04-36 旅行11日目 その1
明けてこの日は『祭礼』の日である。
ゴローは第2迎賓館の厨房で『ちらし寿司』を作っていた。
もちろん1人ではなく、3人の料理人と一緒に、である。
この場所が選ばれたのは、ゴローが前日に下ごしらえをした食材があることと、大量に作るために十分な広さがあることからだ。
3人は女王ゾラが送り込んできた宮廷料理人で、この機会に『ちらし寿司』の作り方をマスターさせる目的がある。
レンコンとシイタケは前日のうちに下ごしらえをしておいたので、その分を除き、実演しながら教えることができた。
「……と、まあこうやるわけです」
3人共さすが宮廷料理人らしく、筋がよかったので1度で手順を覚えてくれたようだ。
「ゴロー様、ありがとうございます」
「ありがとうございました、ゴロー様」
「勉強になりました」
続いて彼らは『いなり寿司』と『焼きおにぎり』の準備に取り掛かった。
この2つは今回の祭礼のメインの食事……ということになっているので、ここ第2迎賓館だけでなく、あちらこちらの厨房で作られているはずだ。
『ちらし寿司』はその見た目も華やかなので、メイン中のメインということらしい。
要は王族や来賓が口にするわけだ。
* * *
厨房から出て来るゴローを、サナが待ち構えていた。
「ゴロー、終わったの?」
「ああ、終わった」
午前9時、ゴローは『ちらし寿司』の作り方を教える役から解放され、賓客に戻った。
つまり祭礼を執り行う側から楽しむ側になったわけだ。
「なら、一緒に回ろう? ネアが案内してくれるから」
「いいともさ」
そういうことになった。
* * *
『祭礼』とはいえ、着飾ることなく普段着でいいというので、ゴローとサナはいつもどおりの格好……ただし、洗いたてで汚れていないもの……に着替えた。
ネアはといえば、浴衣に似た民族衣装らしき着物を着ている。
腰の下のところから尻尾が出るようになっており、意外と着心地はよさそうな感じに見えた。
(なんというか、このジャンガル王国って、和洋折衷なんだよな……)
『謎知識』が教えてくれた『和洋折衷』という単語を頭の中で反芻しながら、ゴローは第2迎賓館の玄関へと歩いていった。
そこには見覚えのない侍女らしき人が待っていて、ゴローに話しかけてきた。
「ゴロー様、サナ様、『祭礼』の一番重要な儀式は夜です。お聞きですか?」
「一応聞いているよ」
「わかりました。それでは夕方の4時頃、お迎えに上がります。それまではお好きなようにお過ごしください。ネアさん、頼みましたよ」
「わかった」
「承りました」
その侍女が帰っていった後、ネアがゴローに尋ねた。
「あの、ティルダさんはどうしましょうか?」
これでもゴローとサナはジャンガル王国王族であるリラータ姫に招待されてやって来たのだから、その国の大事な行事に出席したほうがいいに決まっている。
その一方で、ゴローとサナが友人枠で連れてきたティルダはそこまでの義務はない。
ミユウのところにも『祭礼』の話は伝わっているだろうから、見物するのは自由だ。
「うん。ティルダはミユウさんのところだから多分来ないけど、俺とサナは出ないわけにいかないしな」
「それでよろしいのですか?」
「うーん……一応聞きに行ってみるか」
「そうしましょう」
勝手にティルダの予定を決めつけるのもまずいので、この後声を掛けることにしたのであった。
* * *
「うーんと、できれば師匠に教わっていたいです」
塗師のミユウを訪れ、ティルダに聞いてみると、ほぼ予想どおりの答えが返ってきた。
「漆塗りって奥が深くて、とても興味深いのです」
「わかった。それじゃあティルダは好きにしていていいよ。祭礼に出るのは俺とサナで十分だから」
「すみませんです」
そういうわけで、今度こそゴローとサナ、そして案内のネアは町へ繰り出した。
町中にはあちらこちら露店が出ており、軽食をはじめいろいろなものを商っている。
「ゴロー、何か食べよう?」
「まあ、そうだな」
もうお昼どきだし、お祭りなのだから、ということで買い食いもまた楽しみの1つ。
「お、『わたあめ』発見」
「わたあめ?」
「ゴローさん、ご存知なのですか?」
「ああ、一応『謎知識』のおかげで」
「『天啓』ってすごいですね……」
ゴロー自身は『天啓』というより『謎知識』という方がしっくり来るのだが、ネアの言葉を訂正するほど拘っているわけではない。
ところで、ゴローの記憶にわたあめを食べた覚えはない。だが甘いからサナも気に入るだろうと、3人分買ってきた。
「ほい」
「うん」
「ありがとうございます」
短いやり取りの後、それぞれわたあめにかぶりつく。
「うん、甘い。わたあめだ」
「……甘い……美味しい……」
「お祭りといえばまずわたあめですよね」
ゴローは『久しぶり』に食べるわたあめの味を『懐かしく』思い、サナは思った以上に甘かったので顔をほころばせていた。
そしてネアは何度か食べたことがあるらしく、美味しそうにわたあめにむしゃぶりついていたのである。
「どうやって、作るの?」
「わたあめを、か?」
「うん」
「ええとな、確か小さな穴を空けた鍋に砂糖を入れて熱し、回転させるんだ」
すると、熱で溶けた砂糖が遠心力で鍋の穴から飛び出し、冷やされて糸状になる。
小さな鍋と言ったが、それこそ直径10セル以下のものでいい。
実際に露店で使われている器具の加熱部は直径8セルくらいであった。
(ピース缶みたいだな……)
『謎知識』がそう教えてくれたのだが、ゴローにはピース缶が何かわからなかった。
すると。
(ええと、缶に入った両切りの紙巻タバコ……?)
タバコって何だ?
すると。
(タバコという植物の葉を乾燥させて細かく刻み、紙を巻いて火を付け、その煙を吸って味わう……? 煙いだけじゃないのか……?)
この世界にタバコというものは存在しないのであった。
そんなゴローの物思いはネアの声で中断された。
「やっぱりゴローさんって凄いですねえ。それも『天啓』ですよね?」
「ああ、そういうことだ」
ここでまた、サナが何かを見つけたようだった。
「ね、ゴロー、あれ、食べたい」
「……え? どれだ?」
「あれ」
サナが指差す先にあったのはかき氷。
魔法で水を凍らせ、それを削ってシロップを掛けたものらしい。
「よっしゃ」
ゴローはかき氷を3つ買ってくる。
シロップは着色されておらず、いわゆる『スイ』だけのようだ。
これに香料か果汁を混ぜて色もつければもっと売れるだろうにな……などと考えながらかき氷を食べるゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月9日(木)14:00の予定です。
20200711 修正
(誤)(タバコという植物の葉を乾燥させて細かく刻み、紙に巻いて火を付け、
(正)(タバコという植物の葉を乾燥させて細かく刻み、紙を巻いて火を付け、
20200905 修正
(誤)「ええとな、確か回転する小さな穴を空けた鍋に砂糖を入れて熱し、回転させるんだ」
(正)「ええとな、確か小さな穴を空けた鍋に砂糖を入れて熱し、回転させるんだ」