04-54 旅行14日目 その3 過去の事件
女王ゾラによる、ジャンガル王国の宗教観についての話はまだ続いている。
貴重な機会なので、ローザンヌ王女やクリフォード王子は真剣そのものだ。もちろんモーガンも聞き耳を立てている。
「さて、妾は今年で220歳になるのじゃが」
「え……」
「見えませんね……」
「……」
ゴローたちは知っていたが、ローザンヌ王女たちは初耳なので驚いたようであった。
「……リラータが生まれる前……妾が今のリラータくらいの齢の頃じゃった」
つまり200年以上前ってことか……と、ゴローは想像してみた。
「妾もまだ尻尾は2本しかない駆け出し妖狐じゃった」
当時は女王ゾラの母親が女王の座にあったという。
「その頃……プルス教の中の『過激派』が、国内の精霊様や大精霊様を滅ぼしてしまったのじゃ」
「なんだって!?」
「なんですって!?」
「なんだと!?」
ルーペス王国の面々は一様に驚いていた。
それもそのはず、『プルス教』はルーペス王国の国教なのだから。
「そんな、まさか……教会が……」
信じられないといった顔のローザンヌ王女。
だがそんな王女を、女王ゾラは咎めるでもなく、優しく説明を続けた。
「じゃが、真実じゃ。……もっとも、先も言ったように『過激派』の仕業じゃったがの」
「過激派……ですか?」
「うむ」
元々『プルス教』は唯一神『アグノス』を頂く教義である。
唯神教、一神教は排他的なことが多いが、『プルス教』もまたその例に漏れなかった。
その中の『過激派』は『人族至上主義』に凝り固まっており、獣人、ドワーフ、エルフ、ダークエルフらを見下していた。
そしてそれぞれの種族に対し、さまざまな嫌がらせを仕掛けたのである。
「いや、嫌がらせなどという生やさしいものではないな」
女王ゾラによれば、『プルス教』の『過激派』たちはジャンガル王国の宗教観が気に入らないと、精霊に対する一大テロを行ったという。
「詳しい方法はわからぬが、国内各地に設置された魔法陣が同時に起動し、精霊様を消滅させたのじゃ」
「消滅……ですか」
「そうじゃ。そして精霊様がいなくなったのに呼応して、大精霊様も姿を見せなくなってしもうた」
「そんなことが……」
「あったのじゃ、ルーペス王国の王子殿下、王女殿下よ」
ローザンヌ王女とクリフォード王子は過去を知って悲痛な顔をした。
「その様子じゃと、全く知らなかったようじゃな」
「……はい……」
「知りませんでした……」
「さもあらん。自分たちの汚点を吹聴するような真似をするはずはないからのう」
教会関係者が必死に隠蔽工作をしたのじゃろうと女王ゾラは言った。
それを聞いてますますがっかりするローザンヌ王女とクリフォード王子。
そんな2人を、モーガンが元気づけるように言った。
「殿下、全ては過去のことです。反省するのはいいですが、ご自分を責めませぬように」
「……うむ」
「……うん」
「今の陛下は獣人を差別なさってはおられないではありませんか。そして両殿下は二国の友好のためにこの国へ来たのではなかったのですか」
「……そうだったな」
「……そうでしたね」
「ならば胸を張って、これからの両国のために何ができるか、お考えください」
「わかった、モーガン」
「わかりました」
モーガンの諭しに、ローザンヌ王女とクリフォード王子は元気を取り戻したようだ。
そんな3人を、女王ゾラは微笑ましそうに見つめていた。彼女としても、過去のことで2人を責めるつもりは毛頭ないのだから。
「……と、まあ、そんなわけでこの国から精霊様がいなくなってしまったわけじゃが……」
その後のことを語りだす女王ゾラ。
「それからしばらくの間、我が国では凶作や自然災害が続いたのじゃが、古文書から先の『祭礼』の次第や『祝詞』がわかってのう。執り行うようにしたところ、少しずつ精霊様が戻ってきてくれたのじゃよ」
あの祭礼にはそういう意味があったのか、とゴローたちは納得がいったのであった。
