05-03 帰途 2日目夜
そして、またも横切る黒い影。
今度は、ゴローも視力を強化していたのでその正体を見極めることができた。
「……モモンガ? ムササビ?」
それは、前脚から後脚に皮膜を持ち、それを使って滑空する哺乳類によく似ていた。
(そういえば『ムササビスーツ』なんてのもあったな……)
ムササビスーツは正式名を『ウイングスーツ 』といい、手と足の間に布を張って滑空するので『ムササビスーツ』の別名がある。
非常に危険で、かなりの熟練を要する上、死亡事故も絶えないという。
「滑空か……」
「なに、ゴロー?」
「あ、いや、空を飛ぶ動物がいたんだ」
「ハーピーじゃなく?」
「ハーピー?」
ハーピーとは腕が羽になっている魔物で、顔と体は女性のように見えるのだと、サナが教えてくれた。
もっとずっと南……赤道付近の暑い地方に棲息するらしい。
「詳しく聞かせてくれないか?」
「? ……うん」
ゴローの知るハーピーは、ギリシア神話に登場する女面鳥身の生物で、顔から胸までが人間の女性で、翼と下半身が鳥といわれている魔物だ。
が、この世界においては少しだけ違うようだった。
「『ハーピー族』は『鳥人』という、れっきとした種族」
「あ、そうなのか」
「腕が羽で、足が鳥の足だから、とても不器用。だから『小人族』と共生関係に、ある」
「小人?」
「エルフとは別。身長50セルくらいの種族で、『ハーピー族』の代わりに手仕事をする。ハーピー族は食料を捕ってきたり、小人族を乗せて移動したりする」
「なるほどなあ……」
いつかそんな南の国も見てみたいなあ、と思うゴローであった。
そして『鳥人』の話が出たので、
「それじゃあ『魚人』なんてのもいるのか?」
と聞いてみたところ、
「いる」
という答えが返ってきたのである。
「いるんだ……」
「うん。『サハギン族』とか『マーメイド族』『セイレーン族』なんかがある」
「ふうん……」
なら鳥人にはどんな人種がいるのか、とゴローが尋ねると、それはよくわからないのだという。
ハーピー族は共生している小人族以外の者とほとんど交流をしないため、情報が少ないのだそうだ。
「なるほどな」
「……で、何を考えているの?」
「え? あ、そうか」
モモンガだかムササビだかが飛んでいるところを見て、ゴローが考えていたこと。
「……空を飛べないかと思ってさ」
「…………えっ」
さすがのサナも、ゴローの言葉には驚きを隠せなかったようだ。
「……いくら身体強化をしても、それは無理」
「いや、そうじゃなくて」
どうやらサナは、ゴローが羽を手に持つなりしてそれを羽ばたかせて飛ぶことを考えているのではないかと思ったようだ。
「空を飛ぶ乗り物を作れないかなあと思ってさ」
「……正気?」
胡乱げなジト目で見られてしまった。
「正気も正気さ」
その時ゴローは、すっかり辺りが暗くなっていることに気が付いた。
「……続きは宿でしよう」
その提案に、サナは一も二もなく賛成する。
「賛成。もうすぐ夕ご飯」
* * *
夕食はまあまあ、な内容だった。
そしてゴローは夕食が終わると早速サナに質問する。
「空を飛ぶ魔獣っていないのか?」
「見たことはないけど、いる……らしい」
「あ、亜竜なら、見たことがあるのです」
「ほんとか、ティルダ?」
「はいなのです」
まさかティルダが空を飛ぶ魔獣を見たことがあるとは思わなかったゴローだが、ちょうどいい機会なので色々聞いてみることにした。
「……といっても、討伐されて素材になる前の段階で、でしたが」
「やっぱり羽があって空を飛ぶのか?」
「はいなのです。……といっても聞いた話なのですが」
「それでもいいから、聞かせてくれ」
そしてティルダが語った亜竜とは……。
体長は5メルから7メル(成体)くらい。
肉中心の雑食性。噛む力が非常に強い。歯は工具に使われる。
肉は赤身中心で美味。
頭の後ろに伸びた2本の角があり、細工素材としては超高級品。
背中に1対……2枚の羽がある。翼膜は薄くて強靭なのでコートやマントの素材になる。
骨は武器に使われる。
飛ぶときは羽ばたかない。
……ということであった。
「羽の大きさってどのくらいなんだ?」
「あ、ええと、広げた場合、体長と同じくらいなのですよ」
「……うーん……あ、あと、体重ってどれくらいなのかわかるか?」
「えっと、私が見たのは体長6メルくらいの亜竜でしたが、1トムくらいだったのです」
「うーむ……」
ゴローは考え込んでしまった。
その重さの生物が、羽だけで飛ぶということは、どう考えても物理学的にありえない。
ということは、何か超物理的な力……魔法の力が働いているとしか思えなかったのだ。
「あの、ゴローさん?」
「ゴロー、どうしたの?」
黙り込んでしまったゴローを心配し、サナとティルダが声を掛けた。
「あ、悪い悪い。ちょっと考えることがあってさ」
そう言って謝りながらもゴローは、
「……亜竜ってどこに行けば見られるんだろう?」
と尋ねたのである。
「ええと、少なくとも私の故郷では時々見かけたのです」
「あとは、エルフの国にもいる、らしい」
「そっか……あ、ついでに聞いておこう。亜竜じゃない竜っているのかな?」
この質問に答えてくれたのはサナだった。
「ずっと北の地にいると、聞いている」
「北か……」
〈そう。ハカセのいるところより、もっと北〉
〈そっか……〉
念の為、『念話』で補足するサナ。一応『ハカセ』のことはティルダには内緒にしているからだ。
〈なに? 竜を見てみたいの?〉
〈まあ……そう……かな。でもまあ、亜竜が見られればいいや〉
〈……そう〉
そして肉声では、
「一度見てみたいなあ」
と口にするゴローであった。
「近いのはエルフの国か……」
「……でも、ドワーフの国ならティルダが詳しそう」
「はい? ……はい、なのです。ゴローさん、行ってみたいのです?」
「ちょっと興味はあるな」
「行くときになったら、そう仰ってほしいのです。案内させてもらうのですよ」
「その時は頼むな」
「はいなのです!」
その夜はそれで終わり、なんとなく疲れたということでそれぞれ寝室へ。
が、ゴローとサナは『念話』でもう少し会話を行う。
〈ゴロー、どうして急に亜竜が見たい、なんて言い出したの?〉
〈え? ああ、亜竜が空を飛べるのは、何か魔法に類する術を使っているんじゃないかと思ってさ〉
〈それが、知りたい?〉
〈うん〉
〈知って、どうするの?〉
〈……夕方に言ったろう? 『空を飛ぶ乗り物』を作るための参考資料にしたかったんだ〉
〈本気?〉
〈本気さ〉
〈……なら、ハカセに相談しなくていいの?〉
〈うーん、そうなんだが、その前に自分でできることはやってみたくてさ……〉
〈そういうもの?〉
〈そういうもの〉
オウム返しにゴローが答えると、サナは興味を失ったように、
〈……男の子は不可解〉
と言って念話を打ち切ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月18日(日)14:00の予定です。
20201015 修正
(誤)その時ゴローは、すっかり当たりが暗くなっていることに気が付いた。
(正)その時ゴローは、すっかり辺りが暗くなっていることに気が付いた。
(誤)ちょいどいい機会なので色々聞いてみることにした。
(正)ちょうどいい機会なので色々聞いてみることにした。
20201101 修正
(誤)背中に2対の羽がある。
(正)背中に1対……2枚の羽がある。