04-53 旅行14日目 その2 成長
植え付けられ、水をたっぷりもらったフロロの分体は、ほっとした顔になった。
「サナちん、ゴロちん、私はこれからここで生きていくから、本体によろしくね」
「うん……それはいいんだけど、意識は繋がっているんじゃないのか?」
ゴローがそう尋ねると、フロロは真面目な顔をして答えた。
「……さっきまでは、そうだったわ。……でも、ここに移植されたので、私は私になったのよ」
つまり、植え付けられた瞬間に独立した、ということらしい。
「私の本体には、こちらはこちらで生きていくから、と伝えてちょうだいな」
「……わかった」
「それから、サナちん」
「……なに?」
「私はもう、フロロから独立したの。だから、私にも名前がほしいな」
「え? ……そう」
フロロの分体から頼まれたサナはしばし考えを巡らせ、やがて口を開いた。
「ヴィリデ、というのは?」
古代語の1つで、『緑』を表すと説明した。
「ヴィリデ……いい名前ね。ありがとう。今から私は『ヴィリデ』です」
「ヴィリデ、ジャンガル王国をよろしくね」
「はい」
「…………」
「…………」
そんな、サナと木の精であるヴィリデとのやり取りを、女王ゾラとリラータ姫、ネア、ラナ、そしてミユウらはあんぐりと口を開けて眺めていた。
「だ、大精霊様に名前を付けた……じゃと!?」
「だ、大精霊様があんなに気安く……」
「……」
「…………」
「何が何やら……」
そんな彼女らの様子を見て、ゴローが質問した。
「あの……陛下、つかぬことをお尋ねしますが」
「う、うむ、なんじゃ?」
「このジャンガル王国って、大精霊……と呼ばれる存在はあまりいないのでしょうか?」
「おらぬ」
「ええと、なぜ、と聞いてもよろしいでしょうか?」
「別に隠すようなことでもないしのう。……じゃが、この場はそれにはふさわしくないと思うので、後にしてもらえるか?」
「あ、はい」
そして、驚きを隠せないジャンガル王国の面々とは違い、ルーペス王国の面々は、
「ほほう、さすがサナじゃな」
「羨ましいです」
「規格外だなあ」
と、さほど驚いた風でもなかったのである。
それを見てゴローは、2つの王国間には何か大きな違いがあるんだろうなあと感じ取ったのであった。
* * *
と、そこに。
「先生、できましたので見てほしいのです」
と言いながら、ティルダが工房から姿を現した。
「あ、ゴローさん、それにサナさんも……あ、あれ? へ、陛下……? 姫さま? み、皆さん、なんで、どうしたのです?」
そして事情がわからないので、両国の王族がやって来ているのを見て大慌て。わたわたし始めた。
「ええとな……」
ゴローはティルダに、簡単に事情を説明してやった。
「そ、そうなのです? ……あ、この方がヴィリデさん?」
「そうですよ? あなたは?」
「あ、わ、私はティルダというのです。ゴローさんとサナさんの知り合いで、ミユウさんの弟子なのです」
「へえ? 私はヴィリデです、よろしくね?」
「は、はいなのです!」
どうやらティルダもヴィリデと顔合わせが済んだようだ。
そしてさらにヴィリデは、
「そっちにいる人族は、名前を教えてくれないのかしら?」
と言い出した。
そう言われては黙っているわけにはいかない。ローザンヌ王女が進み出て、自己紹介を行おうとし……。
「木の精殿、私は……」
「あ、ごめんなさい、今思い出したわ。私の親木が会ったことあったわね。……ローザンヌ王女にクリフォード王子、それにモーガンさんよね?」
フロロ由来の知識で言い当てるヴィリデであった。
* * *
場が一段落したと感じた女王ゾラは、ヴィリデに提案を行った。
「大精霊様、こちらの環境は、このままの方がよろしいのでしょうか?」
「うーん、そうですね……少しだけ、風通しをよくしてもらえたら言うことないわ」
「風通しですか……」
女王ゾラは周囲を見回し、家主であるミユウに尋ねた。
「ミユウ、ここの塀を取り壊して、少し広げてもよいか?」
女王が指差したのは西側にあった、朽ちかけた土塀。その向こうは空き地である。
「空き地を買収して、そなたのものとしよう。大精霊様をお預けする報酬と思ってほしい」
「あ、は、はい、ありがとうございます」
ミユウの工房の敷地は、ちょうどその部分が凹むような形になっていたので、これで綺麗な長方形になった。
「話は決まったようですね。それじゃあ私は、しばらくの間はここに根付くことを優先しますから、毎日さっきくらいのお水をください。肥料はいりません」
「わかりました、ヴィリデ様」
こうしてフロロの分体であるヴィリデはジャンガル王国に根付くことになったのであった。
* * *
ヴィリデの居場所も決まり、一行は迎賓館に戻ることにした。
「えと、ゴローさん、サナさん、私はもう少しこちらでお世話になりますのです」
「ああ、そういう約束だもんな。いいさ。頑張れよ」
「うん、ティルダさんはなかなか筋がいいよ。この分なら、基本的な技法はひととおり覚えてくれそうだ」
ミユウもティルダを褒めている。
そういうわけで、ティルダはまだ修行の途中なので残り、他のメンバーは迎賓館へと戻る。
時間的に正午を少し過ぎていたので、そこの大広間で昼食となった。
「焼きおにぎりか」
「作り置きできますからね」
「うむ、香ばしくて美味いのう」
評判は非常にいい。
締めにお茶を飲むと、女王ゾラはゴローに話し掛けた。
「ゴロー、先程約束した話をしよう」
「ええと、ここで、いいんですか?」
ルーペス王国の王族も聞いている場所なので、念の為確認しておくゴロー。
「構わぬよ。……それに、ルーペス王国の方々にも聞いてほしいと思っておるし」
「ええ、お聞かせください」
「うむ」
ローザンヌ王女とクリフォード王子も聞きたいと言ったので、女王ゾラは1つ頷くと、ゆっくりと語りだした。
「まずは、我々の宗教観を簡単に説明しよう。……ご存知と思うが、我らは『多神教』というべき文化を持っておる」
唯一の絶対神を信じる宗教が『一神教』。地球ではイスラム教、キリスト教、ユダヤ教がそれにあたる。
対して、多くの神々を信じる宗教が『多神教』。八百万の神がいる日本の神道や、古代ローマ帝国もそうである。
「そして同時に『自然崇拝』もしておる」
これにより、森羅万象に神あるいは霊的存在が宿る、とされており、目に見えず顕現もされない神よりも、ごくまれに姿を現し、ご利益を与えてくれる大精霊を崇拝する、ということだ。
ちなみに、『祝詞』により活性化し、集まってきた『精霊』は意志も意識もない、いわば天然自然の『魔力』。
そしてフロロやヴィリデのように顕現する精霊を『大』精霊と呼ぶ。
蛇足ながら、『妖精』はまた『精霊』とは異なる存在とされている。
「なるほど、いるのかいないのかわからない超越的存在ではなく、現世利益のある大精霊を崇拝するということなんですね」
それはそれで納得がいくゴローであった。
「他国の宗教観を伺うのは興味深いですね」
クリフォード王子もまた感心している。
そして、
「うむうむ、よくわかる」
ローザンヌ王女は感心を通り越して共感しているようであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は9月10日(木)14:00の予定です。
20200906 修正
(旧)「なるほど、いるのかいないのかわからない偶像ではなく、現世利益のある大精霊を崇拝するということなんですね」
(新)「なるほど、いるのかいないのかわからない超越的存在ではなく、現世利益のある大精霊を崇拝するということなんですね」