04-24 旅行7日目 新メニュー
ジャンガル王国の面々の反応を見て、どうやら『焼きおにぎり』……ゴローとしては『おむすび』と言うより『おにぎり』という方がしっくりくる……は作られていないようだ、とゴローは察した。
「ええと、ご飯を炊いた時、水加減や火加減でおこげができることってありませんか?」
「ありますよ」
ネアが答えてくれた。
「そうしたおこげってどうしてますか?」
「賄い料理にしてますが……」
賄い料理とは、従業員の食事用に作られる料理のことである。
「ええ……? もったいない」
「もったいない?」
「なぜじゃ?」
「えええ?」
ジャンガル王国の面々からは不思議そうな声が上がったが、
「おこげって香ばしくて美味しいじゃないですか」
とゴローが言うと、
「香ばしい? 焦げ臭いだけじゃろ」
「固くて食べづらいですよね」
「ふっくら炊きあがったご飯のほうが美味しいと思いますが……」
などと反論されてしまったのである。
「ええと、それじゃあ……ご飯に醤油って掛けませんか?」
試しに聞いてみるゴローだったが……。
「せぬな」
「しませんね」
「そんなもったいない」
ちなみに、女王ゾラ、リラータ姫、ネアのセリフである。
「もったいないって……醤油が、ですか?」
「はい」
即答したネアにゴローは尋ねた。
「ええと、醤油ってそんなに生産量が少ないんですか?」
「多くはないですが、少ないと言うほどでもないかと」
数字はよくわかりません、とネア。
「じゃあ、どうしてもったいないと?」
「え、だって、わざわざ不味くする必要、ありますか?」
「え?」
「え?」
どうにも話が噛み合わないので、ゴローも業を煮やし、
「ええと、よかったら厨房へ案内してもらえませんか?」
と言ったのである。
そして口にしてから気付く。
「あ、ええと、すみません」
女王ゾラやローザンヌ王女ら王族との懇談会中だったことに。
「いや、よいよい」
女王は笑って受け流した。
「それだけゴローが真剣に考えてくれたということじゃからな」
「……済みません」
つい熱くなってしまったことを反省するゴローであった。
「ええと、それじゃあ方向性を少し変えまして……」
改めて質問を行うゴロー。
「酢はありますよね?」
「うむ、もちろんだ。酒をさらに発酵させると酢になるからな」
これはリラータ姫。
「よくご存知ですね」
と褒めると、
「昔、暖かい場所に放置していたワインが酸っぱくなっていたのが不思議で、どうしてなのか聞いたことがあったのじゃ」
「なるほど。で、酢にするのはどういうお酒ですか?」
「ワインと米酒じゃな」
ブドウ果汁から作られるワインビネガーにも、ワイン同様赤と白がある。赤は皮も一緒に絞ったものなので、僅かな渋みがあるという。
(そのへんは『謎知識』と同じだな……)
ゴローは納得した。
「で、米酒は?」
「もちろん米から作った『醸造酒』というものじゃ」
それを聞いてゴローは、自分の『謎知識』と一致するところから、『謎知識』の出どころと、この国の文化の一部とは根っこが同じらしいと見当をつけたのである。
「……寿司、というものは作りませんか?」
「すし? なんじゃそれは?」
「聞いたことがないのう」
「初めて耳にしますね」
リラータ姫、女王、ネアの反応である。
「ええ……お米があって、醤油があって、酢があるのに寿司がない?」
ゴローはなんだそれ、と言いたいのをグッと堪えた。
(まあ……やっぱり俺の『謎知識』と『根っこ』だけが同じで、その後の発展が違うということなんだろうな……)
ゴローは考えを巡らせた。
(ということは、俺の『謎知識』は、この世界……少なくとも今の世界由来ではなさそうだ)
そう推測してしまい、少しがっかりするも、ゴローは気を取り直して、
「それじゃあ『おいなりさん』もないですよね……」
と聞いてみると、
「なんじゃそれ?」
という言葉が返ってきたのである。
* * *
再度お茶を淹れてもらい、それを味わいながらゴローは自分の考えをまとめ、説明していく。
「焼きおにぎりと寿司は是非食べてみてほしいですね……個人的にはいなり寿司を」
「それはなぜじゃな?」
女王が不思議そうに尋ねた。
「ええと、俺の知るところでは、『いなり寿司』あるいは『おいなりさん』って、狐が好むという伝説があったんですよ」
「ほう? 初めて聞いたぞ。ゴローの知識はどこから仕入れたものなのじゃ?」
女王から尋ねられてゴローは正直に答えた。
「それがわからないんですよ。時々ふと頭に浮かぶんです」
「なるほど、『天啓持ち』じゃったか」
女王ゾラが納得したという顔で頷いた。
「『天啓持ち』ってなんですか?」
ゴローとしても初めて聞く言葉だったし、サナも知らないようなので、女王に聞いてみることにした。
「種族を問わず現れるスキルじゃが、とても珍しいものでな。普通なら知り得ないことを知ることができる、というものじゃ」
「そういうスキルがあるんですね」
「初めて、聞きました」
ゴローも初めて聞くスキル名だったし、それはサナも同じだったようだ。
「うむ、妾も聞いていただけで、実際の『天啓持ち』に会うのは、220年生きてきて初めてじゃ」
なんと女王ゾラは220歳だったことがわかってしまった。
(……でも、スキルと言われてもスッキリしないのはなぜだろう?)
なんとなくだが自分の『謎知識』はスキルとは違うという気がしているゴローであったが、同時に対外的にはそう言っておけばいいだろうという気にもなる。
「……で、話を戻すぞ。ゴロー、その『いなり寿司』とやら、作ることはできるのか?」
女王ゾラからの質問にゴローは頷いた。
「材料さえあれば作れます」
「うむ。で、材料は?」
「ご飯、米酢、砂糖、醤油、油揚げは必須ですね」
「問題ありません」
ネアが答えてくれた。
「おおそうか。では、明日にでも作ってみてほしい。どうじゃな?」
「はい、構いません」
ゴローの返事に女王は喜んだ。
「おおそうか。これは楽しみじゃ」
そういうわけでゴローはジャンガル王国でも料理人として期待されることになったのである。
その後の夕食会もまた、ごちそうが並び、盛況だったことは言うまでもない。
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次回更新は5月28日(木)14:00の予定です。