04-57 旅行15日目 その3 郷愁
迎賓館庭園でのお茶会はまだ続いている。
「そういえば、例の刺客とかゴーレムとか、その後どうなりました?」
ちょっと気になっていたのでゴローが尋ねた。聞いた相手はリラータ姫である。
「そうじゃな……。ほとんど進んでおらんというのが現実じゃ」
「そうなんですか?」
「うむ。捕らえた刺客どもは、何らかの魔法処置をされていたのか、今は痴呆のようになってしまい、話すらできない状態じゃ」
「ええ……?」
それは非人道的過ぎる、とゴローはそんな処置をした相手に対し、憤りを覚えた。
「教会関係者は皆そうじゃと、母上が言っておったな」
「え?」
「特に『狂信者』という連中は、聖戦だなんだと唱えながら命を粗末にしおる、とな」
「うむ、なんとなくわかりますな」
リラータ姫の言葉に、モーガンが答えた。
彼もまた、狂信者を相手にしたことがあったという。
「狂信者は厄介ですな。言葉は通じるのに話が通じない、というのでしょうか、とにかく話し合いにすらならないのですよ」
「わかる気が、します」
サナもまた、モーガンに同意した。
「人は弱いもの。より強い存在に支配されることを是とする人も一定数いるのです」
「お、サナちゃん、哲学的だな」
「はい」
「……だけどそのとおりだな。自ら考えることを放棄して、ただ言われるままに動けばいい、というのはある意味楽だからな」
「……楽?」
ゴローは、モーガンの言葉の真意を測りかね、聞き返してしまった。
「そうだ。自由は義務と表裏一体。自由に生きるということは無数の選択をしながら生きるということだ。選択には責任が付きまとうからな」
「ああ、だから、言われるままに生きていれば、責任を問われることもないと……」
「そうだ」
だがゴローには、そういう思想が理解できなかった。
「……わかりません。自由を放棄した人生に意味があるのか。自由な意思を持たずして何が喜びか」
ゴローの言葉にモーガンはふ、と笑ってゴローを諭すように告げる。
「ゴロー、君はまだ若い。人生に疲れた者の気持ちは、まだわからんだろう」
「……どうですかね」
実のところ、ゴローの『謎知識』は、なんとなくそういう人生も一つの選択肢だ、と囁いてはいた。
だがゴロー自身の意思は、それを認められず……いや、認めたくないのである。
「まあ、哲学的な話はきりがないし、結論も出せないから適当に切り上げよう」
モーガンは年長者らしいまとめ方をした。
ゴローもそれには同感だが、あと一つ、確認しておきたいことがあった。
「……話を戻しますけど、 ゴーレムの解析もできないんですか?」
「……うむ」
残念そうに、リラータ姫は俯いた。
「我が国は、魔法技術には詳しくないのじゃ」
魔法道具類は輸入に頼っているのでのう、と少し小さな声で続けるリラータ姫。
「……見せてもらうことはできますか?」
「ゴローが、か?」
「はい」
「それは妾から頼めば、大丈夫と思うが」
「是非お願いします」
「うむ、わかった」
「あ、それでしたら……」
とそこに、クリフォード王子も見学したい、と言うではないか。
それもまた聞いてみる、とリラータ姫。
「いずれにせよ、見学は明日じゃな」
今日はもう午後4時近く、これから研究者の所へ行くには時間がないということだった。
「では明日、よろしくお願いいたします」
「うむ、任せておけ」
その日はそれでお茶会もお開きとなったのである。
* * *
「ああ、いい湯だ」
夕食前、ゴローは風呂で寛いでいた。と、そこにやって来た者がいる。
「お邪魔しますよ」
「あ、殿下」
クリフォード王子である。
王子は掛け湯をして体をさっと洗った後、湯船に身体を沈めた。
「ああ、伸び伸びします」
「そうですね」
どう応対していいかわからず、言葉少なに応じるゴロー。
いくら裸のつきあい、と言っても王族とはなあ……とゴローは感じている。
「そうだ、ゴローさんに聞きたいことがあったんですよ」
「え……なんでしょう」
