04-27 旅行8日目 稲作の受難
「ゴロー、ご苦労さま」
「ゴローさん、お疲れ様なのです」
「お、それがお昼か」
サナたちのところへ戻ると、ちょうどお昼時であった。献立はなんといなり寿司。
「これ、ゴローが作ったって?」
「ああ、うん。作ったと言うか、教えたんだけどな」
「美味しいのです」
聞くところによると、11時頃にネアがやってきて、ゴローの様子を伝えてくれたのだという。
その際、1つめの料理である『いなり寿司』の話をしたので、サナが食べてみたいと言ったそうだ。
それで料理人も、練習も兼ねて……ということで承知し、この献立となったそうだ。
そういうわけなので、ゴローも1つ食べてみる。
「うん、美味い」
さすが本職、ゴローが作ったものと大差ない。
これなら、今後の研究でいろいろなバリエーションも作られるだろうとゴローは期待した。
* * *
「ええと、ゴローさん、ありがとうございました」
食事後、ネアから改めて礼が述べられた。
「いや、お役に立てたならいいんだ」
「陛下も姫様もお喜びになってました」
「それはよかった。……でもさ、1つ疑問があるんだけど」
「何でしょうか?」
「俺の個人的な感想なんだけど、ご飯のバリエーションが少ないというか、お米を使った料理が少ない……気がするんだが、違うかな?」
「ああ、はい。そこに気付かれましたか」
ネアは、最初にちょっと驚いたような顔をし、次いで少し寂しそうに微笑んだ。
「仰るとおりです。それには理由がありまして……」
「……聞いてもよかったのかな?」
よそ者に話しちゃいけないことなら、もう聞かない、とゴローが言うと、ネアはうっすらと微笑んで首を横に振った。
「いいえ、そういうことはありませんから。……一言で言いますと、お米……稲作が一時ほとんどできなくなったんです」
「え?」
「私の知る限りでは、かつて、病気と虫で稲が全滅したということです」
「病気かあ……」
稲の病気で代表的なのが『いもち病』である。
これは稲の病気の中で最も被害が大きく、怖い病気である。
古来から稲に発生する定型的な病気であり、地球でも最も恐れられてきた。
殺菌剤を使うことで予防できるが、有機農法とは相容れないのが難点である。
「それから蛾の幼虫に苗を食い荒らされたり、大量発生したバッタに根こそぎ食い尽くされたりということです」
「ああ、それは大変だったんだな」
稲を食草にする昆虫は何種類かおり、地球ではニカメイガ、サンカメイガなどが知られている。
ニカメイガは年に2回、サンカメイガは年に3回(2回の地域もある)の発生をするメイガ科の昆虫で、稲の茎を食い荒らす大害虫である。
「僅かに残った稲を栽培し直して元の規模に戻す途中で冷害が起きて後退したことも何度かあったそうです」
「ははあ、そりゃあ大変だったなあ」
稲は元々南方系の植物で、高温多湿を好む。
今の日本では比較的寒冷な地域での作付けが多いが、それは品種改良が進んだことが大きい。
もう1つは、昼夜の温度差が大きいと、籾の中にデンプンが多く蓄えられる(夜の気温が高いとそのデンプンが消費されてしまう)ので、そういう地域の米は良質だからである。
蛇足ながら、最近は早生種が多く作られ、『早場米』として8月下旬頃から市場に出回っている。
これは9月10月の台風シーズン前に収穫できるように、という狙いがあった。
結実した稲が台風で倒れ、籾部分が水に浸かってしまうと発芽が始まってしまい、味が大きく落ちて商品にならなくなってしまうのだ。
おまけに倒れた稲は機械で収穫しにくいため、人力に頼らなければならなくなる。
そういうわけで台風の襲来が少ない8月中に収穫してしまえる早生種が多く作られているのだ。
「……そんなわけで、お米がまったくと言っていいほど食卓に上らない時代が続いたので、失われたレシピが多くあったんだろうと思います」
「なるほど、ありがとう。よくわかったよ」
この分だとおじやすら食べていないのでは、とゴローは思った。
が、
「え? お味噌汁にご飯を入れて食べるんですよね? 私たちのところでは『わんころめし』って言ってますが」
と、ネア。
「ワンコロメシか……」
(犬って味噌汁掛けたご飯を食べるからなあ……)
ゴローの『謎知識』もそれを肯定していた。そしてそれに留まらず、
「じゃあさ、『ニャンコロメシ』っていうのはあるのかい?」
と聞かないではいられないゴローである。
ちなみに『ニャンコロメシ』とは削ったカツオブシをまぶし、醤油を掛けたご飯である。別名『ねこまんま』。
もっとも、最近の犬猫はそんなご飯は食べておらず、専用のドッグフードを堪能しているようだが。
「にゃんころめし……知りませんねえ」
「やっぱりなあ……カツオブシがないみたいだものなあ……」
ちょっと残念に思うゴローであった。
それはさておき、どうしてお米を使ったレシピが少ないかはわかったので、さらに確認をしてみることにするゴロー。
「チャーハンとかピラフってあるのかな? あ、焼き飯って言ったほうがいいかもしれない」
「いいえ、ないと思います。……炊いたご飯をもう一度焼く、という発想自体ありませんでしたから」
「ああ、そうか……」
焼きおにぎりすらなかったわけなので、当然ながら焼き飯も食べられてはいないということになる。
せっかくお米があるのだから、近いうちにいろいろ作ってみたいと思うゴローであった。
* * *
食後の休憩が終わると、ゴローたちは迎賓館へ戻ることになった。
ローザンヌ王女たちはまだ女王との話し合いがあるらしい。
「ではな、ゴロー。今日は色々と助かった。礼を言う」
ゴローたちが王宮を出る際、女王ゾラはそう言って微笑んだのである。
* * *
「あー、なんとなく疲れた」
迎賓館の部屋で、ゴローは大きく伸びをした。
肉体的には疲れないゴローであるが、精神的に気疲れした、というわけだ。
「ゴロー、お風呂入ってきたら?」
そんなゴローを見かねたサナが言った。
「お風呂で寛げば、きっと疲れも取れる」
「そうだな……行ってこようかな……」
ゴローはサナの助言どおり、温泉に入るため部屋を出、風呂場へと向かった。
宿泊しているのはゴローたちだけなので、ゴローは一人で広い湯船を独占だ。
「泳ぎたいけど……やめといたほうがよさそうだな」
広い湯船でのお約束だがゴローは思いとどまった。
「こうして湯船でのんびりできるだけで今は十分だ」
少しずつ暮れていく空を見上げつつ、湯船で手足を伸ばすゴローであった。
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次回更新は6月7日(日)14:00の予定です。
20200604 修正
(誤)稲の茎に食い荒らす大害虫である。
(正)稲の茎を食い荒らす大害虫である。
(誤)「こうして湯船でのんびるできるだけで今は十分だ」
(正)「こうして湯船でのんびりできるだけで今は十分だ」
(誤)ころ
(正)頃
2箇所修正。