04-35 旅行10日目 その3
第2迎賓館に帰り着いたゴローを出迎えたのはサナとネア。
サナは『念話』でゴローから知らせを受けていたのでちょうどいいタイミングでネアを誘って玄関ホールに迎えに出た……のだったが。
「ひっ……ゴ、ゴローさん、その格好は!?」
玄関ホールでネアが息を呑んだ。
というのも、ゴローの姿がボロボロだったからだ。
特にズボンが。
シャツもあちこち切れたり破けたり汚れたりしている。木の枝に引っ掛かったり虫にぶつかったりしたためだ。
靴もひどい。
いやひどいを通り越し、靴底というものが存在していない。単に足の甲に被さっているだけで、ゴローは裸足で走っていたわけだ。
『強化』を掛けていたゴローは気が付かなかったのである。
〈ゴロー、こっちで買った服を着ていったせい〉
サナからの念話が届いた。
〈普通の服や靴だと、長時間の『強化』には耐えられない〉
〈あー、そうか……〉
『ハカセ』のところで暮らしていた時は『ハカセ』謹製の強化繊維の服を着て、魔獣の革で作った靴を履いていたので、激しく動こうが少々石がぶつかろうが魔獣とやり合おうがほとんど傷まなかったのである。
〈早く着替えるべき〉
〈う、うん〉
この迎賓館は土足厳禁である。
玄関で足を拭こうと足を上げるゴロー。その動きに、限界を迎えていたズボンがはらりと落ちた。
「き、きゃああああああああああああ!」
そして玄関ホールにネアの悲鳴が響き渡ったのであった。
* * *
「……ふう」
ゴローは温泉に浸かっていた。
服が破れただけでなく、身体もあちこち汚れていたし、レンコンを掘り上げた時の泥もついていたので、そのまま座敷に上がることはせず、風呂場に直行させられたのだ。
もちろん湯船に浸かる前にきっちりと汚れは落としている。
「あー、気持ちがいい」
肉体的に疲れたわけではないが、『強化』状態で長時間疾走すると精神的に疲れるのだ。
なので、温泉でくつろぐこの時間は、ゴローとしても有り難かったのである。
「ゴロー様、お着替えはこちらに置いていきます」
「あ、ああ、ありがとう」
迎賓館の使用人が脱衣所に着替えを置いていってくれた。
先程までゴローが着ていた服はほとんど使い物にならなくなっていたから。
「……気を付けないとな。それにしても、こっちの人たちは似たようなシチュエーションではどうしているんだろう?」
ジャンガル王国、というか獣人たちは『神足通』と呼んでいるようだが、そういう人たちは服や靴の消耗にどう対処しているのだろうか、とゴローは浴槽の中で考えていた。
〈ゴロー、そろそろ出たほうがいい。夕食の時間〉
〈あ、もうそんな時間か。わかったよ〉
サナからの『念話』でゴローは温泉から上がることにした。
上がり湯を掛け、身体を拭いて、用意された服を着る。
「お、なんか『甚平』みたいだな」
『謎知識』から用意された着物の名前を教えてもらったりしながら、ゴローは手早く甚平を着たのである。
着方も『謎知識』が教えてくれたので大丈夫だった。
前の袷が逆になっていることもなく、ゴローはその格好で食堂へ。
* * *
「……意外と、似合う」
「ゴローさん、似合ってます」
食堂で待っていたサナとネアに甚平姿を褒められてしまった。
「着こなしてますねー。すごいです」
「……それも『謎知識』?」
「うん」
サナは『天啓』と言わず『謎知識』と呼んでくれている。
「涼しそう。……着心地は?」
「悪くない。涼しいしな」
「……私も着てみたい」
「うーん、女物の甚平ってあるんだろうか?」
そんなゴローの疑問には、ネアがあっさりと答えてくれた。
「ありますよ? 女性向けは柄物になってます」
ちなみに男性向けは茶色か紺色が定番だそうだ。
「夕食後にご用意しますね」
「うん」
そんな会話をしていたら食事が運ばれてきた。
「……うわあ」
部屋でではなく食堂で、というのがよく分かる献立だった。
なかなか豪華で、大きなテーブルいっぱいに並べられていく。
まるで『懐石料理』だな、とゴローは感じていた。もちろん『謎知識』からの受け売りである。
鯉らしき魚の洗い、川エビの鬼殻焼き、アーユ(鮎)の塩焼き、サヤエンドウとカロットとムライモ(里芋)の煮物、冷奴、キュウリの漬物。
それになんと野菜の天ぷらが。
「サーク村で作ったからな……」
「ええ、姫様が料理人に伝えたのですよ」
「へえ」
確かにリラータ姫は、サーク村でゴローが天ぷらを揚げるところを熱心に見ていた。
それだけでここまで作り方を伝えられるというのは大したものである。
そして……なぜかいなり寿司が付いていた。
「練習も兼ねているんです。で、元祖であるゴローさんに評価していただければということみたいです」
「ふうん」
美味しいものが食べられるならゴローも文句はない。
『いただきます』を言って、早速食べ始める。
まずはいなり寿司を1つ、口に運んだ。
「うん、美味い。味付けも酢飯もちょうどいい」
「美味しい」
「ゴローさんとサナさんにそう言っていただければ安心ですね」
そして他の料理もまた、絶品であった。
獣人は特に嗅覚が優れているため、料理人に向いているのかもしれない、とゴローは思ったのである。
* * *
数々の料理を堪能した後、ネアがゴローとサナに告げる。
「今夜はデザートもでますよ」
「へえ?」
「ほら、来ました」
「……あ、甘い香り」
運ばれてきたのはメロンだった。マスクメロンではなくプリンスメロンに似ている。
程よく熟しているようで、メロン特有の甘い香りが漂ってくる。
「マクワメロンですね」
「……へえ」
マクワウリ、という瓜が、過去日本では食べられていた。やや細長く、縦縞のある瓜である。
それがより甘い西洋種の瓜であるメロンに取って代わられて久しい。
そんな混用した名前を聞いたゴローは、なんとなく変な気分だった。
「……美味しい」
そんな物思いは、サナの言葉で中断される。
「ゴロー、これ、美味しい」
「……本当だな」
ゴローもマクワメロンを食べ、その甘さに舌鼓を打った。
「果物は美味しいんですよ」
ネアが自慢気に言う。
確かにファリサ村で食べたバナナやマンゴーはそこそこ美味しかったなあ、と思い出したゴローであった。
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次回更新は7月5日(日)14:00の予定です。