04-46 旅行12日目 その2
サナが『治療』をゴローに掛け、それを目にしたリラータ姫が部屋を飛び出していってから10分くらいの後。
ばたばたと廊下を走る音がしたかと思うと、ふすまがスパーン! と勢いよく開けられた。
そのうちこのふすま、壊れるんじゃないか……とゴローが呑気なことを考えていると、やって来た女王ゾラが急き込んで尋ねた。
「ゴ、ゴロー、具合はどうじゃな!?」
「え、あ、はい、大分いいです」
サナとの打ち合わせどおり、口調をもとに戻すゴロー。これでだいぶ芝居が楽になる。
『うっかりいつもの口調で喋ってしまう』ミスを心配せずに済むからだ。
「お、おおゴロー、大分具合がよさそうじゃな」
「はい。まだ、身体はうまく動かせませんけど」
「そのことじゃが、サナ……サナ!?」
女王ゾラはサナを見て驚愕した。なんとサナはゴローが寝ている布団に突っ伏していたからだ。
それに気付いたゴローは、『念話』で話しかける。
〈サナ、大丈夫なのか!?〉
〈もちろん。これは演技〉
というサナからの答えを聞いて、ゴローはほっとした。
〈……さっき、リラータ姫の言ったことを聞いて、急遽思いついた。『治療』を使うと、私にも負担が大きいことにする。だから、話を合わせて〉
〈わかった〉
「……大丈夫です」
サナはゆっくりと身体を起こした。
「おお、サナ……そうか、『治療』を使うにはやはり負担が大きいのじゃな」
「……はい。お見苦しいところをお見せしました……ですが、少し休めば大丈夫です」
そんなやり取りを聞いていたゴローは、『MP切れみたいな症状になることにするんだろうか』などと考えている。
もちろん『MP』などというのは『謎知識』から得た情報であるし、『哲学者の石』を持っているサナに『MP切れ』すなわち魔力枯渇などということはありえないのだが。
「うむうむ、妾はこれで失礼しよう。ゆっくり休んでくれ。邪魔したな」
そして女王ゾラは部屋を出ていった。
〈……うまくいった〉
念の為、『念話』でサナはゴローに話しかけた。
〈だな。これで、むやみやたらと『治療』を使わされることはないだろう〉
〈それもそう、だけど、1つ、気になることが〉
〈何だ?〉
〈リラータ姫が言っていた、教会関係者くらいしか使えない、という話〉
〈それが?〉
『治癒の力』を神聖視するあまり、教会が囲い込むということはままあり得ることだ、とゴローの『謎知識』が教えていた。
〈私はこの『治療』を、『ハカセ』から教わった〉
〈『ハカセ』から? ……まあそうだよな〉
〈……で、『ハカセ』は、この『治療』は、レベルは3だけれど、初級の治癒魔法だと言った〉
〈初級!?〉
レベルというのは難易度の目安である。
1が最も易しく、数字が増えるに連れ難易度は増す。
今現在設定されているレベルの最高値は土から金属を合成する土属性の錬金魔法で『『土』『金属』『合成』』でレベル8。
〈ハカセはレベル8も軽々と使っていた〉
〈……やっぱりハカセは凄いんだなあ〉
〈うん〉
だが、そのハカセの常識は、今の世界には当てはめられないらしいと知ったゴローとサナである。
〈……どう、しよう〉
とりあえず、ほいほいと使えない魔法であるということだけは信じてもらえたのではないかとゴローはサナに言った。
〈うん……〉
治癒魔法は貴重らしい。例えばサナを教会に引き渡す、という動きがあってもおかしくないわけだ。
だがそれは、この獣人国ではないだろう、とゴローが言った。
〈教会は獣人を忌み嫌っているようだしな〉
〈それが救い……だけど〉
このままルーペス王国へ戻ったら面倒なことになりかねない、とサナは言った。
〈もちろん、私やゴローを束縛できるとは思えない、けれど〉
2人が本気で逃げようと思ったら、1個師団でも止められないだろうとサナは言った。
『哲学者の石』を持つ2人は、理論上は永久に動き続けられるからだ。
時速100キルで休むことなく延々と走り続けられる2人を追いかけられる生物はいない。
だが。
〈……逃げ回るのは嫌だなあ〉
〈どう、しよう〉
〈うーん……〉
考え込む2人。そのまま時は流れ……。
