表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/503

05-05 帰途 4日目

 何ごともなく夜は過ぎ行き、サーク村に朝が来た。


 朝食を済ませればいつもどおり出立である。

 が、この朝は、いつもと少し違った。

 出発前にモーガンがゴローたちの所へやって来たのである。


「おはよう、ゴロー、サナちゃん、ティルダちゃん」

「おはようございます、モーガンさん」

「おはようございます」

「おはようございますなのです!」


 久しぶりにモーガンと会話をするゴローたち。


「すまんな、帰路はあまり構ってやれなくて」

「いえ、お気になさらず」

「昨日ようやくルーペス王国に入ったからな。今日からは護衛の数が増えた。だからこうして殿下たちのそばを離れることができたのだ」


 モーガンの役目はローザンヌ王女とクリフォード王子の護衛である。

 ジャンガル王国にいた間、獣人(ビーストマン)たちの護衛がいたとは言うものの、リラータ姫も一緒だった往路に比べ人数は少なく、最終的な責任は彼の肩に掛かっていたため、気軽に出歩けなかったのである。


 が、昨日国境を越え、このサーク村以降は護衛兵の数も増えたため、少しはこうして出歩けるようになったのであった。


「向こうであんなことがあったからな。殿下たちのおそばを離れづらかったよ」

「ええ、わかってますよ。こっちはこっちでそれなりに帰路を楽しんでいますから、モーガンさんはお仕事に専念してください」

「そう言ってもらえると気が楽になるよ。それじゃあ、また中間地でな」

「はい」


 身を翻して去っていくモーガン。それが突然足を止め、振り返った。


「ああ、姫様たちも退屈なさっていたから、今日の昼は一緒に食べよう」


 と一言付け加え、今度こそモーガンは去っていった。


「護衛って大変だよな」

「……うん」

「……です」


 少しモーガンに同情しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。


*   *   *


「ティルダ、陛下からの依頼、もう構想はできてるのか?」


 女王ゾラから依頼を受けたかんざしの件である。


「はい、なのです。馬車の中で考えていたのですよ」

「そっか。さすがだな」

「帰ったら、さっそく作り始めるのです」


 やる気は十分のようだ。


「漆も、少しですが貰ってきたのですよ!」

「へえ?」

生漆きうるしと、黒漆なのです」


 生漆きうるしは、漆の木から採った樹液からゴミを除いただけのもの。

 黒漆は、生漆の水分を減らし、鉄分を混ぜて黒く発色させた(あるいは松煙などを混ぜて黒く着色した)ものである。

 ちなみに朱漆は、朱色の顔料(昔は水銀朱やカドミウム朱、今は有機顔料など)を混ぜて作る。


「漆は、金属の接着剤にもなるのですよ」

「へえ、そうなんだ」

「焼き付けは……ちょっと臭いのですが」


 漆は、その成分中のラッカーゼという酵素が空気中の水分を取り込み、同じく漆中のウルシオールと反応して硬化する。

 それとは別に、加熱することで硬化させることができる。

 摂氏120度以上の熱を加えるので、金属に塗った場合にならこの方法を取ることができる。

 日本の『鎧兜』の、金属部分が黒や赤で塗られているのはこの方法で『焼き付け』た漆である。


 ただ、熱せられた漆は、とても……臭い。


「……えっと、専用の部屋でやりますので!」

「ああ、俺とサナのことなら気にしなくていいぞ。お客さんがいる時はやめておいたほうがいいが」

「ありがとうなのです!」


 ゴローにそう言われて、ティルダは喜んだ。

 やはり、覚えた技術や技法は実践してみたくなるものなのだろう。


「漆か……」


 漆を取るのは漆の木である。

 木は植物。

 植物なら『木の精(ドリュアス)』のフロロである。


「帰ったら相談してみるかな」


 もしかしたら庭で漆を入手できるようになるかもしれない、とゴローが言うと、


「是非是非! お願いしたいのですよ!」


 と、大乗り気のティルダなのであった。


*   *   *


「……で、『蒔絵』という技法と同様に、貝から取った光る部分を貼るのが『螺鈿らでん』で……」

「ふうん……それはアクセサリーに応用できそうだな」

「そうなのです。それから……」


 前日まで『空を飛ぶ乗り物』について考えてばかりいてほったらかしにしたお詫びに、その日の午前中はティルダからいろいろと話を聞くゴローであった。


*   *   *


 そして昼、中間地点に着いた。


「……ゴロー、大変だった、ね……」


 ここまで馬車で進んできた道のりは長かった。

 それを短時間で往復し、レンコンを入手してきたゴローの苦労を察してねぎらうサナ。


