04-45 旅行12日目 その1
長い夜が明け、朝が来た。
宮殿の中の端に位置する静かな部屋に、ゴローは寝かされていた。
「あー、静かな朝だな」
「うん」
看病という名目で、枕元に座ったサナが水で濡らした手拭いをゴローの額に乗せている。
「ゴローはやっぱり、『ハカセ』の最高傑作。とんでもない性能」
「それ、褒められてるのか?」
「もちろん。……で、どうやって『解除』したの?」
「ああ、それなんだけど、あいつにぶん殴られてちょっと痛い思いをして、頭にきたらいつの間にか」
「……じゃあ、意識して、じゃなく?」
「そうなんだ」
「……まあ、めったに使うことはないと思う、けど、まだ自分の意志ではできない?」
「うん」
「……残念」
「それでも、自由に解除できたほうがいいのはわかるけどさ」
「……仕方、ない」
「……」
無言の時が流れる。
昨夜の大騒ぎが嘘のようだ……とゴローが思っていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。
「ゴロー!」
「ゴロー、無事か!?」
『ふすま』が勢いよく開けられ、スパーン! という音が響く。
やって来たのはローザンヌ王女とリラータ姫。
一気に賑やかになったな、とゴローは内心で苦笑した。
「おおゴロー、気が付いていたか」
少し遅れて女王ゾラも顔を見せた。
「昨夜は大活躍じゃったのう」
「……はあ」
サナは『念話』で忠告をする。
〈ゴロー、つらそうな『フリ』をして〉
〈うん〉
「……まだ身体が思うようにならんか?」
声に出さず、わずかに頷いてみせるゴロー。
「そうか。無理をさせてしまったのう」
ここでサナが助け船を出す。ゴローの代わりに質問をしたのだ。
「陛下、あのゴーレムはどうなりました?」
「うむ、回収して解析させておる。じゃが、なかなか高度なもののようでのう。時間が掛かりそうじゃ」
「そうですか。あと、捕虜は?」
「幻術を使って口を割らせたのじゃが、単なる雇われ者らしいのう」
依頼されてこの犯行に及んだという。
その依頼者も、誰かから頼まれた単なる中継者に過ぎないようで、黒幕は不明のままだそうだ。
「まあ、そういう『裏の組織』があるということはわかったがのう」
「裏の組織ですか……」
金をもらって人を害する組織がある、ということである。
「要するに、我が国とこちらの王国を仲違いさせようとする勢力があるということだ!」
ローザンヌ王女が憤って大声を出した。やはり腹に据えかねているようだ。
「……殿下、もう少し声を抑えてください」
「お、おお、済まぬ」
モーガンに窘められ、声のトーンを落とすローザンヌ王女。
「その組織はかなり大きいのだろう。何しろ『ゴーレム』や『銃』まで有しているというのだからな」
〈そういえば、銃の方は見つかったんだろうか?〉
ゴローは念話でサナに話しかけた。サナも頷く。
〈待って。聞いてみる〉
「……ゴローが、銃は見つかったのか気にしているようですけど」
「銃か……見つからなかったのじゃ」
「え?」
「ゴローが投げ捨てたというあたりをくまなく探させたのじゃが、それらしいものはなかった。ナイフも同じじゃ」
それが意味することは……。
「……まだ、奴らの仲間が残っている、ということでしょうか?」
「そうかもしれぬ……投げ落とされた衝撃で銃が壊れていればいいのじゃが」
もしも銃が無事で、刺客が残っているのなら、どこからか狙撃される可能性もあるということだ。
「ああ、狙撃については、まあまあ安心できると思う。幻術で白状させたところ、遠距離から命中させられるような腕前の者は、ゴローが捕まえてくれたあやつだけじゃそうな」
「……そうですか」
「じゃが、近距離から不意を突かれたらわからぬからな。精々気をつけるとしよう」
「そうなさって、ください」
「うむ。ゴローが身を削ってまで守ってくれたのじゃからな」
そう言うと女王ゾラは立ち上がった。
「あまり騒々しくするのも悪いのう。そろそろお暇しよう」
「ですな。……サナちゃん、ゴローを頼むよ」
「サナ、我々もこの王宮にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「サナ、ゴロー、また来るからのう」
そう口々に告げて、女王ゾラ、リラータ姫、ローザンヌ王女、モーガンらはゴローが寝ている部屋をあとにしたのだった。
