05-01 帰途 1日目
いよいよゴローたちが王都ゲレンセティを辞する日となった。
時刻は午前9時。迎賓館の前には何台も馬車が停まっており、見送る人たちの人垣ができている。
その中で最も身分が高い人物は、なんといっても女王ゾラである。
その女王は、去りゆく一行に向けて声を掛けた。
「元気でのう、ローザンヌ王女殿下、クリフォード王子殿下、モーガン殿」
「いろいろとお世話になりました、女王陛下」
「こちらでの日々は忘れません」
「陛下、お世話になり申した」
まずはルーペス王国王家の面々との挨拶、次いでゴローたちとだ。
「ゴロー、サナ、いろいろと世話になったのう。ティルダ、元気でな」
「はい、陛下もご健勝で」
「ありがとうございます。陛下とジャンガル王国が平穏でありますように」
「こちらこそ、貴重な体験をさせていただきましたのです。簪は出来上がり次第お送りいたしますです」
「皆さん、道中の無事をお祈りいたします」
「お気をつけてお帰りくださいませ」
女官たち、使用人たちもまた、一行を見送りに出てきていた。
『さようなら、お世話になりました』の声とともに、一行を乗せた馬車は動き出す。
集まった人たちの歓声に送られ、馬車はゆっくりと進んでいく。
『教会』のことや、『ゴーレム』『刺客』など、完全には片付いていない事柄もあるが、まずはジャンガル王国での日々も終わりというわけだなあ……と、ゴローはなんとはなしに考えながら馬車に揺られていた。
* * *
来たときとは逆に、ジグザグ道を下っていく馬車の列。
ゴローたち3人は同じ馬車で、従者になったルナールは別の馬車で移動している。
さすがにこの場にいられると空気がもたないだろうという判断だ。
「……楽しかったな」
「うん」
「いろいろ勉強になったのです! それに、フロロ……じゃない、ヴィリデさんから、これも預かってきましたし」
「……フロロへのお土産か?」
「いえ、お手紙だそうなのです」
「手紙?」
「はいなのです」
塗師ミユウの家兼工房に文字どおり『根を下ろした』、『梅の木の精』の『分体』ヴィリデから、本体である『フロロ』へのメッセージ……らしい。
見た目は単なる木の枝である。
これをフロロに渡せば、ジャンガル王国でのできごとや、ヴィリデがフロロに言いたいことなど、全てが伝わるらしい。
手紙顔負けの通信手段である。
「ふうん、大精霊ともなると、便利な手段があるもんだなあ」
『四大』と呼ばれる地、水、火、風に次ぐ樹木の精霊もまた、『大』精霊と呼ばれている。
対して『家付き精霊』と言ってもいい『屋敷妖精』は、それより格が落ちるらしいのだ。
(その辺のことはよくわからないよな……)
精霊界のことは、さすがのゴローもよくわからないのだった。
これに関しては『謎知識』も教えてくれなかったのである。
* * *
馬車はガタガタと音を立てながらカーブを曲がっていく。
幾度目かのカーブを終えると、室内が水平になった。
下り道が終わったらしい、と思ったゴローが窓から外を見ると、王都ゲレンセティから下りきり、案の定街道に出ていた。
少し進んだところで小休止。
馬を休ませるとともに、昼食である。
「お、いなり寿司と焼きおにぎりだ」
王都で作ってくれた弁当は、ゴローが伝えたレシピであった。
「うん、美味い。完全にものにしてるな」
「うん、これならゴローのものとほとんど変わらない味」
「美味しいのです」
ゴローだけでなく、サナ、ティルダらも太鼓判を押すできだった。
これなら教えた甲斐があった、と、ゴローも満足したのであった。
* * *
食後の小休止の時、ゴローはふと思いついて荷物の中からレンガを取り出し、声を掛ける。
普通に考えたら危ない人だが、このレンガは特別なのだった。
「……マリー、出てこられるか?」
「はい、ゴロー様」
『屋敷妖精』のマリー、その『分体』が宿るレンガなのである。
が、出てきたマリーを見て、ゴローはああやっぱり、と思った。
「やっぱり小さくなってるな」
「はい。祝福から日が経っておりますから」
ジャンガル王国で女王ゾラが行った『祝詞』を唱える儀式により、空間に存在する精霊が活性化し、その影響でフロロの分体は急成長して一人前の木の精になったのだ。それをマリーは『祝福』と表現したのである。
そしてフロロから分かれたヴィリデは、ジャンガル王国に根付くことを選んだのであった。
一方、『屋敷妖精』のマリーにはそこまでの影響はなく、こうして『祝福された地』を離れると、元に戻ってしまうようだ。
「わたくしはフロロ様のような大精霊ではありませんので」
とはマリーの言葉。
「それに、無理を言って連れてきていただきましたのに、あまりお役に立てませんでした」
「いや、話し相手になってくれるだけで随分助かるぞ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも。馬車の旅は長いし、退屈もするからな」
ゴローがそう説明すると、マリーは嬉しそうに微笑んだ。
「そう仰っていただけると光栄です」
「帰ったらまたよろしくな」
「はい、もちろんです」
とは言っているが、ゴローたちの屋敷には、ちゃんとマリーの本体がいて屋敷を守ってくれているわけだが。
そんな話をしながら、ゴローは窓から外を眺める。
まだ街道は馬車4台分と広く、両脇には集落が点在している。
馬車の速度は時速5キルくらい、ちょっと速く歩いているくらいである。
(……もっと速い乗り物はできないものかなあ)
などと考えながら、ゴローは馬車に揺られるのであった。
* * *
帰路1日目の宿泊は行きにも泊まった『キオーナ村』である。
まだ少し早いが、1日目なので無理はしないのだ。
ここまでは街道の幅が広く、舗装もしっかりしているので楽な移動だった。
(足漕ぎ自動車になんとか動力を付けられないものかなあ……)
ゴローはまだ考えている。
(それには自動的に回転する何かを作らないといけないし、その回転も力強くないと駄目だしなあ)
そんなことを考え続けていたら、馬車が止まったことにも気付かず、サナに声を掛けられてしまう。
「ゴロー、着いた。降りるよ」
「え? あ、ああ。もう着いたのか」
もう、などと言っているが、ゲレンセティからは10キロほどもあり、2時間ほど掛かっているのだ。
「何考えてたの?」
「いや……もっと速い移動手段はないものかって」
「走るのは?」
「いや、だから手段さ。乗り物だよ」
「そう……」
サナはそういう思索にはあまり興味がないらしく、さっさと今夜の宿へと向かって行った。
前回の夕食は立食パーティ形式だったが、今回は普通に宿の食堂である。
従者となったルナールが、ゴローたちの給仕をしている。
付け焼き刃ではあろうが、なかなか様になっていた。
そして夕食の献立も、内容的には十分に美味しいものであった。
が、食べながらゴローは別のことを考えていた。
「ゴロー、まだ移動手段のことを考えているの?」
とサナに言われたが、ゴローはそれを否定した。
「いや、今考えているのは別のことだ。……前回はここでルナールとひと悶着あったなあって」
それを聞いたルナールは渋い顔をしたのみで、何もコメントはしなかったのである。
そんな彼を見て、少し成長したのかな、と考えるゴローなのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月11日(日)14:00の予定です。
20201008 修正
(誤)「うん、これならゴローのものとほとんどど変わらない味」
(正)「うん、これならゴローのものとほとんど変わらない味」
20210217 修正
(誤)使用人となったルナールが、ゴローたちの給仕をしている。
(正)従者となったルナールが、ゴローたちの給仕をしている。