ふすまの外から声が掛けられた。
「ゴローさん、起きていらっしゃいますか? サナさん、入ってもよろしいでしょうか? お昼をお持ちしました」
「あ、どうぞ」
「失礼します」
「やあ、ネア」
昼食を持ってやって来たのはネアであった。
どうやら、祭礼のとき以外なら、宮殿の奥にも入れるらしい。
持ってきてくれたのは、ゴローにはお粥、サナには焼きおにぎりであった。
「ありがとう」
礼を言ってゴローは起き上がろうとする。が、まだ不十分なのでそれをサナが助け起こした。
……という演技をしてみせる2人。
「どう、1人で食べられそう?」
「うん、なんとかな」
いくらか回復したので、自分でスプーンを使ってお粥を食べられるとアピールするゴロー。
それを見たネアはほっとしたような顔をする。
「ああ、よかったです。話を聞いた時はびっくりしました」
ネアは宴には参加していなかったので、今朝になってリラータ姫から昨夜の顛末を聞かされ、ひどく驚いたのだという。
「心配掛けたな。もう大丈夫だ」
とゴローが言うと、ネアはしかめっ面をして言う。
「何言ってるんですか! まだ起き上がるのもサナさんに手伝ってもらっているのに! ……本当、無茶しないでください……感謝はしてますけど…………」
段々と声がか細くなって行くネア。
王族を狙った、ということを知っているだけに、感謝もしているのだが、それ以上にゴローの身体も心配してくれているのがわかり、
「……すまん。ありがとな、ネア」
と、今は礼を言うしかできないゴローなのであった。
* * *
「ゴロー、それじゃあもう一度『治療』を掛ける」
「……うん、頼む」
だがそれを聞いたネアは、
「だ、大丈夫なんですか、サナさん!?」
と、サナのことも心配する様子を見せた。
「大丈夫。ちょっと疲れるだけ、だから」
と、サナはネアを安心させるように告げ、
「『治療』」
治癒魔法を行使した。
淡く白い、柔らかな光がゴローの身体に吸い込まれていく。
……実際は、ゴローの身体はどこも悪くないので無駄になっているわけだが、傍から見ている分にはそれはわからない。
「ふわあ……すごいです」
ネアはその様子を、呆然と見ていた。
が、サナが演技でぱたりと倒れると、
「サ、サナさん、大丈夫ですか!?」
と、サナに駆け寄ってそっと助け起こす気配りを見せたのだった。
「うん、大丈夫。疲れた、だけ」
「ほんとですかあ……?」
「本当」
「……ならいいんですけど……うう、私にも使えたらなあ」
〈それだ!〉
〈ゴロー?〉
ネアのセリフを聞いて、ゴローの頭にとあるアイデアが閃いた。
〈この国の人たちで、素質のある人に『治療』を覚えてもらうんだよ!〉
〈……なるほど。それはいい考え〉
〈だろう?〉
〈……適合者がいれば、だけど〉
〈……いることを願おう〉
とにかく、獣人に『治療』が使えるとなれば、教会の権威を落とすこともできるだろうというわけだ。
ゴローとサナは、そのための計画を練ることにしたのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月13日(木)14:00の予定です。
20200809 修正
(誤)「ゴローさん、置きていらっしゃいますか?
(正)「ゴローさん、起きていらっしゃいますか?
20200821 修正
(旧)今現在設定されているのは土から金属を合成する土属性の錬金魔法で
(新)今現在設定されているレベルの最高値は土から金属を合成する土属性の錬金魔法で
20200824 修正
(誤)もちろん『MP』などというのは『謎知識』から得た情報であるし
(正)もちろん『MP』などというのは『謎知識』から得た情報であるし
20210614 修正
(誤) 今現在設定されているレベルの最高値は土から金属を合成する土属性の錬金魔法で『『土』『金属』『合成』』でレベル6。
(正) 今現在設定されているレベルの最高値は土から金属を合成する土属性の錬金魔法で『『土』『金属』『合成』』でレベル8。
(誤)〈ハカセはレベル6も軽々と使っていた〉
(正)〈ハカセはレベル8も軽々と使っていた〉