04-58 旅行16日目 その1 研究所
旅行を始めて16日目の朝が来た。
ゴローとサナは部屋に運ばれてきた朝食を食べ終えたところだ。
今朝の献立は朝粥、油揚げの味噌汁、川エビの佃煮、青菜のおひたし、甘い玉子焼、川魚の甘露煮であった。
味付けはサナの好みだったようで、終始ご機嫌であった。
「ティルダの弟子入りも今日いっぱいだな」
食後のお茶をすすりながら、ゴローが言った。サナもそれに答える。
「うん。そして明日はこの国を出ることになる」
「そうだっけ?」
「ゴロー、忘れてるの?」
「いや、聞いた覚えがない気もする……どうだったっけ? まあ、いいや。今聞いたから」
そんなやり取りをサナとした後、ゴローは、
「今日はゴーレムの見学だったよな」
とサナに確認した。
「うん。ローザンヌ殿下とクリフォード殿下も一緒」
「そうだったな」
そんな話をしていると、ドアがノックされ、ネアが現れた。
「おはようございます。お迎えに上がりました」
「おはよう。……ゴーレムの見学だよな?」
「はい、そうです」
「おお、楽しみだ」
「ふふ、ゴローさん、変わってますね」
なぜかネアに笑われてしまう。
「そうかな?」
「はい。普通の人はゴーレムにそこまで興味を持ちませんよ?」
「うーん……それって『獣人』限定じゃなくて?」
元々の身体能力が高い獣人はいざしらず、人族の男ならそうした魔法技術に憧れを持っているんじゃないか、とゴローは思ったのである。
「あ、それはあるかも知れませんね」
そして、ネアも同じように思ったようであった。
* * *
ゴーレムの解析を行っているのは『王立研究所』ということで、馬車に乗っての移動となる。
メンバーはゴロー、サナ、ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガン。そして世話役のネアである。
リラータ姫は現地で合流するとのことだった。
「楽しみですね」
「そうですね、殿下」
「早く見てみたいなあ」
クリフォード王子は馬車の中でもそわそわと落ち着きがない。
ゴローが思ったとおり、人族の男の子はゴーレムのような魔法技術に憧れるようだ。
「これクリフ、もう少し落ち着かんか」
「済みません、姉上。でも楽しみで……」
そして同じ人族でも、王女殿下はそこまで興味はないようだった。
とはいえ、教会の暗躍に関して重要な証拠物件であるから、自分の目で確かめたいようだ。
「もう少しで着きますよ、殿下」
案内人であるネアがそう言ってクリフォード王子を宥めた。
窓からは、石造りの巨大な建物が見えてきていた。
「あそこが王立研究所です」
馬車が止まり、ゴローたちは研究所の前に立ち、建物を見上げてみる。
「大きいな……」
だいたい、学校にある体育館くらいの大きさだった。
また、ここジャンガル王国にある建物は9割以上が木造建築なのだが、この研究所は石造り。頑丈そうである。
「ようこそ、皆様。所長の『キールン』と申します」
男性の狐獣人が一行を出迎えた。
壮年の、どうやら黒狐の獣人らしい人物である。
「おお、王女殿下、王子殿下、ゴロー、サナ、モーガン殿、ようこそなのじゃ」
そしてその隣には、先に来ていたリラータ姫が。
「今日は、よろしくおねがいしますぞ」
一行を代表して挨拶したのは年長者であるモーガンだった。
「それではとにかく中へどうぞ」
所長キールンが一行を研究所内へと招き入れた。
「おお」
外から見て体育館のようだ、と感じていたゴローだったが、中に入ると工場のようだ、と思った。
それは、用途のわからない魔法機械類が所狭しと並んでいたからである。
そしてその奥に、訪問目的であるゴーレムの残骸が転がって……もとい、固定されていた。
その周りには研究所員なのであろう、数名の獣人がまとわりついていた。
いや、まとわりついているのではなく、調査・解析を行っているのだ。
「諸君、ルーペス王国の方々が見学にいらっしゃった。ちょっと手を止めてくれたまえ。……どうぞ、ごらんください」
所長は、作業の手を一旦止めさせ、ゴローたちをゴーレムのそばへと案内していった。
