04-39 旅行11日目 その4 祝詞
いよいよ祭礼の最も重要なところが始まるらしい……とゴローは少し『強化』を使い、感覚を強化してみた。
すると、周囲のいろいろなことが手に取るようにわかるようになった。
『強化』は単に各部位の働きを強化するだけではない。
強化された能力を使いこなす基礎能力も底上げされているのである。
であるから、ゴローも短時間の練習で強化された体力をある程度使いこなせたわけである。
それは五感も同じ。
強化することで増加した情報量に対応する処理能力も付与されているのである。
ゴローはそうした感覚に集中した。
* * *
女王ゾラ・ジャンガルは祭壇の前で立ち止まった。
その衣装をよくよく見ると、神職のような巫女のようなデザインである。
『狩衣? 浄衣?』
などとゴローの『謎知識』が囁いているが、独自のデザインも混じっているらしく、答えは出ない。
「……天清浄 地清浄 内外清浄……」
(……祝詞かな?)
女王ゾラは複雑な仕草をしながら、ゴローの『謎知識』が『祝詞』と判断した言葉を紡いでいる。
「国つ神は高山の末、低山の末に……」
女王は手にした常緑樹の枝を振りながら唱えている。
「高山の伊褒理、低山の伊褒理を掻き別けて……」
(……?)
強化されたゴローの感覚に、不思議な印象が生じてきた。
〈ゴロー、ぞわぞわする〉
〈……俺も〉
サナから念話が届いた。どうやらサナもこの不思議な感覚を覚えているようだ。
〈これ、精霊かも〉
〈精霊か……〉
後でマリーやフロロに聞いてみよう、とゴローは思った。
「……罪と云ふ罪は在らじと……」
さすがのゴローの『謎知識』も知らないようであったが、それは『大祓詞』という祝詞によく似ていた。
〈ゴロー、空間が光ってる〉
〈あ、ああ〉
実際に光を放っているわけではないのだろうが、強化された感覚は、女王の周囲の空間がまるで光り輝いているかのように感じさせている。
〈おそらく、空中にいる精霊の密度が段違いに高い〉
〈なるほど。それならわかる〉
〈でも、たぶんこれは異常。女王ならではの芸当〉
〈芸当って……おい〉
〈……悪いとは思った。でも他にいい言い方を思いつかなかった〉
〈それにしてもさ。……効果とか力とかさ〉
〈言葉を変えても言いたいことは同じ〉
〈そりゃそうだろうけどさ……〉
〈……しっ。一際大きい気配が近づいてきた〉
〈本当だ。いったいなんだろう?〉
〈大精霊、というものかも〉
ゴローとサナが念話で会話している中、女王ゾラの祝詞は終盤となっていた。
「聞こし食せと白す………………」
女王ゾラの声は余韻を引いて宮殿内に響いている。
誰も皆無言を守り、咳き1つ聞こえない。
〈この部屋の中、すごくたくさんの精霊がいる〉
〈わかるよ〉
目には見えていないが、ゴローたちには第六感とでもいうような感覚があり、部屋の中が光に満ちているように感じられている。
女王は跪きつつ手にした枝を一振り、二振り。
そしてそのまま三歩後退し、振り返る。
そして手にした枝を三回振ったのである。
「祓へ給ひ清め給へ……」
〈……すごい、部屋の中の空気が変わった〉
〈うん、わかる〉
肌に感じる空気感が全く違ったのだ。
例えるなら霧の中を抜けた、という感じに似ているだろうか。
〈これが祭礼か……〉
〈何か、浄化魔法にも似ている感じが、する〉
〈ああ、そういえばそうかもな〉
大祓のようなことをしたのだとすれば、空気中……というか空間にいる精霊が、瘴気のような穢れを払ってくれたのだろうと考えられた。
つまりジャンガル王国における祭礼とは、穢れを祓う儀式なのだろう、とゴローとサナは想像していた。
そして女王は再び祭壇を向き、手にした枝を振った。
「……天つ神 国つ神 八百万の神等共に 聞こし食せと白す…………」
厳かに祝詞は終了したようだ。
