01-02 シェルターの夜
3人パーティーのリーダーらしき老人『アルトール』から名前を聞かれたので、
「俺はゴロー、こっちは姉のサナです」
と答えるゴロー。
「ほう、ゴロー君とサナさんか。……『探索者』ではなさそうだな。行商人かい?」
「『探索者』ってなんですか?」
聞き慣れない単語に、ゴローは聞き返した。
「探索者を知らんか。……まあつまりは、依頼を受けていろいろなものを探したり調べたりする職業だな」
「……ギルドとか、組合みたいなものがあるんですか?」
「あるぞ。『組合』というんだ」
「そこから依頼を受けるわけですか?」
「うむ、なんだ、知っているのか?」
「いえ、聞きかじっただけです」
またしても、なんとなくそうした情報が頭に浮かんだだけのゴローである。
「ここへは、鉱石を探す依頼でやってきたのだ。……君たちはどこから来たね?」
「俺たちはカーン村の方から来ました」
答えながらゴローは、なんとなく詐欺の言い草みたいだな、と思っていたりする。
「ほう、カーン村か。とすると、君らは行商人かな?」
「え? ……そ、そうです。見習い、ですが」
ゴローはここで、勝手に解釈してくれた『行商人見習い』を名乗ることにする。
「……とすると、『トロナ』という鉱石を知っているかな?」
「知っています。カーン村の南で採れますね」
「おお、やはりか」
『トロナ』はまた、『重炭酸ソーダ石』とも言い、炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムからできている。
つまり天然の『セスキ』であり、アルカリ洗剤として使われているのだ。
ただ、アルカリ性が強めなので、手荒れには要注意である。
おそらく洗剤用途での採取もしくは鉱床発見依頼だろうと、ゴローは当たりを付けた。
「でも、そこの鉱床は多分カーン村の財源になっていると思いますよ?」
老婆心混じりでゴローがそう言うと、アルトールは笑った。
「そういうことがあるのは承知の上だ。だから我々は、未発見の鉱床を探しに来ているのだからな」
「そういうことでしたか」
それで土魔法の得意なダークエルフが同行しているのかな、とゴローは納得した。
「もう一つ聞かせてくれ。その『トロナ』が採れるのはどのあたりかな?」
アルトールは懐から羊皮紙を取り出し、広げた。
それは地図であった。それも、かなり詳細な。
「ここがカーン村、こっちが現在地だ」
「詳しいですね」
縮尺はおそらく滅茶苦茶で、地図上の距離も不正確であろうが、地形上の目印の位置関係は正確だった。
「カーン村からここまでは4日か5日くらいだろうか?」
「そうですね。僕らは2……5日かかりました」
夜間も歩けるゴローたちだから2日でたどり着けたのであって、普通の人間ならその倍以上掛かるだろうとすんでの所で思い至って日数を捏造したゴロー。
「ふむ、だとすると、この山脈からの鉱脈はこう走っているはずだから……よし」
アルトールは何やら考え、1人で納得した。
「ありがとう。参考になった。……君たちは何か聞きたいことはあるかな?」
「え、別に……」
とゴローが言いかけると、アルトールはそれを遮って、
「いや、遠慮は損慮ともいうぞ。……こうして旅の途中で出会った者たちは『情報交換』を行うことで、お互いに助け合っているのだ。言わばマナーのようなものだな」
「マナー、ですか」
アルトールは笑いながら頷いた。
「そうとも。つまり、君に何も教えないでいると、我々はマナー違反になるわけだ」
「そんな大袈裟な……」
「はは、罰則があるわけではないからな。だが、それくらいみんな気にするのだよ」
そこまで言われては、ゴローとしても質問するのにやぶさかではない。
「ええと、この街道を南に行った場合、商売になるような町はどこになりますか?」
今回が初めての遠征なので、とゴローは付け足した。
「ふむ、そうなのか。……そうだろうな」
初めての遠征、というところを聞いて、アルトールは納得したように頷いた。
「ここから南へ進んでいけば、町が幾つも出てくる。が、賑やかで商売に向いた町なら……ずっと南にある『シクトマ』という大きな町かな」
「シクトマ、ですか」
「そこは南下する街道と東西に延びる街道の交差点だからな。そこそこ賑わうわけだ」
「わかりました。ありがとうございます」
「うむ。休んでいるところ、邪魔したな。では」
アルトールはゴローに一言掛け、エルフ・ダークエルフの下へ戻っていった。
〈シクトマ、ってところに行くの?〉
〈うん、そうだな。まずは行ってみて、住み良さそうだったらしばらくはそこを拠点にしてもいいんじゃないかと思う。他に何か案はあるかい?〉
〈特に、ない。ゴローがそう決めたなら、それでいい〉
〈うん〉
念話でそういう会話が交わされ、2人は『寝たふり』をすべく、荷物から毛布を取り出して身に纏い、壁にもたれて目を閉じたのであった。
* * *
(ねえ、あの2人って、いったいなんなの?)
