05-05 帰途 4日目
何ごともなく夜は過ぎ行き、サーク村に朝が来た。
朝食を済ませればいつもどおり出立である。
が、この朝は、いつもと少し違った。
出発前にモーガンがゴローたちの所へやって来たのである。
「おはよう、ゴロー、サナちゃん、ティルダちゃん」
「おはようございます、モーガンさん」
「おはようございます」
「おはようございますなのです!」
久しぶりにモーガンと会話をするゴローたち。
「すまんな、帰路はあまり構ってやれなくて」
「いえ、お気になさらず」
「昨日ようやくルーペス王国に入ったからな。今日からは護衛の数が増えた。だからこうして殿下たちのそばを離れることができたのだ」
モーガンの役目はローザンヌ王女とクリフォード王子の護衛である。
ジャンガル王国にいた間、獣人たちの護衛がいたとは言うものの、リラータ姫も一緒だった往路に比べ人数は少なく、最終的な責任は彼の肩に掛かっていたため、気軽に出歩けなかったのである。
が、昨日国境を越え、このサーク村以降は護衛兵の数も増えたため、少しはこうして出歩けるようになったのであった。
「向こうであんなことがあったからな。殿下たちのおそばを離れづらかったよ」
「ええ、わかってますよ。こっちはこっちでそれなりに帰路を楽しんでいますから、モーガンさんはお仕事に専念してください」
「そう言ってもらえると気が楽になるよ。それじゃあ、また中間地でな」
「はい」
身を翻して去っていくモーガン。それが突然足を止め、振り返った。
「ああ、姫様たちも退屈なさっていたから、今日の昼は一緒に食べよう」
と一言付け加え、今度こそモーガンは去っていった。
「護衛って大変だよな」
「……うん」
「……です」
少しモーガンに同情しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。
* * *
「ティルダ、陛下からの依頼、もう構想はできてるのか?」
女王ゾラから依頼を受けた簪の件である。
「はい、なのです。馬車の中で考えていたのですよ」
「そっか。さすがだな」
「帰ったら、さっそく作り始めるのです」
やる気は十分のようだ。
「漆も、少しですが貰ってきたのですよ!」
「へえ?」
「生漆と、黒漆なのです」
生漆は、漆の木から採った樹液からゴミを除いただけのもの。
黒漆は、生漆の水分を減らし、鉄分を混ぜて黒く発色させた(あるいは松煙などを混ぜて黒く着色した)ものである。
ちなみに朱漆は、朱色の顔料(昔は水銀朱やカドミウム朱、今は有機顔料など)を混ぜて作る。
「漆は、金属の接着剤にもなるのですよ」
「へえ、そうなんだ」
「焼き付けは……ちょっと臭いのですが」
漆は、その成分中のラッカーゼという酵素が空気中の水分を取り込み、同じく漆中のウルシオールと反応して硬化する。
それとは別に、加熱することで硬化させることができる。
摂氏120度以上の熱を加えるので、金属に塗った場合にならこの方法を取ることができる。
日本の『鎧兜』の、金属部分が黒や赤で塗られているのはこの方法で『焼き付け』た漆である。
ただ、熱せられた漆は、とても……臭い。
「……えっと、専用の部屋でやりますので!」
「ああ、俺とサナのことなら気にしなくていいぞ。お客さんがいる時はやめておいたほうがいいが」
「ありがとうなのです!」
ゴローにそう言われて、ティルダは喜んだ。
やはり、覚えた技術や技法は実践してみたくなるものなのだろう。
「漆か……」
漆を取るのは漆の木である。
木は植物。
植物なら『木の精』のフロロである。
「帰ったら相談してみるかな」
もしかしたら庭で漆を入手できるようになるかもしれない、とゴローが言うと、
「是非是非! お願いしたいのですよ!」
と、大乗り気のティルダなのであった。
* * *
「……で、『蒔絵』という技法と同様に、貝から取った光る部分を貼るのが『螺鈿』で……」
「ふうん……それはアクセサリーに応用できそうだな」
「そうなのです。それから……」
