01-03 情報の欠片
翌朝。
これ以上3人組と関わらないよう、夜が明けきらないうちに出発してしまおうとゴローは思っていたのだが。
「……おはようございます。早いですね」
「うむ、早発ち早着きは行動の基本だからな」
3人組は夜明け前に起きてしまっていた。
「昨日の雨で、水瓶には水が一杯溜まっておったぞ」
老人改めアルトールはそう言いながら、竈で何か煮込んでいた。
〈……俺たちも何か作ろうか〉
ゴローは念話でサナに話し掛ける。
〈うん。だったら、美味しいのがいい〉
〈……わかったよ〉
毛布を畳んで片付け、荷物の中から簡易コンロを取り出し、鍋を載せると、アルトールの目が丸くなった。
「そ、その魔導具はいったい何!?」
そして、大声を出したのはエルフ少女。
「え? 旅行用の魔導コンロだけど……」
「そんな……。こんな小型のコンロを作れるのは伝説のエリーセン様くらいで……」
エリーセン、という名前を耳にしたゴローは、
(それってハカセのエルフとしての家名だったっけ……)
と考えていた。
「エリーセン? それって、あの高名な技術者か?」
ダークエルフ美女も知っているようだ。
(ハカセって有名人だったのかな?)
いや、まだ同一人物とは限らない、とゴローは聞き耳を立てる。
エリーセンというのは家名であるから、ハカセの親兄弟姉妹である可能性もあるのだから。
「ええと、僻地住まいだったので『あの』と言われてもよくわからないのですが」
とりあえず誤魔化して、もう少し相手から情報を引きだそうと試みるゴロー。
「……エリーセン、というのは、300年くらい前、エルフの国の王都に現れた天才技術者よ。なんでも、ドワーフの血も引いているとかで、はじめはうさん臭がられたけれど、彼女の作り出す魔導具はどれも有用なものだったので、たちまちのうちに受け入れられ、人気者……というか重要人物になったと言われてるわ」
彼女、ということとドワーフの血を引いているということで、まずハカセに間違いないな……と、ゴローは思った。
「50年くらい王都にいたんだけれど、『得るものは得た』とか言い残して、ある日忽然と姿を消したそうよ」
ハカセらしい、とゴローは思う。おそらく、王都にあった技術を皆吸収してしまったが故に旅立ったのだろう、とも。
「で、その王都にいた間に作ったのが『冷蔵庫』『コンロ』『洗濯機』『ドライヤー』『お風呂湯沸かし器』『清潔トイレ』など、かな。細かな改良も含めたら数え切れないわ」
で、その1つによく似たコンロを、ゴローたちが持っていた、ということらしい。
はっきり言って、全部見たことがあるゴローであった。
「譲り受けたんですよ。その前が誰のものだったかは聞いていません」
嘘ではない。ハカセから譲り受けたのは本当のことだし、どうせハカセの作だと思っているから、『その前が誰のものだったか』など聞く必要もないからだ。
「……そう。由来がわからないのはちょっと残念だけど、これはまず間違いなくエリーセンの作品だと思うわ」
「そうでしたか」
だからといって、やることは変わらない。
ゴローが鍋を出すと、サナが外から汲んできた水を鍋に入れた。
「ちゃんと布で濾してきたか?」
「うん、大丈夫」
ゴローもサナも食中毒とは無縁だが、水が悪いと料理がまずくなるので気を使っているのだった。
沸かした水に、塩漬け肉、干し魚、乾燥野菜を入れていく。
肉から出た塩がいい味つけになるわけだ。
「へえ、面白い作り方ね」
「……まだ、いたの?」
ゴローがかき回す鍋を覗き込むエルフ少女に、サナが辛辣な一言を放った。
「なによ。いちゃ、悪い?」
「いや、悪くないけど」
ゴローはエルフ少女を宥めた。
「こんなの見て面白いのかい?」
「いえ、いい匂いがしてるから」
「そっか」
ただの食いしん坊だった、とゴローは、エルフ少女を無視して調理を進めていく。
乾燥野菜が十分に軟らかくなった頃合いで、ゴローは『白い粉』を用意した。
「なあに、それ?」
「デンプンだよ」
スープにとろみを付けるために入れるわけである。現代日本でいうなら『カタクリ粉』である。
粉のまま入れると一箇所に固まりやすいので、一旦水で溶いてから入れるのがコツだ。
デンプンは水には溶けにくいので、白く濁った状態で構わない。
「あ……面白い」
デンプンを入れたスープが、さらさらからとろとろに変わっていく。
ゴローはスプーンで掬って味見をし、
「うん、これでよし」
と、魔導コンロの火を止めた。
そして一言。
「ええと、器は持っているのか?」
「はい?」
「いや、昨夜アルトールさんにスープをもらったので、少しだけどお返しにと思って」
「あ、そ、そういうことね、……ちょっと待ってて」
エルフ少女は一旦ダークエルフ美女とアルトールが朝食の準備をしているところへ行き、何やら話をしていたかと思うと、大きめの器を持って戻ってきた。
一応3人分、ということらしいので、ゴローは何も言わずにそこへ『とろみ付き野菜と肉のスープ』をよそってやった。
「さて、こっちも食べよう」
「うん」
多めに作ったので、まだ2人分たっぷりある。
ゴローはスープの半分を器にあけてサナに渡し、自分は鍋から直接食べる。洗い物を少なくするための工夫(と言うほどのものでもないが)である。
「うん、まあまあの、味」
サナも認めてくれた味。なので、
「何これ! 美味しい!」
「うん、美味しいじゃないか!」
「ゴロー君、これは美味い。……その『デンプン』とやらが秘密なのかね?」
と、3人組もそれぞれの反応をしてくれた。
「そうですね。『とろみ』があると、食感がいいでしょう?」
ゴローは感想を確認するように尋ねた。
「そうだな。確かに、ただのスープより、なんというか、口の中が『楽し』かったよ」
「それが目的ですからね」
麺の食感であるモチモチ、シコシコを例に取るまでもなく、食感は料理の大事な要素である。
舌では味覚を味わうが、それ以外の口の中では『食感』を味わうのだ。
なぜかゴローにはそうした基本的な知識があった。
* * *
「ゴロー君、サナさん、短い間だったが、世話になった」
「いえ、こちらこそ」
外が明るくなったので、ゴローたちとアルトール一行はそれぞれの目的地を目指す。
別れの挨拶はさっぱりしたものだ。
そして彼らは右と左に別れ、歩き出した。
5分ほど進み、どう考えても声が届くはずのない距離になった頃、サナが尋ねてきた。
「……どうして、相手したの?」
無視していることもできたはず、と言う。
「そうだな。……一番は情報のため、かな」
「情報?」
ゴローはこくりと頷いた。
「そうさ。アルトールが言ってただろう? 情報は大事だぞ。彼らは俺たちが向かう方向の情報を持っていたからな」
山歩きでも、すれ違う際にお互いの情報を交換することは多い。登山道の状態とか、景色がいい場所があるとか、山小屋が混んでいたとか。
(これも俺の前世の知識なのかなあ)
そんなことを思いながら、ゴローは説明を続ける。
「俺たちの知識は古いから、できるだけ機会を捉えて更新する必要がある」
「うん、わかった」
ゴローの説明に、サナも納得したようだ。
「わかったら、先へ行くぞ」
「うん」
アルトールに聞いた『シクトマ』の町を目指し、2人は先を急いだのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月14日(日)14:00の予定です。
20190711 修正
(旧)我々
(新)俺たち
ゴローのセリフで 我々 と言っている箇所を2箇所 俺たち に。