* * *
静けさを取り戻した部屋で、サナはゴローに話し掛けた。念の為『念話』でだ。
〈そういえば、ゴーレムの背中のハッチはどうだったんだろう〉
〈……あ、聞きそびれた。あとで聞いてみる〉
〈うん、そうしてくれ〉
背中のハッチらしきものがどうにも気になっていたゴローなのである。
〈……では、私がゴローに治癒魔法『治療』を掛ける〉
〈え?〉
〈治癒魔法は使える人が少ない〉
〈いや、そうじゃなくて、俺に効果あるのか?〉
そもそも、ゴローはダメージを受けてもいないのだ。
そんなサナの答えは至極シンプル。
〈ない〉
〈……なら、なんで……〉
〈そうでもしないと、ゴローが寝たきりの時間が長くなる〉
〈ああ、そういうことか〉
〈そう。だから、今度お見舞いの人が来たら『治療』を掛ける。そうしたら……そう、3分の1くらい回復したふりをして〉
〈む、難しいな……〉
ゴローは考え、
〈手を動かしたり、普通に喋れるようになる……くらいでいいか?〉
と聞いてみた。サナは頷く。
〈うん、そのくらい。……で、もう一度、今度はお昼に掛ける。そうしたら、上体を起こせるくらいになって〉
〈了解〉
〈で、夜にもう一度掛ける。そうしたら……〉
〈なんとか歩けるくらいかな?〉
〈うん、それでいい〉
〈で、明日の朝には普通に動けるくらい、でいいか?〉
〈いい。でも、まだ激しい動きはできない、としておくほうがいい〉
〈わかった〉
こうして、ゴローとサナの『打ち合わせ』は終わったのである。
* * *
そして1時間くらいの後。
「ゴロー、具合はどうじゃ?」
リラータ姫がやって来たのである。
これはサナにとっても都合がよかった。
「姫様、これからゴローに『治療』を掛けるところです」
サナの言葉に、リラータ姫はびっくり仰天した。
「『治療』じゃと! サ、サナよ、お主は『治療』を使えるのか!?」
「はい」
「そ、それはすごい!」
リラータ姫の驚きように、サナも失敗したかな、と少し後悔した。
それもそのはず、『治癒魔法』は、今では、王族のような限られた血統の者と、教会関係者くらいしか使えない、神聖かつ高度な魔法とされているのである。
しかも『治療』を使えるものはさらに少ない(より効果が低い『癒やし』止まりがほとんど)。
そんな説明をリラータ姫から聞き、サナはいよいよ失敗したとの思いを強くしたが、もうあとには引けない。
ゴローの額と胸に手をかざし、詠唱を行う。
「……『治療』」
「お、おおおお!」
淡く白い、柔らかな光がゴローの身体に吸い込まれていった。
それを見たリラータ姫は大慌てで部屋を飛び出していったのである。
〈……なあ〉
〈……言わないで。わかっている〉
ゴローとサナは無言で顔を見合わせたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は8月9日(日)14:00の予定です。
20200806 修正
(誤)その依頼者も、誰かから頼めれた、単なる中継者に過ぎないようで、黒幕は不明のままだそうだ。
(正)その依頼者も、誰かから頼まれた単なる中継者に過ぎないようで、黒幕は不明のままだそうだ。
(誤)〈そうでもしないと、ゴローが寝たきりに時間が長くなる〉
(正)〈そうでもしないと、ゴローが寝たきりの時間が長くなる〉
(旧)〈そういえば、ゴーレムはどうなったんだろう〉
(新)〈そういえば、ゴーレムの背中のハッチはどうだったんだろう〉
20200807 修正
(誤)背中のハッチらしきものがどうにも気になっていたゴローなのである、
(正)背中のハッチらしきものがどうにも気になっていたゴローなのである。
20200818 修正
(旧)『障子戸』が勢いよく開けられ、スパーン! という音が響く。
(新)『ふすま』が勢いよく開けられ、スパーン! という音が響く。
20240822 修正
(旧)
それもそのはず、『治癒魔法』は、今では教会関係者くらいしか使えない、神聖かつ高度な魔法とされているのである。
(新)
それもそのはず、『治癒魔法』は、今では、王族のような限られた血統の者と、教会関係者くらいしか使えない、神聖かつ高度な魔法とされているのである。
しかも『治療』を使えるものはさらに少ない(より効果が低い『癒やし』止まりがほとんど)。