04-25 旅行8日目 厨房にて
そして。
依頼された翌日、ゴローは王宮の厨房にいた。
料理人のほとんどは熊の獣人であった。
(ヒグマって火をあまり怖がらない……というのと関係あるのかな?)
などと頭の片隅で思いながら、ゴローは設備を確認。
(うーん……あんまり火力を細かく調整はできないのかな?)
いわゆる『薪』を燃やす『かまど』がほとんどで、魔法を使って火をおこすコンロは小さいものが2つあるだけ。
(手順を考えてやらないと失敗するな)
まずは普通にご飯を炊いてもらうことにした。
「わかりました」
女王から指示が出ているので、料理人たちは皆、ゴローの言うとおりに動いてくれる。
(得体のしれないよそ者の指示通りに動いてくれるなんて、女王様は人望があるんだなあ……)
感心するゴロー。
(仕事がやりやすいので助かるよ……)
「へえ……」
彼らはお釜ではなく土鍋でご飯を炊くようだ。
ちゃんとお米を研ぎ、水加減も適当ではなくきちんと計っている。
そして初めは強めの火で温め、沸騰したら薪を取り出すことで火加減を調整していた。
「なるほどな」
そしてごく短時間だけ強火にしたあと火を落とし、蒸らしている。
(手順はおかしくない……のかな?)
薪と土鍋でご飯を炊く際のコツまではゴローの『謎知識』も教えてくれなかったので、このやり方がベストなのかはわからない。
が、美味しく炊けるのなら問題はないと、ゴローはその先を考えていくことにした。
蒸らし終わった土鍋の蓋を開けると、炊きあがったご飯の香りが。
「……焦げてないな」
おこげができていれば匂いですぐにわかるが、今回はうまく炊けているようだった。
(あ、獣人は鼻がいいから焦げそうになったら微妙に火を弱めるとかできるのかもな……)
ふとそんなことを思うゴロー。
それが正しいかどうかはわからないが、彼らはほとんどおこげを作らないようだとゴローは察した。
(だから、おこげができると失敗だとしか見ないのかな?)
もう少しおこげの頻度が上がれば、有効利用法を考えたのかも、などとゴローは想像していた。
「よし、先にお稲荷さんを作ろう!」
ゴローはそう宣言する。
「おいなりさん、ですか?」
「そう。お稲荷さん」
ジャンガル王国ではお稲荷さんはまだ作られていないことは昨日のうちに確認済みであった。
「ご飯が炊けたから、先に酢飯を作るとするか」
米酢、砂糖、それに塩少々がゴローのレシピである。
酢はきつい匂いのしない、熟成された(?)ものだった。
「よしよし」
それを飯台……がないので、広く浅い鍋で代用……に広げたご飯に掛けて混ぜ合わせる。今回はシンプルに酢飯だけとする。
冷ます間に油揚げの準備だ。
正方形に仕上げた油揚げを、対角線で三角に切る。今回は狐耳に見立てて三角の稲荷にするからだ。
切った油揚げを破らないように気をつけて開き、一旦お湯で茹でて油抜きをする。
油抜きをしている間に煮汁を作る。
などと考えながら、水、醤油、砂糖を混ぜていくゴロー。
みりんがないので米酒をひとさじ混ぜ、だし汁の代わりに干し魚をさっと煮て取った代用出汁を混ぜた。
(どうでもいいけど、だし汁って出汁+汁だよなあ……重複表現っていうんだっけ)
油抜きをした油揚げを、その煮汁で煮る。油揚げが煮汁を十分に吸い込んだら準備完了だ。
酢飯も程よく冷めているので、ゴローは手早く油揚げに詰めていく。
油揚げがまだ熱いが、人造生命の耐熱性は、この程度の温度は何の影響もなく、2分で30個のいなり寿司を完成させたのであった。
「これが『おいなりさん』、ですか……」
料理人たちは興味深そうに見つめている。
「とりあえず、1人1つずつ試食してみてくれ」
厨房にいる料理人は5人。ゴローも入れて6人でいなり寿司を食べてみる。
「う……美味い!」
「酢飯……の味と、この油揚げの甘じょっぱさがなんとも言えませんね!」
「……うん、まあ、こんな味かな」
