04-22 旅行7日目 懇談会
食後のお茶も緑茶で、香り高いものだった。
「さて、午後はゴローたちも加え、雑談でもしようと思う」
女王ゾラが言った。
「これもまた、親睦を深めるためには必要なことですな」
人間側の最年長者としてモーガンがそれに応じる。
「ゴロー、その方は料理……というか菓子作りが得意なようじゃな?」
女王ゾラがゴローに話しかけた。
「ええ、得意というか、作るのは好きですね」
「そうかそうか。……今日のおやつ時間に、何か作ってはくれぬかのう?」
「え……」
いきなり話を振られて面食らうゴロー。
「そう言われましても……どんな食材があるのか存じませんし……」
「ならば、何か持っておらんのか? 道中、甘いものを食べていたようだとリラータが言うておったぞ?」
「は、母上!? ……いえ、陛下!?」
「ふふ、リラータ、この場では陛下と呼ばずともよい」
「あ、はい。……いや、そうではなくて……」
告げ口したみたいになってばつが悪そうなリラータ姫。
「ええと、大半は食べてしまいましたが、少しでしたら残っていますが……」
仕方なく正直に答えるゴローである。
「おお、そうか!」
ならそれを味見させてほしい、と言う女王。
「ええと、迎賓館の部屋に置いてきてしまってますが」
とゴローが言えば、誰かに付き添わせて取りに行ってきてほしいと言われた。
「あ、では私が」
ネアが手を上げた。
「うむ、それではネア、頼むぞ」
そういうことになった。
* * *
「……ゴローさん、あの……ええと、ありがとうございました」
迎賓館へと向かう途中、唐突にネアから礼を言われたゴローは面食らう。
「え? 何が?」
「ルナールのことです」
本来なら鉱山や開拓地での労働刑になるところを、温情をかけてもらえて、とネアは頭を下げた。
「悪い人じゃないんです。ただ考えなしというか、思いつきをすぐ行動に移すというか」
「ああ、それはわかる」
悪い奴じゃないんだろうけどなあ……とゴローは思った。悪いのは頭だけだな、と。
「だからネアがしっかり尻に敷かなきゃ駄目だぞ」
「そうなんですけどね……って、なんで、私が!」
生返事をしたネアであったが、ゴローの言葉の意味に気が付き赤面する。
「……ほら、まんざらじゃないんだろう?」
「もう……やめてくださいよ……」
ネアの尻尾の毛が逆立って毛ばたきみたいになっていた。
あ、これ以上はやめておいたほうがよさそうだと、ゴローは話題を変えることにする。
「ところでネア、ちゃんと案内してもらえるのか?」
「大丈夫ですよ! いくらなんでも自分の職場で迷ったりしませんよ!! ……曲がる場所を3、4度間違えるくらいです」
「間違えるのか……」
まあ自分がちゃんと道を覚えているから大丈夫だろうと思いながら、ゴローは馬車に乗りこんだ。
『センボントリー』をくぐり『スギの森』を抜ければ、数分後、第2迎賓館に到着。
「じゃあ、急いで取ってくる」
「あ、よろしければこれを」
ネアは手提げ袋を貸してくれた。なかなか気が利いている。
「ありがとう。じゃあ行ってくる」
とゴローは言い残し、客室へ。
「ええと、あれとこれと……」
全部持ち出すと後でサナに恨まれるな、と思い、少しずつ残していくことにした。
そして3分後。
「お待たせ」
「早かったですね」
「急いだからな」
あまり大きくない手提げ袋がいっぱいになっていた。
* * *
大急ぎで戻ると、ゾラ女王が尻尾の説明をしているところであった。
「妾の九尾にはちゃんと意味があるのじゃ。『9』という数は、使える属性を示しておる」
「属性、ですか」
聞いているのは主にサナだった。
「うむ。9つの『属性』と言ってもよい」
土、水、火、風、陰、陽、雷、星、時、無(空)の10種類のうち無(空)を除く9つがそれである。
このあたりは既存の神秘学体系と異なる部分もあるようで、サナは興味深く聞いていた。
