04-37 旅行11日目 その2
サナとゴロー、そしてネアの3人は『祭礼』で賑わう広場に出された露店巡りを行っている。
「ゴロー、今度は、あれ」
「ん?」
「……あ、『リンゴ飴』ですね! 美味しいんですよね!」
「……買うか」
「うん」
『リンゴ飴』はその名のとおり、リンゴの周りに水飴をまとわせた菓子である。
たいていの飴は赤く色を付けてあるので食べると口の周りが赤くなる。
が、ここのリンゴ飴は着色料を使っていないらしく、やや飴色を帯びた透明だったので、中のリンゴがよく見えている。
そのリンゴ飴を、サナが見つけ、ネアが説明し、ゴローが買ってきた。
「甘い」
「そりゃ飴だからな。……ネア、中のリンゴはどういう種類なのか知ってるかい?」
「はい。『山リンゴ』といいまして、小粒な種類です。その名のとおり、昔は山に多かったらしいですが、今は普通に栽培されていますし、品種改良されて甘くなってます」
「なるほど」
齧ってみると、飴の甘さとは違う甘さと、ほのかな酸味、それにリンゴ特有の香りが口の中に広がった。
「美味いな」
ゴローが主張することだが、砂糖と果物の組み合わせの場合、果物側が担当すべきなのは『酸味』と『香り』である。
甘さに関しては砂糖が担えばよく、それと対比される果物の酸味とのバランスが大事だと思っているわけだ。
そして香り。これはその果物固有の香りを生かせればそれでいい。
「ゴロー、口の周りがベトベトする」
「そりゃあな……」
リンゴ飴を食べれば、どうしても口の周りに飴が付着することは避けられない。
ゴローはハンドタオルを出し、
『『水』『しずく』……これでよし』
水属性魔法で出した水で濡らすと、サナに手渡した。
「ほれ」
「ありがとう」
魔法で出した水なので、すぐに霧散してしまうが、拭き取る間くらいは持つのでちょうどいい具合の濡れタオルになるのだ。
そして、自分もまた別のハンドタオルを濡らして口の周りを拭くゴローであった。
ちなみに、ネアはちゃんと自前のハンカチを持参していた。
* * *
「あと縁日といえば……焼きそばにフランクフルト、焼きとうもろこしにチョコバナナかな……」
「それ、美味しいの?」
ゴローが『謎知識』に教えられた食べ物をひとりごちると、それを聞きつけたサナが質問してきた。
「縁日定番……らしいからな。……ネア、どうなんだ?」
ゴローはネアに振ってみた。ネアにも聞こえていたはずだからだ。
「ええと、最後の『ちょこばなな』というのがわかりませんが、ほかは全部ありますよ? あ、ただのバナナもありますけど」
「そっか」
おそらく『けもなー』が頑張った結果なのだろうとゴローは推測する。
だが、カカオ豆が見つからなかったか、それともチョコレートの作り方を知らなかったのか、とにかくチョコはこの国にはないようだった。
「あ、あとは『丸玉焼き』がありますよ」
「何だって?」
「『丸玉焼き』です。ほら、あれですよ」
ネアが指差した先にあった店を見て、ゴローは、
「……たこ焼き?」
と呟いた。
「はい?」
「あ、いや、あの丸いやつ、『謎知識』では『たこ焼き』となってたんだ」
「あれは『丸玉焼き』ですね」
「どうやって作ってる?」
「ええと、小麦粉を水で練って、半球型の鉄板に流し込んで焼いて……」
「……ひっくり返すんだな?」
「は、はい」
材料も作りかたも『たこ焼き』ではあるが、多分タコが手に入らなかったんだろうなあ……とゴローは想像した。
しかも、卵やだし汁も使っていない、最もシンプルなレシピである。
(青のりも鰹節もなしか……仕方ないよな)
一言二言助言を言いたかったが、ここで口を出すとこの後露店を見て回れなくなりそうな予感がしたので、ゴローは口を噤んだのであった。
その代わりにあとで改良レシピを書いておこう、と心にメモしたのである。
* * *
時刻もお昼を回った。
