04-23 旅行7日目 マレビト
女王ゾラの語りはまだ続いている。
「その『マレビト』は、伝承では『獣人』ではなく『人族』だったともいう。だが、獣人の娘を娶り、宰相として国に尽くしたと言い伝えられている」
それを聞いてゴローは、もしかして自分の『謎知識』の元になった世界から来た人かも? とふと思った。
「ええと、お話の途中ですが、その『マレビト』という方について、もう少し詳しく教えていただけますか?」
「ん? うむ、よいぞ。……その『マレビト』は自称『けもなー』と仰っていたという。そして当時はまだ地方の豪族であった我ら狐族の祖先と一緒になったのだ」
「…………」
「そのおかげで我らの一族の地位が向上し、『けもなー様』が存命なうちに王の座に就くことができたという」
「すごい人だったんですね」
クリフォード王子が感嘆の声を上げた。
今の王家の遠い祖先に人族の血が入っているとは思わなかったようで、ローザンヌ王女やモーガンも驚いた顔をしていた。
「でも、『けもなー』って、どういう称号なんでしょう?」
クリフォード王子が素朴な疑問を抱いた。
言わずもがなのことであるが、ゴローたちが使っているのは日本語ではない。ゆえに『けもなー』という語を聞いても何のことかわからないわけだ。
「うむ、古代語か何かで『勇者』とか『英雄』という意味ではないかと言われているのじゃ」
リラータ姫が自慢げに答えた。
「なるほど、『勇者』『英雄』か。何となくそんな感じがするな」
ローザンヌ王女もそう言って頷いている。
「……」
『謎知識』により、なんとなく意味がわかるゴローであるが、ここは沈黙を守ることに決めたのであった。
* * *
さて、女王ゾラからそうした話を聞いていたらあっという間に時が経ち、午後3時近くとなった。
「おお、もうこんな時間か。それではお茶にしよう」
もっと話していたいそぶりを見せた女王であったが、甘味への興味が勝ったようだ。
「さあさあ、お茶を淹れてたもう」
子供のようにはしゃぐ女王ゾラに、リラータ姫をはじめ、周囲の者たちも少し驚いている。
お茶が全員に配られると、まず女王はパウンドケーキに手を……いや口を付けた。
「うむ……! これはなかなか複雑な味じゃのう。卵……それにミルク……乾燥させた果物の味もする。あと、この微かな香りは……酒か?」
「正解です、陛下」
提供した以上説明義務があると、ゴローはパウンドケーキについてごく簡単に説明した。
「なるほど、この香りはウイスキーか」
「はい。熱で酒精は飛んでしまっていますし、日が経っているのでほとんど香りはしないと思いますが、よくお気づきになられましたね」
ゴローが褒めると、女王はふんすと鼻息荒く、
「獣人じゃからな。嗅覚において人族には負けぬよ」
と言った。
「そうでしたね」
ゴローは会釈を行った。
女王が食べたので周りの者たちもパウンドケーキに手をのばす。とはいえ、数が限られているので、リラータ姫、ローザンヌ王女、クリフォード王子以外は小さく切った一切れずつだ。
普通なら文句を言いそうなサナも、この場では仕方がないと、黙って食べている。
「ああ、これは美味しいですね」
ネアや女官たちにもおすそ分けが回り、皆喜んでいたので、作ったゴローとしても嬉しく感じたのである。
女王が次に口にしたのはクッキーである。
「おお、これも美味いのう。サクッとした食感がたまらぬ。口の中でほろほろと崩れるのもいい」
そしてラスク。
「なんと、パンを使ってこのような美味い菓子ができるのか! バターの風味がなんともいえぬのう」
最後は純糖、つまり和三盆もどき。
「な、な、なんと……。このような『甘さ』があったとは……! 純粋の甘さのようでいて、そこはかとなく感じられる奥深い味わい……! これが一番、緑茶と合うやもしれぬのう……」
結局、女王ゾラは全ての甘味を気に入ってくれたのだった。
「ゴロー殿、おみそれしました!」
「ゴロー様、美味しい甘味、ありがとうございました!」