そして女王は柏手を一つ、大きくぱあん、と打ち鳴らした。
〈おっ?〉
〈……すごい〉
すると部屋の中に満ちていた光が、四方八方に飛んでいったことが感じられる。
〈おそらく、国中に散らばった〉
〈なるほど、そうやって国中の穢れを祓うわけか〉
しばらく静寂が続いた後、女王ゾラはゆっくりと膝を付いた。相当に疲れたらしい。
何度か深呼吸をした女王は再び立ち上がり、
「……これにて祓えの儀式を終わる」
と宣言をした。
その場にいた者たちは一斉に頭を下げる。ゴローとサナも同じようにお辞儀をした。
* * *
いつの間にか外は暗くなっていた。
儀式は全て滞りなく済んだということで晩餐となる。
いつの間にか宮殿の前庭にテーブルと椅子が並べられ、支度が整っていた。
篝火が赤々と焚かれた上に狐火までが灯され、周囲の木立と相まって幻想的な雰囲気だ。
「さあ、今日という日も暮れていく。明日もまた平和であるように、乾杯じゃ」
荘厳さを脱ぎ捨てた女王ゾラは気軽な言葉で乾杯の音頭を取った。
「乾杯!」
「乾杯!!」
器は漆塗り、金箔貼りの盃であった。そこに満たされた透明な清酒。
「これは美味いですな」
モーガンが舌鼓を打った。
ローザンヌ王女は成人しているので問題ない。クリフォード王子は儀礼的に一口だけ口にする。
ゴローとサナもまた問題なく酒を飲み干した。
その後は無礼講に近い、和やかな宴となった。
そんな中、女王ゾラからゴローに褒詞が。
「ゴロー、『ちらし寿司』と『いなり寿司』、大変に重宝した。感謝するぞ」
「いえ、お役に立てたなら幸いです」
「ふふ、こんな場じゃから大したことはできぬが、明日、正式に礼をするでのう」
「あまりお気遣いなく」
遠慮するゴローだったが、モーガンに、
「ゴロー、そこは有り難くお受けしなさい」
と言われてしまい、改めて『ありがとうございます』と礼を言ったのだった。
* * *
そして焼きたてのマスの塩焼きや、フルーツの盛り合わせなども運ばれてくる。
サナは焼き魚よりも熟したマンゴーがお気に入りだった。
そんなサナには好きなだけ食べてもらうことにし、ゴローは隣の席のモーガンと話をする。
「……モーガンさんや殿下がたは昼前からずっとこちらに?」
「うむ。昼餉のちらし寿司は美味かったぞ」
モーガンが3杯目の酒を飲み干しながら言った。
「ゴローは商人というより料理人だな」
「あ、あはは」
自分でも自覚があるので、言われるのも仕方ないとゴローは思っていた。
(でもほんと、このところ商人ぽいことってしていないな……)
ルーペス王国の王都シクトマではそれなりに商人っぽいことしていたのにな……と心のなかで苦笑するゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月19日(日)14:00の予定です。
20200716 修正
(誤)強化された能力を使いこなる基礎能力も底上げされているのである。
(正)強化された能力を使いこなす基礎能力も底上げされているのである。
(誤)改めて『ありがとうございます』と例を言ったのだった。
(正)改めて『ありがとうございます』と礼を言ったのだった。
(誤)『狩衣? 浄衣(じょうえ?)』
(正)『狩衣? 浄衣?』
20200718 修正
(旧)短山
(新)低山
2箇所修正。
20200719 修正
(誤)ゴローとネアが念話で会話している中、女王ゾラの祝詞は終盤となっていた。
(正)ゴローとサナが念話で会話している中、女王ゾラの祝詞は終盤となっていた。
(誤)「……天つ神 国つ神 八百万の神等共に 聞こし食せと白す…………」
(正)「……天つ神 国つ神 八百万の神等共に 聞こし食せと白す…………」
20200813 修正
(誤)〈おそらく、空中にいる精霊の密度が段違いに多い〉
(正)〈おそらく、空中にいる精霊の密度が段違いに高い〉