04-50 旅行13日目 その3
サナの指導により、全員が『浄化』を使えるようになった。
それでそのまま、各自『浄化』の練習である。
ちなみに、『空打ち』と呼ばれる練習方法である。
『空打ち』とは、詠唱から魔力トリガーまでを行うもので、実際に魔法を行使はしない。
『浄化』でいえば、対象物を設定せずに行えば『空打ち』となる。
このやり方だと魔力をほとんど消費しないので、練習にはもってこいなのだ。(わかりやすい例えをすれば、MPの消費が、実際の魔法なら50消費するところを1で済ませられるのである)
ちょうど正午となるまで、各自に『浄化』の練習をさせていたサナは、
「お昼休みにする。1時間休憩」
と宣言した。
皆、かなり疲れてきていたのでほっとしたようだった。
* * *
お昼はちらし寿司であった。
ラナはじめ、魔法適性のなかったメンバーが運んできてくれる。
「うん、うまくできているな」
「ゴロー様にそう仰っていただければ、料理人も喜びます」
ゴローが褒めると、ラナが嬉しそうに言った。
「レンコンはどうしたんだ?」
「はい、ちゃんと買い付けに行きましたよ。ゆくゆくはこちらでも栽培するそうです」
「それはよかった」
ゴローは、確かにここでも栽培できるだろうな、と思いながら、お茶を一口。
一緒に出されたお茶もなかなか風味があって美味しい。
「美味いな」
「いい香り」
サナもお茶を気に入ったようだ。甘くないのに気に入ったということは、かなり美味しい茶葉であるといえよう。
* * *
1時間ほど休憩した後、サナが再開宣言をする。
「午後はいよいよ本番。ラナさんたちはどうする?」
「ええと、見学させていただきます」
「うん、わかった」
そしてサナは、いよいよ本番である治癒魔法、『癒やし』の練習に取り掛かることにした。
「では、また車座になって。ゴロー、あなたも」
「はいよ」
〈ゴロー、みんな魔力をかなり使ってしまってる。あなたの魔力を少し分け与えてあげて〉
〈……そんなこと、できるのか?〉
〈できる。『哲学者の石』が作り出すオドは、誰にでも適合するから〉
〈え、そうなのか〉
〈もちろん、ゴローが意識しないと駄目〉
〈まあ、そうだろうな。やってみるよ〉
そんな念話をかわしながら、車座になって全員が手を繋いだ。
「それじゃあ、まず魔力循環から始める」
ゴローの肩に手を置いたサナは、徐に魔力を流し込んだ。
〈ゴローも手伝って〉
〈わかった〉
「……今、魔力を循環させている。感じられない人は尻尾を上げて」
誰も尻尾を上げない。つまり、全員が魔力の動きを感じ取っているということだ。
「今、『癒やし』の魔法を使ってみせる。まずはどう違うか、感じ取って。……『癒やし』」
「あ……」
「これが……」
あちらこちらで小さな声が上がる。
「感じた? 駄目な人は尻尾を……」
そして今度も尻尾は上がらなかった。
「よろしい。では、もう一度。……『癒やし』……どう?」
「なんとなく……」
「違いがわかります……」
魔力回路を繋いだ状態で2度、魔法を使ったので、適性のある者たちはなんとなくではあるが感触を掴んだようだ。
「では、もう1回。……『癒やし』」
「あ、ここが、こう……」
「ここが違う……そして……」
全員、何らかの理解を得たようなので、サナはこの状態で一人一人に『癒やし』を使ってもらう。
「この状態で『癒やし』の練習をする。まずはゴローの右にいる人から」
「は、はい」
「緊張しなくていい。私もここでフォローする」
「わかり、ました。……『癒やし』……」
「そう。いい線だった」
だが、発動の2歩手前で魔力が崩れてしまっていた。
「イメージが足りない。……そう、傷が治る様子をイメージして、もう一度やってみて」
「は、はい。………………『癒やし』」
今度は確かに『癒やし』が発動した。
ただし、これも対象がいないので魔力消費は最小に抑えられている。
「では、その右の人」
「は、はい!」
このようにして、サナは次々に『癒やし』を伝授していった。
大抵の者は2度か3度で使えるようになっている。
そんな様子を見て、ゴローは感心していた。
〈……だけど……〉
〈なに?〉
〈ネアに教えたときと随分違うな〉
〈それはそう、かも。あれを踏まえて、私なりに研究してみたから〉
サナもまた、教えながら工夫をしているということだ。
〈へえ……そうなのか〉
〈うん。それに、大勢いると、こうやって他の人の魔法発動も感じ取れるから、一石二鳥〉
〈ああ、そういう面もあるんだ〉
ネアのときは1人だけだったので、この方法は使えなかったのである。
そして1周して戻ってくる。
「ゴロー、あなたもやってみて。これだけ周りの人が使っているんだから、体感は十分のはず」
〈ゴローも、もう『癒やし』は使えるはず〉
「わかった。……『癒やし』」
〈わかった〉
「あ……ぅ」
「ん……っ」
ゴローが『癒やし』を試してみると、小さな呻きが上がった。
ゴローの左右にいる獣人からだ。
〈ゴロー、使う魔力……オドが多すぎ〉
〈え、そうなのか?〉
多すぎたので、直接手を繋いでいた左右の獣人娘に、静電気で痺れたような感覚があったようだ。
〈……その10分の1でいい〉
〈わかった〉
「ゴロー、もう一度」
「はい。……『癒やし』」
今度はうまく行ったようだった。
「うん、上出来。……では手を放して、各自で練習して、みて」
『浄化』のときと同じように、各人での練習をさせるサナ。
手を繋いでいた際にゴローからオドを供給されているので、皆、練習に使うだけの魔力は回復していた。
サナは全員を順に回って、個別に細かい指導をしていく。
そのおかげで、3時休みまでに、全員が『癒やし』をマスターしたのであった。もちろん、ゴローも。
* * *
3時のお茶を飲みながら、サナは全員に向かって言った。
「これで指導は、終わり。各人、練習に励んでください」
「ありがとうございました、サナ様!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございます!!」
皆、サナに向かって正座し、両手をついて深々と頭を下げた。
「このご恩は一生忘れません!」
「……どういたしまして。……どうか人々のために、役立てて、ください」
「はいっ!」
こうして、サナの『癒やし』指導は終わったのである。
* * *
「……なんとなく、疲れた」
「お疲れさん、サナ」
「……お風呂、入りたい」
「ああ、いいな。行こう」
さすがのサナも精神的に疲れたと見え、温泉で寛ぎたがったのである。
それでまずは部屋に戻り、着替えや手拭いを用意する。
その時。
「あ……」
ゴローが声を上げた。
「どうしたの?」
「あれを見てくれよ」
「あ……」
ゴローが指差したのは部屋の窓。
そこには『木の精』であるフロロの『分体』である苗が植わった鉢がある……のだが。
「……育ってるな」
持ってきた時は20セルくらいだった苗が、今や1メルほどにも成長していたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月30日(日)14:00の予定です。
20200906 修正
(誤)サナもまた、教えながら工夫をしているとうことだ。
(正)サナもまた、教えながら工夫をしているということだ。