04-40 旅行11日目 その5
宴もたけなわの、そんな頃。
庭の一角にある建造物に明かりが灯った。
「?」
ゴローやローザンヌ王女ら、ルーペス王国の面々はなんだろうという顔をしたが、ジャンガル王国の面々は期待に満ちた顔つきをする。
「さて、ここで余興じゃ。我が同胞の娘たちによる舞を堪能してもらおうかの」
女王ゾラがそう言うと、楽団が音楽を奏で始めた。
宮殿内での儀式の時に流れていた荘厳なものではなく、もう少し明るい、テンポもいいものだ。
とはいえやはりジャンガル王国の音楽。
(どことなく『雅楽』に似ているな)
とは謎知識によるゴローの感想である。
舞殿、というのだろうか、屋根付きの舞台の上には2人の狐獣人が上がっていた。
着ている衣装は白い単に濃い赤色の長袴。
「あの頭の、ブーツみたいなの、何」
「え? ……ああ、確か『烏帽子』っていう被り物だな」
サナの質問に、『謎知識』を駆使して答えてやるゴロー。
その答えに驚いたのはジャンガル王国の人たち。
「ほ、ほう、ゴロー、よく知っておるのう……我が国にも知らぬものが大勢いるというのに」
リラータ姫が感心した、と言う顔で話しかけてきた。
「それも『天啓』のおかげか?」
今度は女王からの質問だ。
「はい、そのようです。初めて見ましたから」
「ふうむ、『天啓』とは、げに素晴らしきスキルじゃなあ……」
「おそれいります」
そして始まった舞。
「おお、優雅であるな」
ローザンヌ王女は目を細めて見つめている。
2人の狐娘は手に扇を持っており、互いに向かい合わせで舞っている。
ちょうど左右で対称になる動作だ。
「見事だなあ」
「うん、素敵」
ゴローとサナも感心した声を上げた。
はためく単の袖、翻る扇。
その扇は片面が金、片面が赤になっており、時折光を反射してキラリと光るのも印象的だった。
狐獣人なのでふさふさの尻尾もフリフリとして見ごたえがある。
およそ10分間の舞が終わると、その場にいた全員から惜しみない拍手が贈られたのだった。
「陛下、実に見事な舞でした」
「初めて見ました! 素敵ですね!」
ローザンヌ王女とクリフォード王子が賛辞を述べた。
「お気に召したようで何よりじゃ」
女王も客人たちに喜んでもらえたので嬉しそうである。
「どれ、では妾もひとつ舞を披露してくるとしよう」
興が乗ったのか、酔いが回ったのか、女王ゾラはそう言って立ち上がった。
ルーペス王国の面々は少々焦ったが、女王のこういう思いつきはさほど珍しくないようで、ジャンガル王国の人々は平然としていた。
それどころか、楽団などは率先して音楽を奏で始めたのである。
扇を手にし、ゆったりとしたリズムで舞う女王の姿は、見るものを釘付けにした。
(ゴロー、舞と踊りって、どう違うの?)
