05-02 帰途 2日目
キオーナ村に朝が来た。
夜明けとともに起き出す村人。
ゴローとサナも起き出し、村を散歩していた。
「前回来たときにも思ったけど、これってもう町だよな……」
キオーナ村の人口はおよそ3000人、400戸だという。
「……ジャンガル王国では、自治形態で村と町を区別している、そういってたはず」
「だったな。……ティルダから聞いたんだっけ?」
「うん」
そのティルダはまだ夢の中である。
「周辺には果樹園も結構あるな」
「うん、美味しそう」
亜熱帯性気候に近いので、果樹や野菜類の栽培も盛んなようだ。
メインは木材であるが。
「ちゃんと植林もしているようだな」
「うん。おそらく『けもなー』さんが教えたのだと思う」
「ああ、そうかもな」
国によっては、木を伐採したあとには植林を行う、ということが常識なところもある。
ゴローの『謎知識』ではそう言っていた。
「フロロやヴィリデだったら何というかな……」
「うん。……『木の精』は、人間が木を伐採することそれ自体は悪いことと思っていないみたいだから」
「植林はいいこと、かな」
「かもしれない」
帰ったらフロロに聞いてみよう、と思ったゴローであった。
* * *
2人が散歩を終えて宿に戻ると、ティルダも起きていた。
「あ、おはようございますなのです」
「おはよう、ティルダ」
「おはよう」
「もう朝食、いつでもいいそうなのです」
「わかった。それじゃあ食堂へ行こう」
朝食は洋食系の献立であった。
ご飯じゃないことに少しだけがっかりしたゴローであるが、それでも焼きたてのパンは美味しかったし、スープもなかなのものだった。
そしてティルダはデザートのフルーツに舌鼓を打っていたし、サナはパンに付けるオレンジ系のマーマレードがいたく気に入ったようであった。
ちなみに、従者であるルナールは別室で賄い食を食べている。
〈このジャム? マーマレード? 美味しい〉
〈じゃあ、少し買っていこうか〉
〈うん〉
そんな念話を交わす2人。
持参した甘味はすべて食べきってしまったため、甘いものに飢えているサナなのだ。
「ああ、お茶が美味しい」
紅茶であるが、なかなか香りがよかったので、これも買って帰ろうとゴローは思った。
そこで食後に、宿の人に購入先を尋ねてみると、親切に店の場所まで案内してくれるという。
「すみません、お願いします」
「構いませんよ。すぐそばですし」
犬耳の獣人の後について3分ほどでその店であった。
「こちらです。……ごめんください」
「おや、トリバーさん、おはようございます。今朝は何かね?」
「お客様が、こちらの紅茶とマーマレードをお気に召されまして、少し購入されたいと」
「おやおや、そうかね。……いらっしゃいませ。どのくらいお入用ですか?」
「そうですね……」
ゴローは、茶葉は200グム入を2缶。マーマレードは500グム入を2瓶購入した。
そして宿に戻ると、案内してくれたトリバーに礼を言って、心づけを渡す。
「案内、助かりましたよ」
「これはどうも、かえってすみません」
トリバーも礼を言って心づけを受け取ったのであった。
* * *
午前8時半、一行はキオーナ村を出発した。
次に目指すは小さな台地にあるカナノ村だ。そこで昼食となる予定である。
道中は何事もなく過ぎ、一行はカナノ村に到着した。
ここは、果物が美味しい村で、同時にワインも名産品である。
飲みすぎたネアがマーライオンと化した記憶はまだ新しい。
「……ワインも少し買っていこうかな」
何せ、ゴローはジャンガル王国の名誉男爵である。
乗っている馬車も立派なもので、なおかつ荷物用の馬車も貸してもらっていた。
さすがに何樽も、とはいかないが、一樽くらいなら十分に積める。
「赤にするか、白にするか……」
販売所を見て回るゴロー。と、モーガンと出会う。
「あ、モーガンさん」
「おう、ゴローもワインを買いに来たのか?」
「はい。でも、どれにしようかと……」
「そうだよなあ。どれも美味くて迷うよなあ」
「モーガンさんのお勧めはありますか?」
「いやあ、私だって迷っているからな」
そんな事を言いながらも、
「これとこれかなあ……」
と、赤と白を1つずつ選んでくれた。
幸いにも『ハーフ樽』というサイズがあったので、両方とも購入したゴローである。
ちなみに、樽を両肩に載せて運んでいたら村人から奇異の目で見られたそうな。
何せ、普通は台車で運ぶものらしいから……。
* * *
台地の村、カナノ村を出れば、宿泊地ファリサ村を目指すだけである。
周囲は木が鬱蒼と茂る密林になっていく。
「……景色がつまらなくなった」
とはサナのぼやき。
確かに、窓から見えるのは森ばかりで変化がないからなあ、とゴローも心のなかでサナに賛同したのであった。
「あ、ゴローさん、サナさん、あそこに紅葉した木があるのです」
「お、ほんとだ。カエデかな?」
常緑樹の多い密林だが、落葉広葉樹も混じっていて、そういう木々は紅葉をはじめていたのである。
「ゴロー、なんで緑色だった葉っぱが赤くなるの?」
「え? ……うーんと、赤くなるのはアントシアニンっていう色素が葉の中にできるからだな」
「あんとしあにん?」
「そう。……うまく説明できないけどな」
要するに、寒くなり始めたことを植物体が感知して、葉っぱを落とす準備をし始める。
葉っぱの付け根に『離層』という組織ができてしまうと、葉っぱが光合成で作ったデンプンを送り出せなくなり、それが糖に変わってさらにアントシアニンという色素に変わる……。
と、ゴローは説明したのだった。
「……よくわからないのです」
ティルダは終始首を傾げていた。
紅葉のメカニズムを理解するには最低でも小学校高学年くらいの科学的素養がないと難しいだろうなと、ゴローの『謎知識』は告げていた。
「要するに、葉っぱを落とす前の冬支度だな」
「なんとなくロマンチックなのです」
こういった表現のほうがティルダも受け入れやすいようだった。
そして、
「……紅葉をモチーフにしたデザインも考えてみたいのです」
と、芸術家肌の一面も覗かせるティルダなのであった。
* * *
そしてその夜は予定どおりにファリサ村泊まり。
周囲を森に囲まれた、普段は静かな村だ。
夕食までの時間、ゴローは村内を散歩している。サナも一緒だ。
ティルダは馬車の移動が堪えたらしく、宿に残っている。
前回泊まったときに比べたら静かなものだ。
(あのときは宴会で大賑わいだったけなあ)
と、思い出すゴロー。
普段、大した娯楽がない分、宴会となると盛り上がる……らしい。
(その上、呼び出した『光の精』は意外と柄が悪かったっけ)
思い出すと、ふ、と笑みが溢れるゴローであった。だがそのせいで、
「ゴロー、思い出し笑い、気持ち悪い」
とサナに言われてしまったのである。
「ちぇ」
と、膨れるゴローを、サナは笑って見ていた。
その時、見上げた夜空を黒い影が横切った。
「何だ!?」
身構えるゴロー。
しばらく待ったが、何ごとも起こらない。
気を緩めかけた、その時、またしても黒い影が空を横切ったのであった。
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次回更新は10月15日(木)14:00の予定です。