっているならともかく、私だって知ってしまっている内容です。ちょっと調べれば誰でもわかるのです」
誰でも、は言いすぎかもしれないが、ティルダの言うことは正論である。
モーガンを脅すために娘……ライナをさらおうと思えばさらえるのだ。
「……」
「他の理由があるとしか思えないのですよ。……もしもそうなら、ごめんなさいなのです」
家庭の事情に踏み込んでしまって、とティルダは謝った。
「……いや、いい」
うっすらと笑いを浮かべながら、モーガンは遠くを見つめるような目をした。
「確かに、ティルダちゃんの言ってることは正しいよ。そして、人には話せない事情があることも確かなんだ」
「そうなのです?」
「ああ。だから……もう少し時間をおくれ」
「……それは、私じゃなくてお嬢さんに言ってあげてほしいのです」
「そうだな。ありがとう、ティルダちゃん」
* * *
「ですから、『浮かぶ』方法と『進む』という方法は、別個に設けるのがいいと思うんですよ!」
クリフォード王子はゴローに向かって熱弁を振るっていた。
「確かに鳥や亜竜、『鳥人』なんかは、その2つを同時に行っています。でも人間は元々空を飛べないんですから、同じようにはできないはずです」
「うん、それで?」
「たとえば、花の種には、ふわふわと風にのって遠くまで飛んでいくものがあるじゃないですか」
「あるな」
ゴローの脳裏には『タンポポの綿毛』が『謎知識』によって浮かんでいた。
「あれのように、『浮かび』ながら、何か移動する方法……『風を吹かせる』魔法なんかを使えばいいんですよ!」
「なるほど」
クリフォード王子の着眼点と発想は面白かった。
気球や飛行船なんかに通じるなあ……と、『謎知識』が囁いている。
「万が一のことを考えないといけないですよね! 『亜竜乗り』だって墜落することがあるらしいですけど。大抵は風魔法で落下を防ぐらしいです」
「なるほどな」
王族だけあって、クリフォード王子はなかなか詳しい。
ゴローは、新たな知識を仕入れられるので、熱心に耳を傾けていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は11月5日(木)14:00の予定です。
20201101 修正
(誤)特にエドワード王子が、
(正)特にクリフォード王子が、
20230905 修正
(誤)貴族・王族という者たちは対面や外聞を重視するものだった、とサナは内心で思い、承知したのだった。
(正)貴族・王族という者たちは体面や外聞を重視するものだった、とサナは内心で思い、承知したのだった。