04-41 旅行11日目 その6 闇
7月26日に予約投稿してました……ご迷惑おかけしました。
宴はまだまだたけなわといった様相で賑やかに行われている。
酒も進み、ほろ酔いの者たちがあちらこちらに見受けられた。羽目を外す者はいない。
ゴローとサナは酔うことがないので控えめにしか飲んでいないため、バレることはないだろうと思われた。
「ふふ、いい心地じゃ。今年は賓客も来てくれたし、よい年じゃなあ」
女王ゾラもかなり酔いが回ってきているようで、上機嫌にひとりごちていた。
そこでゴローは、このときとばかりに気になったことを聞いてみることにした。
「陛下、あの『祝詞』はずっと伝えられてきたものなんですか?」
「ん? ああ、そうじゃよ。『けもなー』様よりずっと昔から、わが妖狐族に伝わるものなのじゃ」
「ははあ……この衣装も……ですか?」
「うむ。……興味があるのかや?」
「あ、はい。少し」
「そうかそうか。……『天啓』持ちのそなたじゃから、多少は察しておるのやもしれぬな。別に隠すことでもなし、話してつかわそう」
「ありがとうございます」
ほろ酔いとなって、饒舌になった女王ゾラは、機嫌よくゴローに説明してくれた。
「そもそも、我が妖狐族の始まりは……」
思わず『そこから!?』と口走りそうになったゴローである。
「……1000年前とも2000年前とも言われておるのじゃが、九尾の妖狐じゃったご先祖様は、別の世界からこの世界に飛ばされた……という」
「別の世界……ですか」
「うむ。もしかすると『けもなー様』の世界だったのかもしれぬ。……なんでも、ご先祖様はその世界でとある罪を犯し、討伐されかかっていたそうな」
「討伐……ですか」
「そうじゃ。じゃが、それは何やら呪いのような、あるいは何か『悪いもの』に憑依されていたような、そんな状態で、この世界に渡る際にその『憑き物』はきれいさっぱりと落ちたという」
「ははあ……」
「そしてご先祖様はそれ以降この世界に落ち着き、我々妖狐族の祖となられた……ということである」
「そんな経緯があったのですか」
なかなかヘヴィな過去であった。
「そのご先祖……始祖様のお名前は伝わっているのですか?」
「ん? うむ。なにぶん伝承なので少しぼやけているがな。『みずく』もしくは『みくず』と仰るらしい」
「……」
その名前を聞いたゴローは『謎知識』により、とある有名な伝説を想起したのだったが、それを口に出すことはしなかった。
なぜならそれは、元の世界では伝説となるほどの悪逆妖怪として語り継がれていたからだ。
その祖となった人が、いかに呪われて、あるいは何かに取り憑かれていたとしても、あまり名誉なことではないだろうから……。
「その始祖様がお伝えになったのが先の『祝詞』なのじゃ」
「そんな由緒あるものでしたか」
「うむ。……のう、そなたの『天啓』で、別の『祝詞』はわからぬか? ……いや、なんでもない。聞き流してくれ」
「別の祝詞……ちょっと無理ですね」
「いや、じゃから聞き流してくれ」
「ですが、『祓え給え 清め給え 神ながら守り給え 幸へ給え』しかわかりません……」
「おお、簡単じゃが奥深いのう……なるほどなるほど」
略拝詞というものである。
さすが本職(?)、女王ゾラはすぐに覚えた。
そして、
「これはよいのう。信者たちに唱えさせるにも短いので覚えやすい。ゴローの『天啓』はまっこと素晴らしい」
と言って手を叩く女王。
やって来た巫女装束の女官に命じ、金の盃を用意させ、そこに手づから酒を注いだ。
「盃をとらせよう」
「……頂戴いたします」
さすがに断れず、ゴローはその盃を押しいただいた。
さほど大きな盃ではなかったので、泥酔せずとも不自然ではないだろうと一気に飲み干すゴロー。
「おお、いい飲みっぷりじゃ。では、もう一献」
「は、はい」
これも一息に飲み干すと、
「最後じゃ」
と、3杯目を注がれたのでこれもまた一気に飲み干したゴローであった。
さすがにこれで酔わないのは不自然なので、酔ったふりをして席を立ち、少しふらつく演技をしてその場を離れたゴローであった。
* * *
手水場と呼ばれるトイレ設備へとやって来たゴローは、付近で少し時間を潰してから戻ろうと、暗がりを目指した。
篝火の届かない場所は漆黒の闇に支配されているようだ。
そして、その闇の中に、異様な気配があった。
(これは……殺気?)