「北の国のことです」
「はあ」
どうやらクリフォード王子は少年らしく冒険に憧れているようで、北の地の暮らしとか、魔獣への対処とか、『探索者』などについての詳しい話を聞きたいようだった。
「『探索者』でしたら一度出会ったことがありますね」
「話してくれませんか?」
「いいですよ。あれは、カーン村を出てすぐの頃……」
『シェルター』と呼ばれる施設で出会った3人パーティーについて話すゴロー。
「へえ……じゃあ、その人たちはトロナ鉱床を探していたんですか」
「そういうことになります」
「うーん、いろいろな人たちがいるんですねえ……」
ふとゴローが気が付くと、クリフォード王子の顔が赤い。
「殿下、そろそろ上がりませんか?」
「ああ、そうしましょう。少しのぼせてきました」
やや温めの湯船とはいえ、長湯すればのぼせそうにもなる。
人造生命であるゴローは平気だが、クリフォード王子はそうもいかない。
2人は湯から上がり、温めの上がり湯を浴びて温泉を後にしたのであった。
* * *
夕食は和食風に、ご飯、味噌汁、焼き魚などが並んだのでゴローは美味しくいただいた。
ちなみに各部屋へ配膳されたので、サナと2人での食事である。
「ゴロー、この旅も、長くなった」
「そうだなあ」
もう15日目の夜である。
「いろいろなことがあったな」
「うん」
「ハカセに話してあげたいなあ」
「同感」
「だけどおいそれと北の地には行けないしな」
「確かにそう。移動がもっと速く、楽だったらいいのに」
「だなあ。……『足漕ぎ自動車』じゃとても無理だし。……あ、そうだ」
ふと思いついたことを、ゴローは口にする。
「ゴーレムとかガーゴイル? とかを使っての移動ってできないのか?」
「つまり運んでもらう、あるいは馬車を引かせる、ってこと?」
「そうそう」
ゴローの質問に、サナは少し考えてから答える。
「多分、無理。というのも、魔力がもたない」
「もたない?」
「うん。つまり、高出力のゴーレムやガーゴイルは、それだけ魔力消費が大きい。ということは、稼働時間が短い」
ゴローやサナのように『哲学者の石』を持たないため、オドを蓄えるタンクを使うのだが、容量は大きくないというのだ。
電気自動車のバッテリーのようなものかな、とゴローは『謎知識』に照らし合わせて想像してみた。
「じゃあハカセに相談してみればいいんじゃなかな?」
「確かに。ハカセの所へ行く時は時間が掛かるけど、帰る時は速い……かも」
「空でも飛べたら速いんだろうけどな」
「うん。でもそれは、夢」
「夢……か……」
ゴローの『謎知識』は、『空を飛ぶ乗り物』は決して夢ではないと言っているのだが、同時にそれはこの世界では実現不可能に近いほど困難なことであることもわかってしまうのだった。
それでも、ハカセならなんとかしてしまいそうな気もするのだ。
「いつかハカセに会うことがあったら相談してみよう」
「うん、それは賛成」
サナも頷いたのである。
「あとさ、なんて言ったっけ……転移……箱?」
「転移の筺のこと?」
「そう、それ。それで人間を運べるようになると便利だと思うんだ」
「わかる。でも、今は不可能、って言われてる」
「でもなあ……最初から駄目だと決めてかかっていたら何もできないと思うんだ」
ゴローがそう言うと、サナはクスっと笑った。
「ゴローのそういうとこ、ハカセにちょっと、似てる」
「そうか?」
「うん。ハカセも、『できないと思ったら何も作れないよ』って、言ってた」
「そっか」
それを聞いて、なんだか無性にハカセに会いたくなってきたゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月24日(木)14:00の予定です。
20211220 修正
(誤)電気自動車のバッテリーのようなものかな、とゴローは『謎知識』に照らし合わせてか想像してみた。
(正)電気自動車のバッテリーのようなものかな、とゴローは『謎知識』に照らし合わせて想像してみた。