「……そして『過激派』じゃが、ドワーフやエルフ、ダークエルフの国にも喧嘩を売ったため、……なんといったか……そうじゃ、エリーセンとかゴブロスとかいう人物に反撃を受け、弱体化したらしい。そこを教会の『穏健派』により粛清され、騒動は終わりを告げたわけじゃ」
「……」
簡単にではあるが、過去のできごとを知ることができ、ローザンヌ王女やクリフォード王子は感無量であった。
そしてゴローとサナも、
〈……エリーセン。ゴブロス。きっと、『ハカセ』だと思う〉
〈ああ、同感だ〉
〈……何をしたのか、今度あったら聞きたいことがまたできた〉
〈だな〉
200年前というと、『ハカセ』が『人造生命』の研究を始める50年くらい前である。
〈もしかすると、その騒動も研究を始めたことと関係があるのかも〉
〈だなあ〉
『ハカセ』が『人造生命』の研究を始めたきっかけが、そんなところにある可能性も否めない、とゴローとサナは念話で頷きあったのである。
* * *
女王ゾラにより語られた昔の話。
これにより、どうしてジャンガル王国に大精霊が少ないのかがわかった。
「それで『フロロ』……今は『ヴィリデ』を歓迎したんですね」
「うむ、そうじゃ」
お茶を飲みながら、女王ゾラはゴローの問いに答えた。
「精霊様は戻ってきてくれたようじゃが、大精霊様はまだまだ少なくてのう。ゴローとサナには大感謝じゃ」
半ば偶然とはいえ、大精霊を連れてきたゴローとサナには国を挙げて礼をしたい、と女王は言った。
「いえ、何もいりませんよ」
「うん、いらない」
「そうはいかぬ」
遠慮するゴローとサナに、女王ゾラは詰め寄った。
「それでは国の品格に関わる。……王女殿下、なにかいい案はないかのう?」
そこで女王ゾラはローザンヌ王女に質問を向けたのである。
「そうですね……ゴローもサナも、本当に珍しいくらい無欲な者たちなので、物品よりも名誉を与えることで国の感謝を伝えるのがよいと存じます」
「おお、なるほど、名誉のう……うむ」
ローザンヌ王女からの助言を受けた女王ゾラは、
「それではゴローに名誉男爵、サナには名誉女男爵を授けようではないか」
「え……そ、それは……」
「……お受け、します」
「サナ!?」
〈ゴロー、これは受けたほうが、いい〉
〈なんで!?〉
〈『名誉』と付くからには、有名無実……というと言い過ぎだけれど、要は名前だけの貴族〉
〈名前だけ?〉
〈そう。そこが女王様が苦心したところ〉
サナはゴローよりも貴族社会のしきたりについて詳しいので理解も早かったのである。
〈なるほど、物だと俺たちが断ると思って、か〉
〈そう。それにジャンガル王国でだけの位だから〉
〈この国以外では今までどおりってわけか。それならいい……のかな?〉
〈このへんで妥協しておかないと、さすがに、失礼〉
女王陛下の話からすると、ゴローとサナのやったことは国の根底に係るようなことだったのだから、それを軽く扱うことはこの国に対して失礼になる、とサナは念話で説明した。
〈わかったよ〉
〈そう、なら、受けると言って〉
「……ありがたく、お受けします」
念話に要した時間は2秒弱。いきなりの話に驚いて返事が遅れた、くらいのタイミングである。
「おお、そうか。……仰々しいことが嫌いなのは知っておるから、明日の朝、宮殿で……親しい者たちだけの出席で叙爵式を行うとしようぞ」
結局それは避けられないか、とゴローはちょっとだけがっかりしたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月13日(日)14:00の予定です。
20200910 修正
(誤)そして両殿下は二国の有効のためにこの国へ来たのではなかったのですか」
(正)そして両殿下は二国の友好のためにこの国へ来たのではなかったのですか」
(誤)ゴローとサナのやったことは国の根底に係るようなことだたっのだから
(正)ゴローとサナのやったことは国の根底に係るようなことだったのだから
20210203 修正
(旧)〈ああ、賛成だ〉
(新)〈ああ、同感だ〉