04-60 旅行16日目 その3 従者
『古代遺物』、それは、既に滅びた古代文明が残した遺産である。
時折出土しては、発見者や国に利益をもたらす。
それは道具だったり武器だったり、時には書であったりもする。
ゴローが旅の初期に見つけた『ナイフ』もまた『古代遺物』である。
そしてジャンガル王国にある『古代遺物』は『転移の筺』と呼ばれていた。
これは、コンテナ状の大きな箱……というよりも小さな倉庫同士が、不可思議な方法で繋がっているもの。
仮にその箱を『A』と『B』と呼ぶことにする。
Aの箱に物体を入れ、扉を閉めると、一瞬のうちにBの箱にその物体は移動しているのだ。
これは逆も同じ。
すなわちBの箱に物体を入れ、扉を閉めると、一瞬のうちにAの箱にその物体は移動しているのである。
ただし発動条件や制約が幾つかある。
その1つが、『動物は送れない』というもの。
どういう基準かはわからないが、人間や獣、鳥、魚、虫などの、生きているものは送れないのだ。
これが植物になると、生きた植物……苗木などでも問題なく送れる。
この差が何なのか、解明できていないのである。
また、送れるのは1日に1回。
わかりやすくいうと、1日のうちに『AからB』へ送ることができ、また『BからA』へも送ることができる。
この『古代遺物』の1つは、友好国であるルーペス王国に貸し出されており、両国間の貿易に役立っている。
午前中にジャンガル王国からルーペス王国へ。
そして午後にはルーペス王国からジャンガル王国へ、という取り決めがなされていた。
これが発見されたのは、今の首都があるカルデラで、である。
「100年に1度というような大雨が降って、がけ崩れが起きてのう」
女王ゾラが当時……30年ほど前の様子を語ってくれる。
「崩れた崖の中から、ほぼ無傷でこの2つが現れたのじゃ。古代人は何を思ってここに隠しておいたのか、わからぬがな」
試行錯誤の果てに使い方が判明した。
「そうしたら、大層役に立つ『古代遺物』じゃった」
このおかげでジャンガル王国は交易を通じて豊かになりつつあるという。
「よくわかりました。ご説明ありがとうございます」
ゴローは、語ってくれた女王ゾラにお礼を言った。
そして、ついでとばかりにモーガンに尋ねてみる。
「王国には、『古代遺物』はありましたっけ?」
これに答えたのはモーガンではなくローザンヌ王女。
「うむ。公開されているものでは2つあるな」
「それは?」
「1つは『遠見の鏡』だ。向けた方向の景色を任意に拡大してくれる」
「すごいですね」
倍率自由の望遠鏡のようなものかな、とゴローは想像してみた。
仕組みは……そこまでは想像もつかない。
「もう1つは『細見の筒』ですね。小さいものをものすごく拡大して見せてくれるんですよ」
クリフォード王子の説明に、ゴローは『顕微鏡かな?』などと想像していた。
「いずれも王家に献上されたもので、宝物管理官が管理しているな」
モーガンが説明する。
「まあ、そんなところだ」
「……ありがとうございます」
実を言うとゴローには、おそらくだが王家にはまだ『古代遺物』があるな、という気がしていた。
『公開されているものでは』という言葉の言外に、『公開されていないものもある』という意味があるのではないかという推測からだ。
だが、それをここで尋ねるわけにもいかず、口をつぐむゴローなのだった。
その代わりに、
「『古代遺物』を一番所有しているのはどこなんでしょう? あ、教会は除いて」
と聞いてみる。
「そうじゃな、やはりエルフの国かのう」
「うむ、そうだろうな」
女王ゾラとローザンヌ王女の意見が一致した。
やはりエルフの国か、とゴローは思う。
そして、いつか行ってみたいな、とも。
(まあ、当分先になるよな)
今はこの世界を一歩一歩確かめていこう、とゴローは思ったのだった。
* * *
「さてゴロー、そなたらは明日、帰途につくのじゃったな?」
「はい、そう聞いています」
「うむ。……それでは、『ルナール』の件じゃが」
ルナールは、ゴローに対するいわれのない敵対をはじめとする罪を犯し、国の威信を著しく傷つけた。
そのため、ゴローとサナの従者になることで処刑を免れた、ネアの幼馴染である。
「従者になるということで必要な教育をしておったが、ようやくモノになってきたと言っておったな。今日迎賓館に連れて行くらしいぞ」
「わかりました。よろしくおねがいします」
「何の。こちらこそよろしく頼むぞ」
本当は従者なんて必要ないのだが、それ以外にルナールの処刑を回避する術はなかったのだ。
ゴローとしては1年くらい働いてもらって、何か手柄を立てたことを理由に解放しようと思っている。
「従者としての礼儀作法を叩き込んだと言っていたからのう。楽しみにしておれ」
「は、はあ」
あのルナールがどう変わったのか、ちょっと興味があるが、それ以上にどんな教育をされたのか想像すると、少し背筋が寒くなるような気がするゴローなのだった。
* * *
夕方になり、一行は研究所を後にした。
ゴロー、サナ、ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガン、そして案内役のネアは迎賓館へ。
女王ゾラとリラータ姫は王宮へと帰っていった。
馬車を降りると、一行を出迎えた者がいる。
「お帰りなさいませ、ゴロー様、サナ様」
「え」
「……ルナール?」
執事っぽい服に身を包んだルナールだった。
「ローザンヌ殿下、クリフォード殿下もご機嫌麗しゅう。モーガン様もお変わりなく」
これがあのルナールかと思うほどに変わっていた。
はっきり言って……。
「気持ち悪い」
ネアがゴローたちの気持ちを代弁して口にしてしまった。
その言い方に、ルナールも言い返す。
「……ばっ、何だよ!? 人が必死で身につけた仕草を、そりゃないだろう?」
「あ、ルナールだった」
なぜかほっとした顔のネアがいた。
「うん、あまり馬鹿丁寧なのもやりにくいから、ちょうど中間くらいにしてくれないかな?」
とゴローが言えば、
「わかっ……わかりました、ゴローさん」
「ああ、そのくらいがいいかな」
「それでは、そうします」
従者ということなのでタメ口はまずいだろうが、あまり丁寧すぎるのも肩が凝る。
まあゴローとサナには肩凝りは無縁なのだが。
とにかく、丁寧語で話す、くらいで落ち着いたルナールなのであった。
* * *
夕食は大食堂で、となった。
世話役のネアは、時々ルナールの方をちらちら見ている。
ゴローとしても、彼が無事で安心したんだろうな、と察する。
そこでゴローは、
「ネア、ルナールと積もる話もあるだろうから、少し向こうへ行っていていいよ」
と、気を利かせた。
「え、そういうわけにも……」
少しぐずるネアだったが、サナも『行ってきていい』と後押ししたので、見かけ上は仕方なさそうにルナールとともに食堂の隅へと向かったのだった。
だが内心はウキウキであることは、わっさわっさ揺れる尻尾が物語っていたことを、ネアだけが気づいていなかったのである。
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次回更新は10月4日(日)14:00の予定です。
20201001 修正
(誤)何か手柄を立てたことを理由に開放しようと思っている。
(正)何か手柄を立てたことを理由に解放しようと思っている。
(誤)見かけ上は仕方さそうにルナールとともの食堂の隅へと向かったのだった。
(正)見かけ上は仕方なさそうにルナールとともに食堂の隅へと向かったのだった。
20201007 修正
(誤)わかりやすくいうと、1日のうちに『AからBへ』送ることができ
(正)わかりやすくいうと、1日のうちに『AからB』へ送ることができ