そういえば『強化』で感覚を強化したままだったな、とゴローは思い返し、さらに集中してみる。
(抑えた息遣い……体温……鉄の臭い……刃物を持った人間だな、こりゃ)
ゴローは、周囲に精霊がいないことにも気が付いた。
(精霊……こいつの殺気に当てられているのか? あるいは……あの刃物かもな)
殺気とはまた違った、禍々しい気配が漂ってきているのは、そういう武器なのだろうか、とゴローは想像していた。
〈ゴロー、どうか、した?〉
そこへサナから念話が入った。
〈ああ。じつは……〉
これこれこういうわけで、と、ゴローは簡単に説明をする。
〈うん、怪しい。隠密的な護衛だったら、そんな殺気は出さない〉
〈だよな〉
〈それに、お祓いをしたばかりなのに、精霊が寄り付いていないというのはどう考えてもおかしい〉
〈確かにな。……どうしようか?〉
〈ゴローなら、どうとでも、できるはず〉
〈……俺、素手なんだが〉
〈大丈夫〉
〈……仕方ないな〉
覚悟を決めたゴローは、『強化』を掛け直し、身体能力も2倍に引き上げた。
その上で隠れている人物に近づいていく。
「ええと、こんばんは?」
「!?」
ゴローとしては、刺客なんだか護衛なんだか、100パーセントの確度をもって言えないので、とりあえず無難な声掛けをしてみたのだが、掛けられた方はビクッとして1メートルも飛び下がった。
全身を黒い布で覆った男。手にはやや短めの剣を持っている。
「……な、何だ、お前は!?」
「あ、いや、この宴に招かれてきた客ですが」
「ふん、獣に尻尾を振る裏切り者か。ではまず貴様から血祭りにあげてやる」
黒ずくめの男はそう言いながら、目にもとまらぬ速さで剣を突き出してきた。
「いや、それはやめておくよ」
とはいえ、『目にもとまらぬ』のはあくまでも人間基準。『強化』を掛けたゴローの目には止まって見えるほどスローな動作だった。
「!!??」
半身になって剣をかわしつつ、相手の剣を持つ右の手首を掴み、捻り上げる。
だが敵もさる者、ゴローの手に向け、左手に隠していたナイフを突き立てた。
「!?」
しかしただのナイフが『強化』を掛けたゴローの手に刺さるはずもなく。
「ぐふっ」
いっこうに意に介さないゴローによってそのまま腕を捻られ、地面に叩きつけられてしまったのである。
その際ゴローは、ナイフで自分の手が狙われたことで手加減をする気がなくなったため、覆面男の顔は半分ほど地面にめり込むこととなったのである。
おまけに掴んだ右肩は脱臼。
更にトドメとばかりに腹部に爪先蹴りを『適度な』強さで喰らわした。
(終わりかな?)
悶絶した覆面男を見下ろし、ゴローは周囲の気配を探るが、もう怪しい気配はなかった。
(縛り上げるか)
覆面をほどき、それを使って男を後ろ手に縛り上げる。
追加で男のベルトを抜いて足首も縛り上げると、ゴローはそのまま担ぎ上げ、落ちていた剣とナイフも回収し、そのまま警備の狐獣人が集まっている場所へと運んでいったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月26日(日)14:00の予定です。