ゴローとサナが眠った(らしい)ことを確認したあと、アルトール、エルフ少女、ダークエルフ美女の3人は小声で会話を開始した。
(ちょっとお人好しすぎるな。行商人見習いと言っていたが、真相はわからん)
(ちょっと軽装だな)
ダークエルフ美女は男言葉で喋っている。
アルトールはまた、ゴローとサナを評して曰く。
(うむ。だが、まあ許容範囲だ。カーン村は僻地中の僻地だ。そこで暮らしていたなら、いわゆるサババル能力も高くなるだろう)
(サバイバル、だよ)
エルフ少女が突っ込みを入れた。
(そ、そうだな。サバイバル能力、だ)
(そんなことより、私たちの、知りたかった情報は?)
(トロナ鉱石のことは多少聞くことができた)
(そう。それならば、いい)
(洗剤として人気が出てくれば、これから需要が高まるとアイラが判断したんだろう?)
(そう。水で洗うよりも、ずっと綺麗になる。とくに脂汚れが)
(なら問題なしだ。……最悪、カーン村で買い付ける手もあるさ)
(その場合は利益が減るけど)
(それは仕方ないな)
* * *
なるほど、やっぱりトロナ鉱石が洗剤に使えることを知って、探しに来たというわけか、とゴローは理解した。
(確か、ウールやシルクも、長時間漬け込まなければセスキで洗えたはずだしな)
と考え、またしてもその知識の出所に悩むゴロー。
そして、真夜中。
ゴローはむくりと起き上がり、そっとシェルターの外に出た。
もう雨は上がり、雲の切れ間から星が瞬いているのが見えた。
ところで、シェルターの中には、水道、風呂、トイレなどはない。
全て自分たちでなんとかすることになっているのだ。特にトイレは、めったやたらな場所で出すわけにはいかないので、ある程度その場所は決まっている。
が、ゴローやサナには無縁の行為ではある。
では、なぜ外に出てきたのかというと。
「……静かにしていろよ」
闇の中に光る6つの目に、ゴローは話し掛ける。まあ、魔獣に言葉が通じるとは思っていないので、気分的なものだ。
「このまま逃げれば、何もしない」
そう呟いて、シールドしていた魔力をほんの少しだけ解放して、6つの目にぶち当てた。
「…………!!」
6つの目は、いきなり浴びせられた高濃度の魔力に驚き、一目散に逃げ出した。
(垂れ流した魔力だと魔獣を呼び寄せてしまうけど、こうしてぶつけると追っ払うことができるんだよな)
「とにかく、これで静かに夜を送れるな」
ゴローはシェルター周囲をぐるっと一回りして戻ろうとして……。
「あ」
「あ」
トイレに起きたエルフ少女と鉢合わせした。彼女はズボンを慌てて引き上げ、
「へんたい」
一言そう言うと、身を翻してシェルターに戻っていったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
20190707 修正
(誤)ところで、シェルターの中には、水道、風呂、トイレはどはない。
(正)ところで、シェルターの中には、水道、風呂、トイレなどはない。