「外装は鋼鉄のようですな。魔力強化されておりますので薄く、軽くできております」
「重ければ、それだけ動作が鈍くなりますし、機関の出力もより必要になりますからね」
ゴローたちが覗き込むと、解析をしていた技術者たちが解説してくれる。
「外骨格と内骨格の合せ技みたいな構造をしております。背骨はなく、フレームになっておりますので、胴体の動きの自由度は低いですね」
「それは取りも直さず、中に入って操縦するためですよ。ゆえに3メルも身長があるにも拘わらず、脚は短めになっております」
人が中に入れるように胴体は樽のように太めで、そこから短い脚が生えている。脚に比べ、腕はそれなりに長い。なので全体的に不格好である。
襲われた時は暗かったのでよく見えなかったが、明るい場所で見てみると、非常に不格好である。
(……ハカセの足元にも及ばないな)
博士が作ったガーゴイルと戦い、また、ハカセの世話をするゴーレム作りを手伝ったこともあるゴローの目には、子供のおもちゃ程度にしか見えなかった。
「動力源は何なのですか?」
まさか『哲学者の石』が搭載されているはずはないだろう……と思ってゴローが尋ねると、
「『蓄魔石』ですね。『マナ』を蓄えておける人造石です」
という説明が返ってきた。
蓄電池のようなものだろうか、とゴローは想像してみた。そしてそれはほぼ正しいようだ。
「これだけの大きさのゴーレムを動かすため、こんな大きな『蓄魔石』が入っておりましたよ」
搭載したままだとゴーレムが暴走する可能性もゼロではないので、最初に取り外したというそれは、人間の頭ほどもあった。あるいはサッカーボールか。
それを見たゴローは、博士が作った『哲学者の石』は、赤ん坊の握り拳くらいだったな、と、改めてハカセの技術力に感嘆したのであった。
「手足の関節は華奢ですな。動きを軽くするためか、あるいは胴体の自由度が低いのを補うためか」
可動範囲を広く取るため、強度が低めになっていると説明された。
ゴローは、それだけじゃなさそうだと感じたが、黙っていることにした。
代わりに念話でサナに話しかける。
〈なあサナ、これって、ハカセのものに比べて構造が変だよな?〉
〈うん。無理に人間ぽくしている感じ。だから強度も出ないし、かえって動きも悪くなる〉
〈だよなあ〉
やはりハカセは偉大だなあ、とまたまた感心するゴロー。
〈でも、それは言わないほうがいい〉
〈うん、わかってるよ〉
そんな念話がなされているとはつゆ知らず、技術者たちはいろいろと解説してくれる。
「……人間の関節に近い構造にすることで、可動域を広くとっているのでしょうな」
「この構造に加工できるだけでも技術力の高さがわかります」
そしてクリフォード王子は熱心に聞き入っている。
「ふうん、そうなんですね。ためになるなあ」
「私はこういうものはよくわからぬが、数を揃えられたら危険だということは想像できる」
ローザンヌ王女はゴーレムそのものよりも、ゴーレムを使った戦術・戦略に思いを馳せているようだった。
「しかし、よくもまあ、ゴローはこいつを破壊できたな」
モーガンが呆れたように言った。
「あの時は夢中でしたしね。おかげで寝込む羽目になりましたよ」
「今はもういいのか?」
「……まだ本調子じゃありませんが、日常生活なら問題なくできます」
「そうか、無理はするなよ」
「はい」
そんな会話をしていると、外が騒がしくなった。
なんだろうと思っていると……。
「女王陛下がお見えです!」
と、研究所の事務員が駆け込んできたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月27日(日)14:00の予定です。
20200924 修正
(誤)旅行を初めて16日目の朝が来た。
(正)旅行を始めて16日目の朝が来た。
20201117 修正
(誤)元々の身体能力高い獣人はいざしらず
(正)元々の身体能力が高い獣人はいざしらず
20230905 修正
(誤)ゆえに3メルも身長があるにも関わらず、脚は短めになっております」
(正)ゆえに3メルも身長があるにも拘わらず、脚は短めになっております」