前日まで『空を飛ぶ乗り物』について考えてばかりいてほったらかしにしたお詫びに、その日の午前中はティルダからいろいろと話を聞くゴローであった。
* * *
そして昼、中間地点に着いた。
「……ゴロー、大変だった、ね……」
ここまで馬車で進んできた道のりは長かった。
それを短時間で往復し、レンコンを入手してきたゴローの苦労を察して労うサナ。
「ええと、そうでもなかったさ」
珍しくサナに労われ、照れたゴローは話を逸らす。
「……モーガンさんに声を掛けられたからローザンヌ王女たちの所へ行ってみるか」
「うん」
「はいなのです」
そういうわけで3人は王族の休憩場所へと向かう。
その後を、無言でついていくのは従者となったルナール。
それに気が付いたゴローは、
「ルナール、気を使わなくていいからさ。休んでいろよ」
と声を掛けておいた。
それを聞いたルナールは明らかにほっとした顔になり、
「それではそうさせてもら……いただきます」
と答え、戻っていったのである。
「……戻ったら、ルナールの扱い方も決めないとなあ」
「一応従者として扱っておかないと、かえってまずいんじゃ?」
刑罰としてなので、途中経過や近況を聞かれたときに、あまり自由にさせるなどの扱いをしているとまずいのでは、とサナは言う。
「それもそうだな。……マリーに任せてみたらどうだろう?」
獣人は、一般的に言って精霊を敬っている。
なら屋敷妖精のマリーの言うことも聞くのでは、とゴローは思ったわけだ。
「あ、それ、いいかも」
サナも賛成したので、帰ったら早速マリーを紹介し、部下として務めるように言いつけようと思ったゴローであった。
そんなやり取りをしているうちに王族の休憩場所に近づいていて、
「おお、ゴロー、来たか。まあ、こっちへ来い」
と、ローザンヌ王女に手招きされたのである。
場所は大きな四阿の下。警護の兵士4人が四阿の4隅に立っている。
「はい。では、失礼しまして」
会釈をして、ゴローたち3人も四阿の下へ。
大きな四阿なので、ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガンら3人に、ゴロー、サナ、ティルダの3人が加わってもまだ十分な広さがある。
中央には石造りのテーブルがあり、その上に軽食が載っていた。サンドイッチである。
同行してきた侍女たちが作ったものだ。
「うむ。ようやく国に帰ってきたのでな。ゴローたちを呼ぶゆとりができたのだ」
ローザンヌ王女が笑いながら言った。
「さあさあ、食べてくれ」
「はい、ではいただきます」
「いただきます」
「い、いただきますです」
王女に促され、サンドイッチを1つ手に取るゴロー。サナとティルダも同じく手にした。
「……美味しいです」
ひとくち食べ、感想を口にするゴロー。
王族との食事はこういうところが面倒くさいな、と思いながらも、
「あと2日半ですね」
と、会話のネタを振るゴロー。
「うむ。2日半で王都だな。……ゴローたちも帰るのが楽しみであろう」
「そうですね。帰ったらやりたいことがたくさんあります」
「ほう? どんなことをやりたいのだ? 教えてもらえるか?」
「ええ、もちろん。……フロロへの報告、庭の手入れ、ティルダの工房整備、それに乗り物の相談をブルー工房で……」
「ほう、ブルー工房とな。あそこでは王家が使う儀仗剣のほとんどを作っているな」
「そうだったんですね」
サナはただ黙々と食べ続け、ティルダは緊張して味もわからない様子だったので、サンドイッチを食べながらも、口の中に食べ物がある間は決して口を開かないというマナーを守り、会話を行うゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月25日(日)14:00の予定です。
20201022 修正
(誤)少しモーガンに同乗しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。
(正)少しモーガンに同情しながら、ゴローたちは馬車に乗り込んだのだった。




