04-31 旅行9日目 王都巡り 4
ゴローとサナは、ネアの実家でお茶をごちそうになっていた。
「……ちょっと変わった味だな?」
「うん、でも悪くない」
色も緑色ではなく茶色系のお茶。麦茶とも少し違うなとゴローが思っていると、ネアが正解を教えてくれた。
「あ、これはハトムギ茶です」
「はとむぎ?」
聞き慣れない植物名に、サナが聞き返した。
「ええ、お肌にいいんですよ」
そんなネアの言葉に、ゴローも思い当たる。
「『ヨクイニン』、ってやつか」
「は?」
どうやらこちらでは『ヨクイニン』とは呼ばないようだ、とゴローは察した。
『ヨクイニン』は漢方での呼び名で、『ヨクイ』とも言う。
現代日本ではハトムギ茶としても飲まれている。
いぼ、シミ、そばかすなどにも効く……と言われている。
「それも『天啓』ですか?」
「まあそんなもの」
「『ヨクイニン』……聞き覚えがないですねえ」
「まあ呼び名は二の次、薬効や味が大事だよな」
「そうですね」
ここでゴローは気になったことを尋ねてみる。
「なあ、薬草って、結構においがきついものもあると思うんだが、獣人って平気なのか?」
「あ、それは大丈夫です。慣れもありますけど、仕事は特殊なマスクを付けて行いますから」
「それならいいのか」
「むしろ、微妙なにおいの変化に気付けるって、アドバンテージなんですよ?」
薬草の種類の判別ができる。
調合の割合が違うとすぐにそれとわかる。
新しいものと古いもの、傷んできたものの違いに気付ける。
等、等、等。
生薬を扱う上で、嗅覚というものは重要なのだ、とネアに説明され、納得したゴローであった。
「ええと、お茶をもう一杯、いかがですか?」
「え?」
「もう、喉乾いてない、けど」
たった今ハトムギ茶を飲んだばかりである。
が、ネアはちょっと済まなそうに、またちょっと期待を込めた顔で言った。
「実は、新しいお茶を考案したんですが、ゴローさんとサナさんのご意見をお伺いしたくて」
「そういうことか。だったらいただこう」
「うん」
「ありがとうございます!」
そしてネアは、別のポットで淹れたお茶を、新しい湯呑に注いで2人の前に差し出した。
まずゴローが一口。
「うん? ……この味は……」
「……特に美味しくはない。でもまずくもない」
ゴローは覚えのある味に首をかしげ、サナは正直な感想を述べた。
「……これって、キノコだよな?」
「あ、はい。さすがゴローさん、わかりました?」
「うん。……どんなキノコか、見せてもらってもいいかな?」
「はい、構いませんよ」
ネアに頼むと、快く頷いてくれ、お茶に加工する前のキノコを持ってきてくれた。
「これです。これは『エドーデ』というキノコを干したものです」
受け取ったゴローはまず外見を確認したあと匂いを嗅ぎ、
「シイタケだ」
と嬉しそうに言った。
「シイタケ、ですか?」
「そう。俺の……『天啓』ではそうなっている」
「それじゃあ『シイタケ茶』と呼んだ方がいいですかね?」
「それは任せるよ」
商品名なのだから、多少のインパクトや、覚えやすさなどを考慮するものだろうとゴローは言った。
「で、俺の……『天啓』では、シイタケは骨を丈夫にしたりお通じをよくしたりするんだ。他にも……」
含まれているビタミンDがカルシウムの吸収を助けてくれる。
食物繊維が豊富なので便通をよくする。
含まれているカリウムが、ナトリウムの排出を助けるので血圧降下が期待できる。
キノコ類全般にいえる薬効として免疫力を高めてくれる……らしい。
もっとも、『お茶』として飲むくらいでは目に見える効果は出ないだろう、ともゴローは付け加えた。
「そんなに効くなら苦労しないよ」
とはいえ、健康によいのは間違いないので、『健康茶』と呼称するのは問題ないだろう。