小声でサナが尋ねてきたので、ゴローも小声で返答する。
(ええと、舞は旋回を中心に組み立てられていて、踊りは上下動、つまり飛び跳ねる動作が多い……みたいだ。少なくともこのジャンガル王国で言う踊りと舞は)
(なるほど、確かにそんな感じ。ありがとう)
(いやいや)
そしてまた2人は女王の舞に見惚れる。
九本の尾が篝火や狐火の光を受けて様々な色に輝く。
神秘的な光景に、ゴローもサナも言葉を忘れた。
そして5分ほどの短めの舞を終えた女王ゾラは観客に向けて会釈を行い、舞台を下りたのである。
* * *
「母上、お見事でしたのじゃ」
「ふふ、そなたも来年には舞の練習を始めるのじゃぞ」
「楽しみなのじゃ! 母上以上の舞手になってみせるのじゃ!」
「期待しておるよ」
そう言ってリラータ姫の頭を撫でた時のゾラは女王ではなく母親の顔であった……とゴローは感じた。
その時、ローザンヌ王女が立ち上がり、
「陛下、未熟な身ではありますが、余興として剣舞を披露させていただいてもよろしいでしょうか?」
と申し出た。
女王ゾラは微笑みながら頷いた。
「もちろんじゃ。両国の親睦を深めるためにも是非拝見したいと思う」
「ありがとうございます」
そこで女王ゾラは立ち上がり、よく通る声で告げる。
「皆の者、国賓であるローザンヌ王女殿下が、ルーペス王国流の剣舞を披露してくださるそうじゃ。心して拝見するように」
拍手と歓声が湧いた。
それを背に受けながらローザンヌ王女は舞殿に上った。
その腰には儀礼用の『刀』が。
鞘は装飾過多ともいえる華美なものであったが、刀身はティルダが鍛えた業物だ。
「失礼する」
ローザンヌ王女は一言告げて刀を抜き放った。
「おお?」
その輝きを見た女王ゾラは思わず声を漏らした。
「なかなか見事な業物じゃのう……じゃが、作者に覚えがない……無名の鍛冶があれほどの刀を打ったというのか……?」
「母上、始まるのじゃ」
「お、おお、そうであったな」
刀に見惚れかけていた女王ゾラを窘めたのはリラータ姫であった。
そして舞台上ではローザンヌ王女が伴奏もなしに『剣の舞』を行っていた。
刀を使ってはいるが、それは紛れもなく剣の舞。
ジャンガル王国の面々には目新しい所作が多く、興味深かったようで、皆真剣にローザンヌ王女の剣舞を見つめていたのである。
そしてそれが終了した時には、女王の時以上の拍手と歓声が沸き起こったのであった。
そんな歓声に、ルーペス王国式のカーテシーで答礼を行ったローザンヌ王女は、ゆっくりと壇上から下りて元の席に着いたのだった。
「ローザンヌ殿、お見事じゃった」
「いえ、お目汚しでした」
「そんなことはない。……のう、その『刀』、ちと拝見させてもらえぬか?」
女王ゾラはローザンヌ王女の刀が気になって仕方がなかったようだ、と横で聞いているゴローは思った。
「は? はい、どうぞ」
ローザンヌ王女はちょっと戸惑ったものの、求めに応じて刀を手渡した。
「かたじけない」
女王ゾラは刀を受け取ると席を立ち、篝火の傍の明るい場所へ行った。同時に、宴席で刀を抜くことを避けたわけである。
そしてそっと刀を抜く。
「おお……これは……見事な刀じゃ。しかし、この直刃の刃文……刀剣師に心当たりはないのう……」
矯めつ眇めつ刀を眺めていた女王はやがて満足すると鞘に収め、席に戻ってローザンヌ王女に返却した。
「素晴らしい刀を見せていただき、感謝する。……じゃが、その刀を打った鍛冶師はいったいどこの誰なのか、教えてもらえんじゃろうか」
「ええ、構いません。……このゴローの友人の『ティルダ・ヴォリネン』という彫金師です」
「なんと、ゴロー殿の友人で、しかも彫金師じゃと? おお、あの簪を依頼した嬢ちゃんか! ……ううむ……世にはまだまだ隠れた名工がいるものじゃなあ……で、そのティルダ殿は今どうしている?」
この質問にはゴローが答える。
「あ、ティルダはこちらのミユウという塗師に短期間弟子入りして漆塗りを習っております」
「なんと、そうじゃったか。ん? ミユウじゃと? そうか、あの者か」
「ご存知ですか?」
「うむ、もちろんじゃ。あやつも狐獣人じゃしな。しかもこの王都で一、二をあらそう名工でもある」
女王ゾラの言葉から、ミユウに師事したティルダの目は確かだったな、と思ったゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月23日(木)14:00の予定です。
20200719 修正
(誤)「はい、そのようです。始めて見ましたから」
(正)「はい、そのようです。初めて見ましたから」
(誤)刀を使って入るが、それは紛れもなく剣の舞。
(正)刀を使ってはいるが、それは紛れもなく剣の舞。
20200920 修正
(誤)
「なんと、ゴロー殿の友人で、しかも彫金師じゃと? ……ううむ……世にはまだまだ隠れた名工がいるものじゃなあ……で、そのティルダ殿は?」
(正)
「なんと、ゴロー殿の友人で、しかも彫金師じゃと? おお、あの簪を依頼した嬢ちゃんか! ……ううむ……世にはまだまだ隠れた名工がいるものじゃなあ……で、そのティルダ殿は今どうしている?」