お相伴で一口ずつでも口にした者たちは皆、ゴローに礼を述べていったのである。
* * *
「ううむ……これは是非、ゴローにも相談に乗ってほしいものじゃな……」
香り高い煎茶を飲みながら女王ゾラはゴローに向かって語りかけた。
「ゴロー、ちと頼みがあるのじゃが……」
「はい?」
お茶の香りを楽しんでいたゴローは、女王の言葉に顔を上げた。
女王はそんなゴローに説明をした。
「実は、あと4日ほど先に祭礼を行うのじゃが、その際の供物で悩んでおってのう。……ゴローにも一品、作ってもらえたらと思うのじゃよ」
「ははあ……」
そしてローザンヌ王女も口添えを行った。
「そうなのだ。今回我ら王族は、その祭礼に合わせてこうしてジャンガル王国を訪問したわけだ。……ゴロー、できるなら二国の友好にもつながるから、何か考えてくれないか? もちろん、相応の礼はする」
「はあ……」
いきなりそう言われてもなあ、とゴローは頭を掻いた。
「ゴロー、何か考えてあげたら?」
なんと、サナまでがそんなことを言ってくる。
「今年は100年ごとの節目、なんだそう」
「……」
どうやら、ゴローとネアが甘味を取りに行っている間にそういう説明があったらしい。
念話で教えてくれればよかったのに、とゴローは少しむくれる……が。
「ごめんね」
と素直に謝るサナを見ていると、仕方がないか、と内心でため息をつき、
「……で、祭礼って?」
と改めて尋ねたのである。
「祭礼、というのはこの国の祖先や神様を祭る催し」
「ふうん」
〈同時に、秋祭り的な意味合いがあって、国民も楽しみにしてる〉
言葉での説明と並行して念話が届いた。
〈女王をはじめとして、王家の人たちは皆、祭礼に参加するみたい〉
〈……巫女みたいなものかな?〉
〈巫女……シャーマン、ってこと?〉
〈うーん……それに近いかな? あまり呪術的な役割はしないはずだけど〉
〈……ゴロー、この国の祭礼、知ってるの?〉
〈いや……知らない。例の『謎知識』がそう言ってるだけで〉
〈『謎知識』……興味深い、けど、今は祭礼の話〉
「祭礼はつまりはお祭りだから、飲んだり食べたり、という催しもある」
「そりゃあそうだろうな」
〈その際、手軽に食べられて美味しいものがあると嬉しいらしい〉
〈おにぎりみたいなものか?〉
〈……おにぎり?〉
〈ああ、お米のご飯を丸っこく握り固めたもの……と言えばいいかな?〉
〈確かに、あのご飯は握れば固まりそう。面白い〉
〈あまりおにぎりって作らないのかな、こっちでは〉
〈わからない。聞いてみよう?〉
「ええと、おにぎりみたいなものはありませんか?」
とゴローが質問すると、
「握り飯か。あることはあるぞ。こちらでは『おむすび』ということが多いがな」
リラータ姫が教えてくれた。
「では、具には何を?」
「具?」
「何も入れないのですか? 佃煮とか漬物とか」
ゴローが尋ねれば、
「その『つくだに』とやらはわからんが、漬物くらいは入れるぞ。あまり人気はないがな」
「そうですか……うーん」
ここで悩むゴローが顔を上げた時、たまたまモーガンの顔が目に入った。
「そうか……ええと、『焼きおにぎり』……こっち風に言うと『焼きおむすび』ってありますか?」
「なんじゃそれは? わざわざ炊いたご飯で作ったおむすびを、さらに焼くというのか?」
不思議そうに答えるリラータ姫に、これはいけるかも、とゴローは思った。
それで『焼きおにぎり』について説明する。
「いえ、醤油を付けて焼くんですよ」
「え?」
「えっ?」
居並ぶジャンガル王国の面々が変な顔をしたので、ゴローもまた、おかしなことを言ったのかな? と、自問自答するはめになったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月24日(日)14:00の予定です。
20200521 修正
(誤)ここで悩むゴローはが顔を上げた時、たまたまモーガンの顔が目に入った。
(正)ここで悩むゴローが顔を上げた時、たまたまモーガンの顔が目に入った。