「ありがとうございます。ゴローさんに相談してよかったです」
「いやいや。……それで、この『シイタケ』、少し分けてもらえないかな?」
ゴローは、考えている料理を作るのにシイタケが必要なんだ、と説明した。
「いいですよ。といっても、まだ試作中なのでそれほど沢山はありませんけど……」
そんなことを言いながらも、ネアは小さな袋に一杯の干し椎茸を持ってきてくれた。
少ないように見えても、水で戻せば膨れるので結構な量になるはずだ。
「ありがとう。これだけあれば十分だよ」
ゴローは礼を言ってそれを受け取った。
「あの、もしよろしければ、そのお料理、出来上がったら一口味見させてもらえますか?」
「もちろん。楽しみにしててくれ」
「はい!」
そんなやり取りをしたゴローとネアを横目に、サナはシイタケ茶を飲み干していたのだった。
* * *
そして、ゴローがそろそろ迎賓館に戻ろうかと思ったとき。
「ただいまー」
「あ、おきゃくさんだ!」
「おねえちゃんもかえってきてる!」
「おねえちゃん、おかえりなさい!」
そんな声がして、小さな影が2つ、部屋に転がり込んできた。
「こら、ナル、リコ! お客様がいるのよ! ……すみません、私の弟と妹なんです」
髪と目の色はネアそっくりの男の子と女の子の狐獣人。
弟がナルで10歳、妹がリコで9歳だそうだ。
「……可愛い」
弟のナルはサナのところへ、妹のリコはゴローのところへ行ってじゃれついている。その様は子犬のよう。
「おにーちゃんたちはおねえちゃんのおともだち?」
「うん、そうだよ」
「『そと』からきたの?」
「そと?」
どう解釈すればいいかとゴローが悩んでいると、すかさずネアが教えてくれた。
「……ゴローさん、『外』というのは『外国』という意味です」
「そっか。……うん、俺たちは外から来たんだよ」
「わ、やっぱり。ね、そとのおはなしきかせて?」
「うーん、何を話そうか……」
ゴローがちょっと考えていると、サナのところにいたナルもやって来て、
「『そと』ではいろんなまものとかいるんでしょ?」
と言うので、ゴローはそういう話を聞かせてやることにした。
「そうだな。鳥の魔物……というか、魔獣だな。『ヘルイーグル』ってのがいるな」
「それでそれで?」
「ヘルイーグルっていう奴は……」
ヘルイーグルは脅威度3の魔獣だ。高空から獲物を目掛けて急降下し、襲う。巡航速度時速は120キル、降下速度は時速400キルにもなる。
ゴローの説明に、ナルとリコは文字どおり聞き耳を立てる。
「……『トリッキースクワール』ってのもいてね。こいつは小さな魔獣なんだ。このくらい」
トリッキースクワールは脅威度1、作物を食い荒らす小型のリスである。人は襲わない。
「ほかにはほかには?」
「まじゅうって、ふつうのけものとなにがちがうの?」
「え? うーんと、そうだな……どう説明しようか……」
魔獣の定義は『魔力』を体内で生成できる獣である。
そして危険の度合いを『脅威度』という数値で表している。
脅威度1は一般人が素手で倒せるレベル。
脅威度2は一般人が武器を持っていれば倒せるレベル。
脅威度3になると、一般人には無理で、猟師、兵士以上でないと危険だ。
脅威度4ともなれば熟練者が何人かで掛からなくては無理なレベルであり、さらに脅威度5(非常に危険)、脅威度 6(災害レベル)となっていく。
今現在確認されているのは脅威度5までで、脅威度6の魔獣は歴史上存在していない。
ゴローは考え考え、そういった説明をわかりやすくナルとリコに説明してやったのである。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は6月21日(日)14:00の予定です。