04-59 旅行16日目 その2 古代遺物
女王ゾラがやって来た、と研究所の事務員が告げた。
「母上、早かったのう」
「え、来る予定だったのか?」
「うむ。何やら面白そうじゃから、と言うてな」
「それでいいのか女王陛下……」
リラータ姫の言葉にゴローが脱力していると、
「我が臣下たちは皆優秀じゃからな。平常時なら、妾がしばらく留守にしても大丈夫なのじゃ」
そう言いながら女王ゾラが研究所内へとやって来た。お付きは女官のラナ1人。フットワークの軽い女王様だな、とゴローはやや呆れながら思った。
「……まだ解析できぬのか?」
研究所内にやって来た女王ゾラは開口一番、不満そうにそう言った。
「はい陛下、面目次第もありませぬ」
所長のキールンが頭を下げた。
「……それで、どこがわからぬのだ?」
「は、陛下。……これでございます」
女王ゾラの問い掛けに、キールンはゴーレムの胴体内から外したと思われるパネルを見せた。
女王はそれを覗き込み、首を傾げる。
「どれどれ…………ふうむ……なんじゃ、これは? 文字か? それとも模様か?」
「それがわからないのです。こんなものは見たことがありませぬゆえ」
「ふむう…………そうだゴロー、これを見てくれぬか?」
「陛下?」
「よい。妾が許す。ゴロー、ちょっと来てくれぬか?」
女王陛下直々の許可が下り、ゴローもまたパネルを覗き込んだ。
「これは……?」
「どうじゃ、ゴロー?」
「……『注意事項。30分以上の稼働は操縦者の精神的負担が大きいので避けること』……」
「よ、読めるのかや!?」
「はい、なぜか」
なぜか、などと言ったが、それは『漢字』混じりの『日本語』。いや、ゴローには『日本語』『日本』とは認識されていないが。
「……ブルー工房の看板と同じです」
「おお、あれか!」
背後で聞いていたモーガンが声を上げた。
「どこか遠い異国の文字みたいです」
「ふむう、それをゴローは読めるのか……さすが『天啓持ち』じゃのう」
感心する女王。
が、研究所所長は大興奮。狐耳がピンと立ち、尻尾はわっさわっさと振られている。
「ゴ、ゴロー殿、こちらは? こちらにはなんと書かれているのですか!?」
「え、は、はい。……『ハッチを閉める時は必ず施錠し、安全ロックを確認すること』……」
「ではでは! こちらは?」
「……『シートベルトは必ず締めること』」
「これは?」
ゴローは逐一読み上げていった。
『謎知識』が教えてくれるそれは、ゴローの前世が、この『古代遺物』と思われるものの時代に生きた人間ではないかと思わせるに十分なものであった。
「……ふう……おかげをもちまして、研究が進みますなあ」
「ゴロー、助かる。お主の『天啓』は凄いのう」
「お役に立てましたようで。……でも、そうしますと、このゴーレムは古代遺物なんですか?」
操縦席と思われる部分から外したパネルに書かれた数々の注意書きは、全て古代語のようだったところからの推測だ。
「いや、そうではないな。というか、一部は『古代遺物』だが」
「一部?」
「そうだ。手足は後付けだそうじゃ。のう、所長?」
「はっ、陛下」
どうやら不完全な『古代遺物』に、後付けで適当な手足を付けただけだったようだ。
そのせいかハカセが作ったガーゴイルの足元にも及ばなかったな、と妙に納得したゴローであった。
〈……うーん……なあサナ、これってさ、搭乗者が操縦しているというよりも、搭乗者の魔力を吸い上げて動くと言ったほうが正しいんじゃないか?〉
〈……うん、そうかも。……この、手足の制御部分の設計はひどい〉
〈だよなあ〉
ハカセと一緒にゴーレムを作ったことのあるゴロー、長いこと助手をしていたサナ。
2人の目から見ても、このゴーレムに使われている技術はちぐはぐで、特に後付けの部分はお粗末であった。
「これって、教会関係者が後付けで手足を付けた、ってことですよね?」
「そうなりますね」
ゴローの質問に答えたのは所長のキールン。
「教会って、こういう『古代遺物』をたくさん持っているんですかね?」
「うむ、そうじゃな……その可能性は高いのう」
教会には信者が大勢おり、その中にはこうした『古代遺物』を寄付する者も多いという。
「『古代遺物』って、そんなにたくさんあるんですか?」
「いや、たくさんはないぞ。だが、個人で持っていても使えない物がほとんどなのじゃ。使い途がわからないものも多いしのう」
なのでそういう物は教会に寄付する、という者が多いのだという。
「ええと、こちらでは『古代遺物』って見つかるんですか?」
「いや、残念じゃが我が国ではまず見つからんのう。やはり見つかるのはヒューマン領やエルフ領が多いようじゃ」
「ドワーフ領ではどうなんです?」
ついでに色々聞いておこうと、ゴローは質問した。
「ドワーフ領でも少しは見つかるようじゃが、やはりヒューマン領とエルフ領じゃな」
「そうなんですか……」
「ちなみに、我が国には2つしかないぞ」
「そうなんですか?」
ここでサナから念話が入る。
〈……ゴロー、あの『転移の筺』が、そう〉
〈あ、そうか〉
「ええと、転移の筺でしたっけ? 輸送に使えるという」
「うむ、そうじゃ。それが2つ。で、1つはルーペス王国に貸し出しているからのう」
「そうでしたね、陛下。感謝しております」
「気になさるな、殿下。交易は相身互いじゃ」
感謝の意を述べるローザンヌ王女に対し、女王はお互いに利のあることだから、と言って笑ったのである。
* * *
お昼時になったので、研究所の応接室で昼食をごちそうになることになった。
「陛下や来賓の殿下方にお出しするのは恥ずかしいのですが……」
と所長は言っていたが、出てきたものは『丼もの』であった。
載っているのは牛肉っぽい肉をやや甘辛く煮付けたもの。つまりは『牛丼もどき』である。
「我々はどうも、食事もそこそこに研究に没頭する者が多くてですね、短時間で食べられるものということで、ご飯の上におかずを載っけてしまえ、となりまして……」
「いやいや、これはこれで美味いのう」
「本当に、美味しいですよ」
「うむ、美味い」
「これは食べたことのない食べ方だが、美味しいです」
女王ゾラ、クリフォード王子、リラータ姫、モーガンの感想だ。
ローザンヌ王女は黙々と食べているし、ゴローとサナも同様。
〈まさかここで牛丼を食べられるとは思わなかった〉
〈牛丼……ゴロー、作れる?〉
〈ああ、多分な〉
〈今度、作って〉
〈食材があればな〉
〈うん〉
……などという念話がなされていたので無言だったわけだ。
* * *
「それでは、何かご質問があればお答えいたしましょう」
昼食後、お茶を飲みながらの雑談、といった雰囲気で所長キールンが言った。
「それじゃあ、1ついいですか?」
クリフォード王子がまず口を開いた。
「はい殿下、なんでございましょう?」
「ええと、こちらの国にある『転移の筺』という『古代遺物』ですが」
「はい」
「それを発見した時の話を、よかったら聞かせてください」
それはゴローもちょっと興味があったので、聞き耳を立てたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は10月1日(木)14:00の予定です。
20200927 修正
(誤)感謝の意を述べるローザンヌ王女に対し、女王はお互いに理のあることだから、と言って笑ったのである。
(正)感謝の意を述べるローザンヌ王女に対し、女王はお互いに利のあることだから、と言って笑ったのである。