01-01 ファーストコンタクト
人造生命56号、ゴローと、37号、サナは、造物主といえる『ハカセ』の元を離れ、旅をしている。
基本は街道沿いに南下だ。が、今回カーン村はパスしていた。
顔見知りが多いため、いろいろ聞かれると面倒だからだ。
幸い、ゴローもサナも、基本的に休息の必要はないし、夜目も利くのでずんずん歩き続けていく。
南下している街道は、だいたい200メルほどの距離を空け、つかず離れず川に沿って続いているようだ。
「おそらく、水の確保の関係だろうな」
「うん、わかる」
人は水がなければ生きていけない。かといって、あまり川に近いと増水したときに危険。なかなかままならないものである。
そうして歩き続けること丸1日。
「……雨」
サナが空を見上げてぼそりと言った。
「雨か……」
雨は面倒である。ゴローとサナ自身はいいが、荷物の中には湿気ったり錆びたりするものもあるし、だいいち服が濡れると気持ちが悪い。
温感、冷感、触感があるだけに、濡れた服が肌にぺったりひっつく感触はごめん被りたかった2人である。
「傘がなかったな」
「結界でなんとでもなるから」
頭上に、物理攻撃を防ぐ結界を張れば雨は防げる。だが、それが木の枝にぶつかると反動が返ってくるので鬱陶しかった。
結界を小さくすれば、足下が濡れる。まさに痛し痒しである。
そんな状態で歩くこと1時間。
「……あ、あそこに入ろう」
街道の途中に作られた、旅人用のシェルターが目に入った。
集落間の距離が長い場合に、危険な野宿をしないで済むように建てられたもの。
「誰が建てたの?」
「さあ? ……行商人がお金を出し、前後の集落が人手を出した……んじゃないかな」
「なるほど。その可能性は高い。……なら、お金も手間も出していない私たちが使うのはいいの?」
というサナの疑問にゴローは、
「いや、こういう所には寄付金を入れる募金箱があるかも……」
と答えかけて、またもやその知識の出所に疑問を持った。
(これも前世の知識なのかな? ……俺って、何者だったんだろう)
「ない、よ?」
サナの言葉に我に返るゴロー。
「なけりゃないで構わないさ」
そうした募金箱を置いておいても、お金を入れてもらえるかわからず、また、少しお金が貯まると盗んでいくものもいるかもしれない。
「世知辛いな……」
とはいえ、自分たちだけで使えるなら気にしないでいいだろうと、ゴローとサナは乾いているシェルターの奥に腰を下ろした。
「ただ、綺麗に使うことを心掛ければいいだろう」
「わかった」
シェルターの壁は石造りで、屋根は丸太で作られている。隙間はきちんと処理されているので雨漏りはない。
中は土間で、丸太の腰掛けがおかれている。広さは8畳間くらいと、思ったより広い。
壁には小さな窓兼換気口が開いていて、外が見える。
そこから薄暗くなってきた外をぼんやりと見つめながら、ゴローは降りしきる雨音に耳を澄ましていた。
「……少し雨が弱くなってきたな」
それが一時的なものか、それとも回復の兆しか、まではわからなかったが、気休めでもいいと、明日には晴れるだろうと思うことにした2人だった。
* * *
「おわー、助かったわい」
「これで雨をしのげるな」
外が真っ暗になる前に、そんな声をあげて人が3人、入ってきた。
「おや、先客がいたか。失礼するよ、お二人さん」
ゴローとサナに声を掛けたのは最も年配と思われる男性。はっきり言って『爺さん』だ。まあ、50代後半、といったところだろうが。
「よっこらせと」
年寄り臭い掛け声で、ゴローたちとは反対側の角に座ったのは、どう見ても20代前半の女性。ゴローの美的感覚からするとかなりの美人である。
そして、最後の一人は濡れたローブをシェルター入り口でばっさばっさと振って水滴を払ってから中に入ってきた。その容姿はどう見ても少女である。
〈女性2人はエルフ。わかってる?〉
サナからゴローに『念話』が届いた。
〈あ、そうなのか?〉
