05-07 帰途 5日目 その1
ワヒメカ村に朝が来た。
ゴローは1人、露天風呂に入りながら朝日を眺めている。
「ああ、こういうのもいいなあ」
サナも来ない、静かなひとときである。
* * *
そのサナはといえば、もちろん寝てはおらず、村内を1人で散策していた。
(……ゴローは温泉だし、ティルダちゃんはまだ寝てるし……)
その途中、同じく朝の散歩をしていたローザンヌ王女とばったり出会う。
「おや、サナではないか。おはよう」
「あ、おはようございます、殿下」
「1人か? 珍しいな。ゴローはどうした?」
「はい。ゴローは朝風呂に入っています」
それを聞いてローザンヌ王女は笑った。
「はは、そうかそうか。ゴローは風呂好きだな」
「はい」
「弟も先程露天風呂へ行った。ゴローと会っているかもしれぬな」
「……そう、ですか」
それを聞いたサナは、即ゴローに『念話』を繋いだ。
〈……ゴロー、そっちに王子殿下が行ったみたい〉
〈……うん。連絡ありがとう。……でも、ちょっと遅かった〉
「ゴローさん、いいお湯ですねえ」
既にクリフォード王子はゴローとともに湯船に浸かっていたのである。
「……そうですね」
「ここの温泉は『いおうせん』、でしたっけ、この独特の匂いが温泉らしくていいですね」
「殿下は温泉がお好きなんですか?」
「温泉というか、お風呂が好きですよ。王城でも毎日入浴しています」
ちなみにこの世界では毎日入浴する習慣は一般的ではない。
それどころか、庶民には入浴の習慣すらない。
ここワヒメカ村のように温泉が出るなら別だが、通常は入浴できるほどの湯を用意するのが大変なのだ。
薪代も馬鹿にならず、かといって魔導具はもっと高価である。
「……入浴の習慣が広まれば、健康にもいいんですけどね」
「ああ、それは思いました」
クリフォード王子はゴローの言葉に賛成の意を示した。
「でも、お湯を作るのは大変ですから」
「……そうですよね。殿下の仰るとおりです。お湯を出す魔導具がもっと安価になればいいんですが」
「うーん……何かいい技術革新ってないんでしょうか? ゴローさんの『天啓』でも駄目ですか?」
「……難しそうですね……すみません、お役に立てなくて」
ゴローが謝ると、クリフォード王子は慌てて、
「あ、いえ、そういうつもりじゃなかったんです」
とゴローに謝罪したのだった。
王子殿下に謝らせてしまったゴローは、少し真剣に考え、
「性能のいい『蓄魔石』を安価に提供できれば、あるいは」
と、1つの方向性を示唆してみた。
以前ゴローが倒した巨大ゴーレムにも使われていた『蓄魔石』。要は魔力の充電池のようなものである。
「うーん、そういうことになりますね……」
クリフォード王子は、それを聞いて考え込む。
「あるいは安価な製造法、または大量に製造する方法でもいいでしょうね」
「なるほど、量産して単価を下げるわけですね」
クリフォード王子は王族としての教育を受けており、ゴローの説明も素直に吸収していった。
「同時に、効率よくお湯を作る方法も考えるといいんじゃないでしょうか」
「どういうことですか?」
さすがに『効率よくお湯を作る』と言われてもピンとこなかったようだ。
「ええと、例えば1リルのお湯を沸かすのに、できるだけ少ない薪で……と言えばわかりますか?」
「あ、ああ、そういうことですか。はい、わかりました!」
納得して頷くクリフォード王子であったが、そのあとすぐに、
「でも……どうやればいいのか……ちょっと僕には……」
と弱音を吐いた。
そりゃあ、王族が自分でお湯を沸かすということはないだろうし、やったことのないことを改善しようとしても難しいだろうなあ……とゴローは思った。
それで、なんとかフォローの言葉を考える。
「え、ええと、殿下は王族なんですから、自分でやるんじゃなく、できる人……人材ですね、人材を探す、という方がいいと思いますよ」
「え……ああ、なるほど、そうですね。自分でやろうとするんじゃなく、できる人に……『適材適所』でしたっけ」
「そうそう、そういうことです」
「でも、その人の才能を見抜く、というのも難しいですよね」
「まあ、生まれ持った人もいるのかもしれませんが、大抵は経験ですよね」
『鑑定』などというスキルがあるのかどうかはしらないが、世の中の大半の人は経験を積むことで人を見る目が鍛えられていくものだよなあ……とゴローは思っている。
「そのためにも僕は、もっともっと学ばなければならないのですね……」
その言葉を聞いて、クリフォード王子はきっといい為政者になるだろうな、と思ったゴローである。
* * *
一方、サナとローザンヌ王女。
「以前聞いたかもしれんが、サナとゴローの出身地はどこなのだ?」
「え、はい。……ずっと北にあるカーン村の近くです」
「聞いたことがないな……」
「僻地ですから」
「名産はなにかあるのか?」
「様々な鉱石……ですね」
「おお、そうだった。あの『金緑石』はゴローたちが持っていたものだったな」
「はい」
ローザンヌ王女の妹……ジャネット・メラルダ・ルーペスが13歳になり、社交界デビューするというのでそのためのアミュレットとして『金緑石』をティルダが研磨し、オズワルド・マッツァが献上したのだった。
そしてジャネット王女がデビューする宮廷晩餐会の一般枠でゴローとサナも参加し、その席でリラータ姫を狙った刺客を倒し、その縁で今回のジャンガル王国訪問となったのである。
「そう思うと縁とは不思議なものだなあ」
「……はい」
今朝の王女は饒舌だな、と感じたサナである。
「……どこの国のだったかは忘れましたが、『袖触れ合うも他生の縁』という言葉がありまして」
「ほう? どういう意味なのだ?」
「確か、すれ違いざまに袖と袖が触れ合うだけの縁であっても、それはどこか遠い場所……もしかしたら遥かな過去に生じたものである、というような意味だったかと」
「ほほう? その意味合いからすると東方……エルフ領かダークエルフ領あたりのことわざかもしれぬな」
「そう、かもしれません」
「だが、面白い。……確かダークエルフの教義の一つには、『この世の中のものは全て原因がある。ゆえに、悪い結果を招きたくないならよき原因を作るよう努力せよ』というものがあったと思う」
「殿下、博識ですね」
「ふふ、いや、王族として他国の思想も少しは知っておかぬとな」
女だてらに騎士となった脳筋王女かと思ったら、こうした王族らしい一面も持っているのだな、とサナは少しローザンヌ王女を見直したのだった。
「む、何か失礼なことを考えていないか?」
「いえ、何も」
「そうか? ならよい」
そしてなかなか勘も鋭いのだなと、ちょっと焦ったサナであった。
* * *
朝食はそれぞれの宿で済ませ、午前8時に出発。
この日の行程はカマシリャ村までである。そこから王都まではもう1日弱だ。
ただ、中間地点の休憩舎までは、暗い森の中を行く。
景色も変化に乏しく、退屈な区間であった。
それで、
「ゴロー、サナ、ティルダ。こっちの馬車に来い」
「そうですよ。お話を聞かせてください」
と、両殿下からの要望で、ゴローたち3人は王族の馬車に同乗することになったのである。
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次回更新は11月1日(日)14:00の予定です。
20201029 修正
(誤)その席でリラータ姫姫を狙った刺客を倒し、その縁で今回のジャンガル王国訪問となったのである。
(正)その席でリラータ姫を狙った刺客を倒し、その縁で今回のジャンガル王国訪問となったのである。