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04-32 旅行9日目 王都巡り 5

 夕暮れの空の下、迎賓館への帰り道。

 ネアの弟妹であるナルとリコに魔獣の説明をしてやったゴローだが、正直、ちゃんと理解してくれたか怪しいな、と思っていた。

 ゴロー自身、小さな子供にこうした内容をうまく説明できたという自信がない。


「大丈夫、あの子たちは肝心なところはわかってくれている」

「だといいな」


 そんな会話をしながら、ゴローとサナは迎賓館へと帰ったのだった。

 ちなみにネアは弟妹にまとわりつかれ、夕食だけ食べていくことになっていた。

 ネア本人は2人の世話係なのだから一緒に戻る、と言ったのだが、ゴローが気を使ってこの計らいとなったのである。


*   *   *


 迎賓館に到着したゴローがまっさきに行ったのは干しシイタケを戻すことである。


 まず水でさっと洗って埃やゴミを落とし、水に漬け込んでおくのだ。

 水を含んで戻るまでにおよそ4時間くらい掛かるので、真っ先に行ったわけである。

 そこまで行ってはじめて、ゴローは入浴して埃を落としたのである。


「ゴロー、忙しい?」

「うーん、そうでもないんだが、下拵えというものをきちんとやっておくと、本番の時に楽だし、味もよくなるんだよ」

「ふうん……錬金術の実験と同じ?」

「あ、そうそう。料理は実験だ、と誰かが言っていた気もするし」


 この言葉に、サナも興味を持ったらしい。


「料理は実験……面白い、言葉」

「だろ? まあ、実験と同じく、容量や割合をきちんと守って作る必要がある、というくらいの意味かな」

「うん、わかる」


 ゴローの説明に、サナも納得がいったようだった。


「ところで、ごはんだって」

「ああ、もうそんな時間か」


 まだしておきたい下拵えはあるが、今すぐでなくてもいいので、サナに従って夕食を食べに行くことにしたゴローであった。


*   *   *


 夕食は先日同様、なかなかの味わいであった。


 夕食を終えたゴローは、考えている料理のための下拵えを再開する。

 食材はレンコンだ。


 レンコンは空気に触れると黒くなるので、皮を剥いたら水に漬け、さらに切ったらすぐに5分から10分くらい水にさらすとよい。

 さらしている間に、甘酢を用意する。


「昆布出汁がとれないのが残念だなあ」


 本来なら昆布出汁、酢、塩、砂糖で作るのだが、昆布出汁が手に入らないので我慢しようとゴローは思ったのだが、ふと水で戻しているシイタケが目に入った。


「あ、シイタケの出汁が使えるかも」


 シイタケの軸の先端、つまり『石づき』と呼ばれる部分は切り落として使う。その部分を捨てずに水で煮て濾せばシイタケの出汁が取れるわけだ。

 ここに、砂糖と塩を混ぜ、溶けたら酢を加える。


「どれどれ……うん、これならまあまあかな?」


 出来上がった甘酢の味見をしてみるゴロー。

 シイタケなので昆布よりも癖があるが、どのみち混ぜて使うので、出汁がないよりずっと味がよくなったことに今は満足しておくことにするゴローだった。


 そんな甘酢ができたので、レンコンを茹でることにする。

 今回は3ミル(mm)くらいの厚みに輪切りにし、さらに半分にして半月切りとした。

 それをひとつまみの塩を入れたお湯で茹でる。時間は3〜4分。

 茹ですぎると歯ごたえがなくなるので、確認は必要だ。


 茹で上がったレンコンはザルで水気を切った後、ぱらぱらっと塩を振り、粗熱あらねつを取る(つまり冷ます)。

 冷めたら先程の甘酢に漬け込んでおけば、翌朝には甘酢漬けが出来上がる。


 そうこうしているうちに、シイタケを水に漬けて戻し始めてから4時間が過ぎた。


「よし、これならいいな」


 十分に戻ったことを確認したゴローは、既に軸を取ってしまったシイタケを鍋に入れた。

 戻し汁は目の細かいザルを使ってゴミを濾し取り、鍋に入れる。出汁が出ているので捨てるなんてとんでもない。


「砂糖に醤油、みりんがないから酒をちょっと入れて……っと」


 さすがの『けもなー』も、みりんの製法は伝えなかったみたいだな、と思いながらゴローはシイタケを煮ていった。

 浮いてくるアクを時々すくい取り、アクが出なくなったところで火を弱めて蓋をし、煮詰めていく。