エルフ、と言うと『ハカセ』を思い出すが、20代に見える方は肌の色が少し浅黒い。
〈多分、ダークエルフ〉
サナに説明される。
〈じゃあ、女の子の方は〉
〈そっちは、エルフ〉
〈何が違うんだ?〉
〈大きな差はない。エルフは風魔法と弓が得意で、ダークエルフは剣と土魔法が得意〉
〈あの爺さんは?〉
〈……どう見ても、人族〉
〈やっぱりか〉
つまり、人族の爺さまとエルフ少女、ダークエルフ美人の3人がパーティを組んでいるのだろう、とゴローは判断した。
そのパーティーは、土間の真ん中付近に置かれた、竈のような場所で火を焚く準備を始めた。料理をするか、あるいは濡れた服を乾かそうというのだろう。
燃料は……と思っていたらエルフの少女が、荷物の中から炭団のような、あるいは豆炭のような黒い塊を取り出して使おうとしている。
ゴローは興味深く、その様子を眺めていた。
「おや?」
ゴローは、ふと眺めていた光景に目を見開いた。
エルフ少女は焚き付けの木ぎれに着火する際、何か道具を使ったのである。
〈あれ、何だかわかるか?〉
と念話でサナに聞いたのだが、
〈知らない。初めて見た〉
との答えが返ってきた。
そんな視線に気が付いたのか、エルフ少女がゴローたちに向かい怪訝そうな顔で、
「……何か?」
と聞く。ゴローは慌てて、
「い、いえ、失礼」
と詫びると、エルフ少女は何ごともなかったように、焚き付けの火の中に、先程の豆炭を放り込んだ。
すぐに火が付き、とろとろと燃え始める。
そこにダークエルフ美女が鍋を載せる。中にはスープかシチューらしきものが入っていた。エルフ少女が火を熾す間に用意していたのだろう。
〈……あまり美味しそうじゃない〉
サナからの念話に、
〈うん〉
と同意を示したゴローであった。
〈どうする? こっちも何か食べて見せないと怪しまれるかもしれないぞ〉
〈もう食べた、ということにしたら?〉
〈それでいいか……〉
2人にとって食事は絶対必要なものではなく、言わば嗜好品なので、わざわざ不味い食事はしたくない、というのがサナの真意であった。
だが、
「そっちのお二人さん、一口どうだね?」
と、声が掛けられたのである。
声の主は人族の老人。
「見れば、食事の支度をしないようだ。もう食べ終えたのかもしれんが、温かいものを少し腹に入れると、夜の寒さも乗り切りやすいぞ」
「あ、ありがとうございます」
ゴローは礼を口にした。
老人は、ゴローとサナが食事を必要としないことや、夜の寒さも平気なことを知らないので、親切で言ってくれたわけだ。
ゴローは、荷物の中から器を出して、そのスープともシチューとも付かないドロドロのものを分けてもらった。
それを改めてもう一つ出した器に半分分け、サナに差し出した。
サナは、分けてもらったドロドロを一口飲み、
〈やっぱり、美味しくない〉
と、ゴローに向けて念話を飛ばしてきた。
〈うん、それには同感だけれど、口には出すなよ〉
〈……それくらいはわかってる〉
そして2人はドロドロを飲み干した。
「ありがとうございました。身体が温まります」
ゴローは無難な礼の言葉を述べた。お世辞にも美味いとは言えなかったので、こんな言い方となったのだ。
「……ごちそうさま、でした」
そしてサナもまた礼を述べたが、口調はいつも以上に棒読みで、あまり感謝の意は感じられないものだった。
だが老人は笑って、
「はは、美味くはないわなあ。作った我々だってそう思っているよ。だが、栄養はあるし、身体も温まる。こんな夜には必要なのだよ」
と言った。どうやら、作った当人たちも、美味いとは思っていないようだ。
「ええ、そうですね」
ゴローも無難な相槌を打っておく。
老人は世話好きなようで、
「私は『アルトール』と言う。よかったら、君たちの名も教えてくれないか?」
と聞いてきたのだった。
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次回更新は7月7日(日)14:00の予定です。