料理人たちは初めて食べるいなり寿司を気に入ったようだ。
「ゴローさん、おみそれしました!」
料理長らしき獣人がゴローに話しかけてきた。
「陛下のお声掛りなのでお手伝いしていましたが、これほどとは!」
他の料理人たちも、
「我々の知らない料理……うん、他の国との交流って、こういういいことがあるんですね」
「素人が何を作るのか見てやろう……などと思っていました。謝ります」
などと、ゴローに声を掛けてくれた。
「ああ、いえ、お気になさらず」
ゴローはそう言って、
「ではまず、これを陛下にお見せしましょう」
と、料理長と2人で執務室へ運ぶことにした。
その間に、今度はわざと少し焦がしたご飯を炊いてもらうように頼んでおく。
「わかりました、やってみます!」
との声に送られ、ゴローと料理長は女王の執務室を目指した。
* * *
時刻は午前10時を少し回った頃。
「おうゴロー、ウルース、できたのか」
執務室に入ると、女王ゾラが期待に満ちた顔を上げた。
「はい。まずは第一弾です」
執務テーブルではなく、脇の応接テーブルにいなり寿司の載ったお盆を置くゴロー。
「では、お茶を淹れますね」
女官のラナが隣接した給湯室へ向かった。
「どうぞ」
程なくして煎茶が女王の前に置かれる。
「ではいただくとしようかのう。……どうやって食べればいいのじゃ?」
ゴロー答えて曰く。
「箸でつまむもよし、手が汚れていなければ手づかみでもどうぞ」
「ふむ、手づかみではラナに叱られてしまうから箸を使うか」
そう言って女王はいなり寿司に添えられていた箸を使い、まず1つめを口に入れた。
「うむ……うむむ! これは美味いぞー!!!」
そして女王はもう1つを口に、さらにもう1つ。
「むぐ……この……あぶりゃー……げの……もぐ……甘……しょっぱ……むぐ……さと…………中の……もぐ……ご飯の…………酢の……味……が……もぐもぐ……絶妙じゃ!」
そして女王はお茶を一口。
「ぷふぁあ、気に入ったぞ、ゴロー。これは何という料理じゃ?」
「『いなり寿司』といいます」
「ふむ、昨日言っておったな。これがいなりずしか。腹が空いて胃が鳴るから胃鳴りというのか?」
「違います……」
ゴローは『謎知識』に教えられ、説明を行う。
「ええと、どこかの国で、『稲荷神』という神様にお供えするために作られた、というらしいです……」
稲荷神は狐と縁が深いので作ってみました、とゴロー。
「ふむなるほど。妾は狐の獣人じゃからな。気を使って真っ先に作ってくれたわけか。気に入ったぞ」
どうやら『いなり寿司』は女王に気に入られたようだった。
「ほれ、ラナも食べてみい」
「では1つ、いただきます」
食べたラナは……。
「お、美味しいです! 陛下が夢中になるのもわかります!」
「じゃろ? じゃからもう1つ……」
いなり寿司に手を伸ばす女王だったが、
「陛下、それとこれとは別です」
と止められてしまったのである。
「あともう1つ、焼きおにぎりを試していますので、お昼までお待ち下さい」
「おお、そうか。楽しみに待っておるぞ!」
女王ゾラはそう言って、残ったいなり寿司を食べようとし……。
「陛下、それ以上お召し上がりになっては、お昼が食べられなくなります」
とラナに止められていたのであった……。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月31日(日)14:00の予定です。
20200602 修正
(旧)
どうやら『いなり寿司』は女王に気に入られたようだった。
(新)
どうやら『いなり寿司』は女王に気に入られたようだった。
「ほれ、ラナも食べてみい」
「では1つ、いただきます」
食べたラナは……。
「お、美味しいです! 陛下が夢中になるのもわかります!」
「じゃろ? じゃからもう1つ……」
いなり寿司に手を伸ばす女王だったが、
「陛下、それとこれとは別です」
と止められてしまったのである。