 このとき、『落し蓋』をしておかないとシイタケが浮いてしまって煮汁が染み込まないので要注意だ。


「よしよし、いい感じだ」


 煮詰まって煮汁が減ってきたら、鍋を振ってシイタケに煮汁が絡むよう心掛ける。

 煮汁がほとんどなくなったら終了だ。

 鍋を火から下ろし、冷ませばよい。


「これでよし。あとは明日だ」

「もう終わり?」


 ゴローが調理している様を興味深そうに見ていたサナが言った。


「ああ。もう今日は遅いからな」


 いつの間にか時刻は午後10時近くなっていた。

 ゴローやサナは寝なくとも大丈夫だが、やはり傍目があるのでそうもいかない。

 であるから2人は部屋に戻ることにした。


「シイタケとレンコンは大丈夫?」


 サナが心配そうに尋ねた。


蝿帳はいちょうを被せてきたから大丈夫だろう」


 蝿帳はいちょう(はえちょう、とも)は食事や料理を一時的に保存するための道具である。

 『蚊帳かや』と似た思想の産物で、主にハエから料理を守るためのものだ。

 その形状は4本骨の傘、といった感じだろうか。

 もっとも、柄にあたる部分はないので、形状は傘より笠に近いかもしれない。

 要するに虫が入り込めない程度の細かさの布を貼った被せものである。


「本番は明日だ」

「うん、わかった。楽しみにしてる」


 そして時刻も遅くなったので、それぞれの寝室へ。

 とはいえゴローとサナは眠る必要がない。

 なので『念話』で会話をしていた。


〈今作ろうとしている料理って、なに?〉

〈明日のお楽しみ……って言いたいけど、念話し続けていたらわかってしまうかな?〉

〈うん。その気になれば〉

〈ちらし寿司、って言って、寿司の一種だよ〉

〈寿司……いなり寿司、の仲間?〉

〈そうそう。ちらし寿司はいろいろな具を『散らす』からちらし寿司、って言うのかな〉

〈……なるほど、ということは複雑な味わい、ということ〉

〈そうなるだろうな〉

〈なら、いい。楽しみに、してる〉

〈うん〉


 食べ物の話の次は、ティルダの話になった。


〈ティルダ、もう寝たかな〉

〈うん、多分〉

〈俺としては漆塗りに興味を持つとは思わなかった〉

〈漆……不思議な技法〉

〈そうかもな。でもいろいろ応用ができるんだぞ〉

〈……ゴローの『謎知識』も不思議〉

〈まあ俺自身も不思議に思っているよ。『天啓』かもしれないって言われたけど、天から降ってくるんじゃなく、俺の中から出てきている気がするんだよな〉


 天から、というのも比喩ではあることはわかっているが、ゴローとしては外から情報がもたらされるのではなく、あくまでも自分の中……そう『スピリット』もしくは『(スピリチュアル体)』の中から出てきている気がして仕方がないのであった。


〈ゴローの前世……がそういう知識を持っていた、うん、ありえる〉


 さすがの『ハカセ』……リリシア・ダングローブ・エリーセン・ゴブロスといえども、彼女の『人造生命(ホムンクルス)』に自我をもたらした『(スピリチュアル体)』の由来までは掴めていないのであった。


〈まあ、それはいいんだ。別に前世が知りたいわけじゃなし〉

〈うん、それが賢明。知ってもどうなるものでもない〉

〈だよな〉


 そんな念話を交わしながら、夜は更けていくのだった。

 お読みいただきありがとうございます。


 次回更新は6月25日(木)14:00の予定ですが、ちょっといろいろあって28日(日)になるかもしれません……。


 20200621 修正

(誤)〈まあ俺自信も不思議に思っているよ。

(正)〈まあ俺自身も不思議に思っているよ。

(誤)〈うん、それが賢明。知ってもどうなるものでもない〉

(正)〈うん、それが懸命。知ってもどうなるものでもない〉

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[一言] ちらし寿司ならチョイと寿司だろう〜(JASRAC対策w) ちらし寿司と言われると無意識にサブちゃんの歌声が頭を過ぎるw
[一言] 〈……なるほど、ということは複雑な味わい、ということ〉 ↑ 念話では会話式の擬似的な音声情報のやり取りだけで、映像や味覚触覚などは伝えられないんですね。味を口移しならぬ念移しで伝えたりとかで…
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