(いつかハカセに話したら喜ばれそう)
などと思い、サナは女王の語る内容を逐一記憶しようとしていたのである。
そこにゴローとネアが戻ってきた。
「おおゴロー、戻ったか。ネアもご苦労じゃったな」
リラータ姫がいち早く2人に気がついた。
「甘味はその手提げの中じゃな? さあさあ、披露してほしいのじゃ!」
「これ姫、そうがっつくものではありませぬぞ」
「は、はい、母上……」
リラータ姫を宥めた女王は、
「面倒をかけたのう。では、見せてもらえるか?」
と、静かな口調でゴローに語りかけた。……のだが、その9本の尻尾が、期待のためか小刻みに震えているのをゴローは見逃さなかった。
そこですかさず用意されていた小皿に、『ラスク』『パウンドケーキ』『クッキー』『純糖』(和三盆もどき)を並べたのだった。
「ほう、これがそうか。たくさんあるのう」
「ええと、こちらの『パウンドケーキ』はこの中では傷みが早いほうなので、風味が大分落ちているかと思います。逆にこの『純糖』は長持ちします。……」
ひととおりの説明を行うゴロー。
「ほう、そうか。……では、少し早いがお茶にするかのう」
ゴローとネアは急いだので、片道30分くらいで往復した。
なので今の時刻は午後2時少し前くらい。
「陛下、少々早いかと」
であるから、当然ながらそばにいた侍女……というより女官に窘められていた。
よく見ると、女官と侍女で穿いている『袴』の色が違う。女官らしき者は鮮やかな赤で、侍女らしき者はやや橙色寄りの朱色である。
中でも最も格上と思われる、今女王に諫言した女官は臙脂色の袴であった。
「はいはい、わかったわよ」
渋々ながら女王は諫言を受け入れた。
「それじゃあ、あと30分くらい、何を説明しましょうか」
との女王の言葉に、僅かな沈黙が生まれた。
(あ、俺とネアが出ている間、みんないろいろ質問をしていたんだな)
とゴローは察し、
「ええと、こちらの文化はルーペス王国と随分違うようですが、ルーツというのはどうなっているのでしょう? もし差し支えなければお教えいただきたいのですが」
との質問をしてみたのだった。
この質問は女王ゾラの琴線に触れたらしく、
「おお、それを聞いてくれるか。よしよし……」
と、喜々として説明を始めたのである。
「そもそも始祖様は5000年の昔にここよりも北に都を構えていたが……」
に始まり、
「その後1000年間は穏やかな時代であったのだが、突然戦乱の時代となってしまった……」
と、延々と歴史を語りだしたのだ。
「……」
「その時の王は虎の獣人で、『覇王』と呼ばれるほど勇猛で周囲の豪族を武力でまとめ、外敵を蹴散らし……」
「…………」
「200年ほど続いた戦乱の時代に終止符を打ったのが『マレビト』と呼ばれるお方じゃ」
ここで、ゴローの興味を引く単語が出てきた。
「マレビト、ですか?」
ゴローの知るところでは、『マレビト』は『稀人』もしくは『客人』などと書き表される。
(他界から来訪する霊的もしくは神、だったかな……)
つまりは青木さんのような『異邦人』ではないか、と思ったのであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月21日(木)14:00の予定です。
20200507 修正
(誤)生返事をしたネアであったが、ゴローの言葉に意味気が付き赤面する。
(正)生返事をしたネアであったが、ゴローの言葉の意味に気が付き赤面する。
(誤)土、水、火、風、陰、陽、雷、星、無(空)の10種類のうち無(空)を除く9つがそれである。
(正)土、水、火、風、陰、陽、雷、星、時、無(空)の10種類のうち無(空)を除く9つがそれである。
20210217 修正
(旧)「そうはいっても……どんな食材があるのか知らないし……」
(新)「そう言われましても……どんな食材があるのか存じませんし……」