04-38 旅行11日目 その3 祭礼
白い着物のあとは、浅葱色の袴を穿く。
これもまた、ゴローは1人で穿いてしまったので、狐獣人は目を丸くしていた。
最後は真っ白な足袋。
足袋を止めているのは、現代風の真鍮製のこはぜではなく、象牙のような材質のものだった。
ゴローはそれらも、何ということもなく身に着けていったのである。
「着ましたけど、これでよかったでしょうか?」
「は、はい。た、大変結構でございます」
世話係の、男の狐獣人は驚きのあまり尻尾が毛ばたきのようにぶわっとなっている。
(あ、いつかのネアと同じだ)
のんきなことを考えているゴローであった。
脱衣所から出てみると、サナはまだのようだったので、脱いだ服や今必要でないものは一旦部屋に置いてきた。
それでもまだサナたちは来ていないので、玄関ロビーにある椅子に座って待つことにした。
男の狐獣人は、律儀な性格なのか、ゴローが勧めても座らず、立っていた。
そして午後3時45分。
「おまたせ」
ようやくサナがやって来た。
「遅かったな……おっ」
「だって、着方が難しかった」
サナが着ていたのはゴローと同じ白い着物に、朱色の袴だった。
ネアは白い着物は同じだが、袴が朱色より濃い緋色であった。
(巫女さん……ってなんだ? 巫女って……シャーマン? ちょっと違うか……)
『謎知識』は中途半端な情報をゴローにもたらしているようである。
* * *
「ゴロー様、サナ様、それでは参りましょう」
午後4時少し前、第2迎賓館の前に迎えの馬車が着いた。
男の狐獣人、ゴロー、サナ、ネアの順に乗り込む。
馬車とともに来た女の狐獣人は御者を務めるようだ。
男の狐獣人は『ウェイ』というそうで、祭礼の間、ゴローに付いて色々サポートしてくれるという。
サナにはネアが付いてくれるそうだ。
そして、今御者を務めてくれている女の狐獣人は『クノ』といい、王宮務めの典礼官だそうだ。
この国で典礼官というのは、特に王宮で式典や儀式をする際の係官、ということになるという。
馬車は街道を進んでいく。
周囲の家々は、木材が豊富な国らしく木造建築なのだが、そのデザインが微妙に『和風』なのだ。
(『けもなー』って人だけじゃなく、もう1人か2人くらい、異世界から来た人がいたんじゃないかな……)
などと想像してみる。そしてその想像は、決して的外れではないような気がするゴローであった。
ウェイは道中、いろいろなことを教えてくれた。
今ゴローとサナが着ている白い着物は『単』と呼ぶこと。
服とは呼ばずに『装束』と呼ぶこと。
そうした風習は『けもなー』以前から連綿と続いてきていたこと、などだ。
『祭礼』の最も重要な儀式が行われるのは王宮ということで、杉並木には旗や幟、提灯などが飾られている。
そんな先日通った杉並木を抜け、馬車は進んでいった。
* * *
「おお」
杉並木を抜けた先から始まる『センボントリー』には提灯のような明かりが灯され、薄暗くなり始めた空の色と相まって幻想的だった。
朱塗りの鳥居をいくつも抜けていくと宮殿が見えてくる。
「おお……」
篝火なのだろうか、青白い光に照らされた宮殿は幻想的と言うよりも神秘的にさえ見えた。
そして馬車は止まる。
「ここからは徒歩でお願いいたします」
そして差し出される草履。鼻緒の色は袴と同じ浅葱色。
サナとネアの草履は茜色の鼻緒だった。
じゃりっ、というよりさくっ、という軽い音の響く玉砂利を踏んでゴローたちは宮殿へと歩いていく。
両側には青白い篝火が灯っている。よく見ると薪が燃えているのではないようだ。
「狐火ですよ」
男の狐獣人、ウェイが教えてくれた。
狐獣人はほぼ全員が狐火を出せるのだそうだ。
出せない者もいるが、そういうものは逆にもっとすごい『術』を使えるのだという。
そしてさらにその上を行くのが王族だ。
「陛下は数々の通力をお使いになれます」
それがどんなものなのかは、それを聞く前に宮殿前に着いてしまったので聞くことはできなかった。
「この先はお二方でどうぞ」
ウェイはここまでだという。
ネアでさえも祭礼の日には殿上へは上がれないようだ。
純粋な血縁者、あるいは通力を持つ者、それに国賓だけが祭礼の日の殿上へ上がることができるのだった。
* * *
「こちらへどうぞ」
ゴローとサナが殿上に上がると、白い単に白い袴を穿いた狐獣人の女官が席に案内してくれた。
板の間の上に折りたたみ式の椅子のようなもの……床几が置かれており、向かって右側に来賓が座るようになっているようだ。
ゴローとサナは一番下座と思われる、入口近くの席であった。
そこから奥に向かってまだいくつも空席があるが、そこはおそらくルーペス王国からの来賓の席なのだろう、とゴローは想像したのである。
正面には祭壇があり、祭礼のハイライトがここで行われ、それを拝謁する栄誉を与えられたんだろうなあ、とゴローは想像していたのである。
そして5分ほどすると、思ったとおりに王子王女、モーガンらがやってきた。
来賓側の一番の上座にはローザンヌ王女が、次席にクリフォード王子が、そしてモーガンの順に座っており、モーガンの隣がゴロー、そしてサナという順であった。
不意に音楽が奏でられる。
あまり聞き覚えのない旋律と楽器だが、不思議とここの雰囲気に合うな、とゴローが思っていると、宮殿西側の扉が開き、ジャンガル王国の王族が現れた。
下座に座る者が先頭だが、それぞれに白い単に白い袴を身に着けた女官に伴われている。
彼らは正面に向かって西側の床几に座っていく。
一番下座がリラータ姫、順に少年狐獣人、やや年配に見える女性の狐獣人の順であった。
少年と年配の狐獣人は女王そっくりの銀色の毛並みだった。
それで席は埋まる。王族は3人だけのようだ。
そして演奏される音楽が変わった。
「女王陛下、ご入室!」
声が響き、女王ゾラが姿を表した。
(おお……)
〈ゴロー、そればっかり〉
サナから念話が届いた。
〈そうは言ってもな、珍しいものばかりなんで驚くだろ〉
〈うん、それはわかるけど〉
〈……なんかさ、俺の『謎知識』まで感心しているみたいだからさ〉
〈謎知識が感心?〉
〈うん〉
〈……どういうこと? 『謎知識』って人格があるの?〉
〈いや、どういったらいいのかな……『謎知識』も確かに俺なんだけどさ、別の俺というか……〉
〈ゴロー、二重人格?〉
〈いや、それとも違うと思う〉
〈……ややこしい〉
〈だよな。……『ハカセ』が聞いたら、喜々として研究始めそうだ〉
〈そうかも〉
そんな念話を交わしていると、女王ゾラは正面に飾られている祭壇の前へと歩いていくのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月16日(木)14:00の予定です。
20200712 修正
(誤)男の狐獣人は、律儀な正確なのか、ゴローが勧めても座らず、立っていた。
(正)男の狐獣人は、律儀な性格なのか、ゴローが勧めても座らず、立っていた。
(誤)サナとエアの草履は茜色の鼻緒だった。
(正)サナとネアの草履は茜色の鼻緒だった。
(誤)ネアから念話が届いた。
(正)サナから念話が届いた。