ゴローたちも散々食べ歩いて、サナはともかくネアが『もう食べられません』という状態になってしまう。
それで一休みすべく、賑わう広場を離れ、静かな一画へと向かった。
「ああ、涼しいな」
ネアに案内されてやって来たのは庭園風の公園。大きな池があって、その周りを遊歩道が巡っている。
そこかしこに四阿が建てられており、日を避けながら休憩ができる。
そんな四阿の1つでゴローたちは休憩していた。
「いやあ、盛況だね」
「でしょう? 祭礼は毎年盛り上がりますが、今年はルーペス王国から王族が見えられているのでさらに賑やかですよ」
「やっぱりそうなるよな」
「はい。今のルーペス王国は、かつてなかったほどうちの国に友好的ですから」
「へえ、そうなんだ」
ネアによれば、ジャンガル王国はどちらかというと孤高な国だったらしい。
もちろん鎖国している、というわけではないが、周辺の国々との付き合いは最小限にとどめていたという。
「ですが、今の女王様が周辺諸国に働きかけ、積極的に外交を行うようになりまして」
「ゾラ女王陛下が?」
「はい。その甲斐ありまして、ルーペス王国との貿易が盛んになりました」
もちろん、ルーペス王国の現国王陛下の方針が『融和』だったことも大きい、とネアは言った。
「詳しいな」
「まあ、王族とご縁ができてしまいましたから、少しは勉強しないと」
「そりゃあそうだな」
従姉であるリラータ姫の付き人をやるには礼儀作法や教養も相当必要だったろう、とゴローはネアの苦労を少し察したのである。
* * *
ゴローはふと池を見つめる。
池の水面を渡ってくる風が心地よかった。
湿度が低いので、日陰に入ると涼しい。
耐熱耐寒に優れる『人造生命』の身体ではあるが、『心地よい』という気温はもちろんある。
今がそれだ。
「さて、のんびりしているのもいいが、そろそろ迎賓館に戻ろうか」
「ああ、そうですね」
どういう原理なのか、公園内にも時計塔のようなものがあって現在時刻を知ることが出来る。
それによれば時刻は午後2時半。
待ち合わせ時刻は午後4時なのであと1時間半ほどだ。
公園から第2迎賓館までは歩いて30分くらいか。
祭礼に出席するというなら、できれば一旦体を洗って着替えておきたいので、時間としてはちょうどいいだろうとゴローは判断したのであった。
* * *
「ふう……」
汗……はかかないが、なんだかんだ言って身体が埃っぽくなっていたので、入浴するとさっぱりする。
風呂から上がったゴローは着替えようとして……。
「あれ、この服は?」
脱衣所に見慣れない服が置かれているのに気が付いた。
「それは祭礼用の礼服でございます」
「え?」
声の方を見ると、白い着物に青い袴を履いた狐の獣人が立っていた。
「お戻りがお早かったので、こちらに用意させていただきました」
本来……というか、予定では宮殿に向かう馬車の中で着替えてもらうつもりだった、とその狐獣人は言った。
「ですが沐浴なさっていらっしゃるということで、こちらにご用意させていただきました」
「わかりました」
ゴローはその着物を手に取った。『謎知識』により、着方はわかった。
まずは白い着物に袖を通したのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月12日(日)14:00の予定です。
20200709 修正
(誤)「はい。今のルーペス王国は、かつてなかったほどうちの国に有効的ですから」
(正)「はい。今のルーペス王国は、かつてなかったほどうちの国に友好的ですから」
(旧)従姉であるリラータ姫の付き人をやるには礼儀作法も必要だったろう、とゴローはネアの苦労を少し察したのである。
(新)従姉であるリラータ姫の付き人をやるには礼儀作法や教養も相当必要だったろう、とゴローはネアの苦労を少し察したのである。