05-04 帰途 3日目
ルーペス王国への帰途、3日目の朝が来た。
「ゴロー、おはよう」
「ああ、サナ、おはよう」
「……で、何か結論は出た?」
昨夜考えていた『空を飛ぶ乗り物』についての質問である。
「いやあ、まだ全然」
「……そう」
それきりサナは興味を失ったようだった。
ゴローは溜息をつき、
(まあ、まだ海のものとも山のものともつかないしな……当分は一人で考えよう)
と考えたのであった。
* * *
ゴトゴトと馬車は進んでいく。
「……」
「…………」
「………………」
「あ、あの……」
「なに?」
沈黙に耐えかねたティルダが口を開きかけ、サナが応じた。
「ゴローさんとサナさん、喧嘩したんです?」
「ううん、別に? なぜ?」
「朝から……というか馬車に乗ってから全然口をきかないからなのです」
「……ああ、ごめんね。ゴローは今、一所懸命に考えている……みたいだから邪魔しないようにと思って」
「考えている……って、『空を飛ぶ』ことをです?」
「うん。そう、みたい」
「……」
サナの返事に、ティルダも絶句した。
その時である。
「うん、やっぱりそれしかない!」
突然ゴローが叫びだした。
「ゴロー、なにかわかった?」
ティルダがいるので『念話』を使わず声を掛けるサナ。
ゴローは頷いた。
「ああ。一応推測というか仮説の結論が出た、サナとティルダにも聞いてもらおう」
「うん……」
「はあ……」
あまり気乗りしなさそうな2人に向かい、ゴローは説明を始めた。
「まず、亜竜とか竜種がどうして飛べるのか、だ」
「うん……」
「はいなのです……」
ゴローの言葉に相槌を打つ2人。
「鳥や鳥の魔物、魔獣は、純粋に羽ばたいて飛んでいる。でも、亜竜なんかは、飛べるはずがないんだ」
「……ゴロー、昨日もそう言ってた」
「うん。それで、どうしてあいつらが飛べるのか、実物を見たことがないので推測になるんだが、仮説を立ててみた」
「……それをずっと考えていたの?」
「そうなんだ。……まあ、聞いてくれ」
「うん……」
一呼吸置いて、ゴローは考えた仮説を説明し始めた。
「聞いた話だと、あいつらも翼を羽ばたくらしいな」
「うん、羽ばたきの風は強くて、いろいろなものを吹き飛ばすほどと言われてる」
「そこから推測したんだが、あいつらは魔法で空気の密度を変えているんじゃないか、ってな」
「?」
「??」
2人ともゴローの説明が理解できず、首を傾げた。
「いや、そもそもだな、あの巨体を支えるには羽の大きさが小さすぎるんだよ」
「それはわかる」
「だから、魔法で身体を軽くしているんじゃないかとか、風魔法みたいなものを自分に向けて吹かせているんじゃないかとかいろいろ考えたんだが、どれも無理がありそうでさ」
「……身体を軽く、っていうのは何が駄目?」
「空気抵抗だ」
「空気抵抗?」
「そう。走ると風を感じるだろう? 速く走るほどそれは強くなる」
「うん」
「時速100キルくらいになると、かなり強いはずだ。あのデカさで軽かったら、浮いたはいいが、進むのに苦労するだろうなってさ」
つまり浮力は説明がついても、推進力の説明がつかない、というわけである。
「じゃあ、風魔法は?」
「うーん、こっちは聞きかじった話からの推測になるから、違っている可能性もあるんだけどさ、奴らの羽ばたきで人や馬が吹き飛ばされた、という事実があるから、少なくとも『自分に向けて』風を吹かせてはいないなと思ったんだ」
「……なるほど、その理屈はわかる」
「『風』の場合、魔法を使った術者への反動はないだろう?」
「確かに、ない」
「『竜巻』『起きろ』を自分に向ければ空を飛べそうではあるが……」
「……それは自分を吹き飛ばしているので、他人を吹き飛ばすことはできない」
「そういうこと」
そうした説明で、サナにはゴローの言いたいことがわかってきたようである。
だがティルダは、
「魔法のお話は難しくて、半分くらいしかわからないのです」
と、残念そうな顔をした。
ティルダはドワーフ。ドワーフは、魔法はあまり得意ではないのだ。
「で、亜竜は?」
「うん。まず、羽ばたきの強さについては『身体強化』で解決できる」
「うん」
「でも、空気の密度だと、その程度じゃ到底浮かび上がることはできそうもない」
ゴローやサナが目いっぱいの身体強化をし、自分の身長くらいの羽を手にすれば浮くことはできるかもしれない。
だが、亜竜の巨体では無理だ。
しかし、である。
「空気密度が高ければ浮けるかもしれない」
空気の代わりに水を考えてみるといい。
水の密度は空気の820倍くらい。
なので、『水中翼船』は走り出せば水上に浮かび上がることができる。
が、そこまでで、水面から離れることはできない。
ゴローはそんなことを『謎知識』から得て、亜竜の飛べる訳を推測したのだった。
つまり、自分の『下側』の空気を魔法で圧縮し、羽ばたきで浮けるだけの密度にしているのではないかということである。
端的に言えば、空気の足場を作り続けて進んでいる……とも言える。
「まあ、亜竜がそうやって飛んでいるのかどうかは二の次で、『空を飛ぶ乗り物』をどうやって実現できるか、の方がメインなんだけどな」
「うん、それはわかってる」
ゴローの説明により、『空を飛ぶ乗り物』が決して夢物語ではなさそうだとわかり、サナにも興味が出てきたようだった。
「……仕方ない。私も考えてみることにする」
「お、ありがとう、サナ」
魔法に詳しいサナが協力してくれれば、より実現性が高まりそうだと、ゴローは喜んだのだった。
* * *
とはいえ、そう簡単に思いつけるものではない。
昼、国境の砦を抜けてルーペス王国に入っても、いいアイデアは出なかった。
そして結局、その日の宿泊地であるサーク村に着くまで、ずっと考えてはいたものの、結論には至らなかったのである。
「ティルダ、すまん」
サーク村で馬車を降りたゴローは、まずティルダに謝った。
「道中、つまらなかったろう?」
「はい、まあ、正直に言えば……なのです」
「ごめん。明日からはやめる」
「いいのです?」
「うん。あとは家に帰ってから、ブルー工房で相談するよ」
そう言ってゴローはもう一度ティルダに詫びたのだった。
* * *
夕食後、宿のそばにある池の水面をゴローは見つめていた。
月明かりが明るく、池の水面は銀色のさざ波が立ち、きらめいている。
その時、ぱしゃっと音がして、何かが跳ねた。
見ると、子供が石を投げて『水切り』をしている。
平たい石を、水面に対してできるだけ小さい角度で投げると、投げられた石が水面で跳ね返る。これが『水切り』だ。
サイドスローで、できるだけ平たい石を、横回転(水平回転)させて投げるのがコツである。
回転させることで石の姿勢が安定して、水面に対して反発力を発生させやすくなるのだ。
閑話休題。
水切りの石を見て、
(あれも参考に……うーん、でも『UFO』みたいな飛行物体になりそうだ……『UFO』ってなんだろう?)
などと考えるゴローだったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月22日(木)14:00の予定です。