「ええと、そうでもなかったさ」


 珍しくサナに労われ、照れたゴローは話をらす。


「……モーガンさんに声を掛けられたからローザンヌ王女たちの所へ行ってみるか」

「うん」

「はいなのです」


 そういうわけで3人は王族の休憩場所へと向かう。

 その後を、無言でついていくのは従者となったルナール。

 それに気が付いたゴローは、


「ルナール、気を使わなくていいからさ。休んでいろよ」


 と声を掛けておいた。

 それを聞いたルナールは明らかにほっとした顔になり、


「それではそうさせてもら……いただきます」


 と答え、戻っていったのである。


「……戻ったら、ルナールの扱い方も決めないとなあ」

「一応従者として扱っておかないと、かえってまずいんじゃ?」


 刑罰としてなので、途中経過や近況を聞かれたときに、あまり自由にさせるなどの扱いをしているとまずいのでは、とサナは言う。


「それもそうだな。……マリーに任せてみたらどうだろう?」


 獣人(ビーストマン)は、一般的に言って精霊を敬っている。

 なら屋敷妖精(キキモラ)のマリーの言うことも聞くのでは、とゴローは思ったわけだ。


「あ、それ、いいかも」


 サナも賛成したので、帰ったら早速マリーを紹介し、部下として務めるように言いつけようと思ったゴローであった。


 そんなやり取りをしているうちに王族の休憩場所に近づいていて、


「おお、ゴロー、来たか。まあ、こっちへ来い」


 と、ローザンヌ王女に手招きされたのである。

 場所は大きな四阿あずまやの下。警護の兵士4人が四阿あずまやの4隅に立っている。


「はい。では、失礼しまして」


 会釈をして、ゴローたち3人も四阿あずまやの下へ。

 大きな四阿あずまやなので、ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガンら3人に、ゴロー、サナ、ティルダの3人が加わってもまだ十分な広さがある。

 中央には石造りのテーブルがあり、その上に軽食が載っていた。サンドイッチである。

 同行してきた侍女たちが作ったものだ。


「うむ。ようやく国に帰ってきたのでな。ゴローたちを呼ぶゆとりができたのだ」


 ローザンヌ王女が笑いながら言った。


「さあさあ、食べてくれ」

「はい、ではいただきます」

「いただきます」

「い、いただきますです」


 王女に促され、サンドイッチを1つ手に取るゴロー。サナとティルダも同じく手にした。


「……美味しいです」


 ひとくち食べ、感想を口にするゴロー。

 王族との食事はこういうところが面倒くさいな、と思いながらも、


「あと2日半ですね」


 と、会話のネタを振るゴロー。


「うむ。2日半で王都だな。……ゴローたちも帰るのが楽しみであろう」

「そうですね。帰ったらやりたいことがたくさんあります」

「ほう? どんなことをやりたいのだ? 教えてもらえるか?」

「ええ、もちろん。……フロロへの報告、庭の手入れ、ティルダの工房整備、それに乗り物の相談をブルー工房で……」

「ほう、ブルー工房とな。あそこでは王家が使う儀仗剣のほとんどを作っているな」

「そうだったんですね」


 サナはただ黙々と食べ続け、ティルダは緊張して味もわからない様子だったので、サンドイッチを食べながらも、口の中に食べ物がある間は決して口を開かないというマナーを守り、会話を行うゴローであった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は10月25日(日)14:00の予定です。


 20201022 修正

(誤)少しモーガンに同乗しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。

(正)少しモーガンに同情しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あったら笑えない物語シチュエーション 護衛を呼んだら居すぎて護衛対象圧死してしまった 護衛で雇った冒険者が戦闘力0 テロ対策で雇った人物全員テロリスト 立てこもり事件で1万人も内部に…
[一言] おや、ルナ坊はマリーさんの手下になるんですか 魔力さえ与えれば、疲労も食事も睡眠も排せ……ごほん、も無用で、働くの大好きなマリーさんの ジ「それって、陛下のアシスタントとどっちが過酷なんだ…
[一言] ティルダ……w せやな、食べている時は口を開いたらあかんなw くちゃくちゃいって汚らしいもんなww それはそうとして、螺鈿塗りってそうなんだ。名前や漆器の中には貝殻を使っているというの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