04-21 旅行7日目 宮殿
女王ゾラは、ゴローに対し謝らねばならないと言った。
「妾が娘に付けてやった兵士の一人が礼を失したと聞いた」
「え、あ、まあ……」
「それはこの者で間違いないか?」
「え……」
女王が合図をすると、手かせ足かせを着けられた獣人が兵士に引きずられるようにして部屋に入ってきた。
「ルナール……」
リラータ姫の隣りにいるネアは辛そうに顔を伏せていた。
「娘と姪の幼馴染ということで、身辺警護に付けたのじゃが、どうやら間違いだったようじゃ」
国として正式に招いた客人に対し、再三の無礼を働くとは、国家反逆罪にも値する、と女王。
「ええと、彼はどうなるんですか?」
「軽くて身分剥奪の上、労働刑じゃな。重ければ斬首じゃ」
「……最終的には誰が決めるのですか?」
「当事者であるゴローたちの意見も聞きたい。どうすべきかのう?」
「え……?」
そう言われても困る、とゴローは思った。
確かにジャンガル王国にしてみれば面子を潰されたわけだから厳罰に処したいのはわかる。
だがゴローにしてみれば、大した迷惑とも思っていない。そこの落差が大きいのだ。
ネアは俯いているし、リラータ姫は悲しそうな顔。そして当のルナールは、唇を噛み、うなだれている。
「どうするのがよいかの?」
「どうすればって言われても……」
自分の一言でルナールの首が飛ぶかもしれないと思うと、いい加減なことは言えない、とゴローは悩む。
軽くても労働刑……おそらく鉱山などに送られ、重労働を課せられるのだろう。時代劇の佐渡金山みたいに……と『謎知識』がささやく。
(時代劇ってなんだろう……)
などと内心で首を傾げているゴローに、サナから念話が届いた。
〈ゴロー、困ってる?〉
〈ああ〉
〈いいこと思いついた〉
〈いいこと?〉
〈そう。……労働刑にしてもらって、私たちの下僕にする〉
〈おいおい〉
だが、下僕という言い方はともかく、ルナールのことを考えれば悪くない考えだとゴローも賛成する。
〈それがよさそうだな〉
〈うん〉
ということで、ゴローは女王に、
「では、労働刑で。で、ルナール……を私たちの使用人にするということでどうでしょうか」
と申し出たのである。
「ふむ、なるほど……迷惑を掛けたその方らに対し、仕えることで罪を償うか。よかろう、それでいこう」
「ありがとうございます」
ゴローは軽く頭を下げた。
ちらと横目でネアを見ると、明らかにほっとした顔をしていたので、これでよかったと思うゴロー。
リラータ姫も、
「なかなか粋な計らいじゃな」
と感心するし、ローザンヌ王女もまた、
「ゴロー、なかなか情け深いではないか」
と感心するのであった。
* * *
一旦ルナールはそこから連れ出されていった。
「……さて、改めて自己紹介をさせてもらおう。妾はゾラ・ウルペス・ジャンガル、この国の女王じゃ」
「ゴローです。ルーペス王国で商人のまねごとをしております」
「姉のサナです」
「同居人のティルダなのです。ええと、アクセサリー職人なのです」
ゾラ女王は微笑みながら頷いた。
「うむ、ゴローとサナは人族、ティルダはドワーフじゃな?」
「……はい。そうです」
「はいなのです!」
自分とサナは正確には『人造生命』であるから人族と言っていいのかどうか、とゴローは思ったが、もちろん口には出さない。
「ここでは堅苦しい作法はなしじゃ。楽にしてくれてかまわぬ。いやむしろ楽にしてほしい」
ゾラ女王は婉然と微笑んだ。
「職人か。依頼すれば何か作ってもらえるのかのう?」
「あ、はい。もちろんなのです」
「そうかそうか。では、娘の髪飾りを頼もうか」
「髪飾り……なのです?」
「うむ。例えば、こういうのじゃ」
ゾラ女王は自分の髪に刺してあった髪飾りを抜いて侍女に渡す。侍女はそれをティルダに手渡した。
「これは銀細工なのです。素晴らしい出来なのですよ!」
「簪……かな?」
横目でそれを見たゴローがポツリと呟くと、ゾラ女王は驚いた。
「おおう、ゴローは知っておるのか? そう、これは簪という髪飾りなのじゃ」
「……作ってみたいのです」
ティルダの職人魂に火がついたようだ。
「うむ、それでは頼む。期限は今年いっぱいでどうじゃな?」
「あ、はい」
まだ秋の始まりであり、帰ってから制作する時間は十分ある。
「それでは、後ほどでいいですので、髪飾りを着けるときの服装を教えていただきたいのです」
「うむうむ、もっともであるな。衣装のことも考えてくれるとは、ティルダはいい職人じゃ」
「お、畏れ入りますです」
ゾラ女王の賛辞に照れるティルダであった。
「それで、ゴローは商人ということじゃが、何を商っているのじゃな?」
今度はゴローへと質問が投げかけられた。
「え、ええと……そう、宝石の原石……でしょうか」
うろたえ気味にゴローが答えると、
「でしょうかというのは何じゃ? 自分のことであろうに」
ゾラ女王が首を傾げた。
「母上、ゴローは料理が上手なのじゃ。特に甘いものを得意としておるのじゃ!」
リラータ姫が助け舟を出してくれた。
「ほほう? 料理とな?」
面白そうな顔をするゾラ女王。
「ちょうどよい。そろそろ昼食の時間じゃから、食べながら意見を聞くとしようぞ」
ゾラ女王はそう言って手を2度叩いた。
すると部屋の横の扉が開き、料理を載せたお盆を手にした侍女たちが現れ、テーブルの上にテキパキと料理を並べていったのである。
「これが、我が国の料理じゃ」
「おお」
出てきたものは……。
白米のご飯、お椀に入ったウドン、鞠麩とミツバが入った吸い物、奴豆腐、甘く煮た黒豆、大根と人参の酢の物、お新香。
……と、ゴローの『謎知識』は判断した。
それらは色も形も様々な器に盛られており、見た目にも美しい。
箸もしくはスプーンとフォークで食べるように両方が用意されていた。
ローザンヌ王女、クリフォード王子、モーガンらはスプーンとフォークで。
ティルダもスプーンとフォークだが、ゴローとサナは箸を選んだ。
「おう、ゴローとサナは箸が使えるのか?」
「はい、なんとか」
そう答えたゴローであるが、なかなかどうして、箸の使い方は堂にいっていた。
サナはサナでゴローの手付きを見て瞬時に模倣するといったとんでもなさぶりを発揮している。
「この箸とこっちのお椀は『漆器』ですね」
ゴローが言う。これもまた『謎知識』のおかげである。
「ほうほう、『漆器』まで知っておるとはな。ゴロー、その方のことが気になってきたぞ」
ジャンガル王国に来るのは初めてという割に、風習や文化をよく知っている、とリラータ姫も言った。
「うーん……なぜか知っているんですよね」
「不思議な男じゃのう、ゴローは……」
そして昼食となったのだが、
「美味しい」
サナも絶賛する味で、賞味した一同、満足したのである。
美味しい昼食を食べたおかげで、少しぎすぎすしていた場の雰囲気も和んだようだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月17日(日)14:00の予定です。
20200514 修正
(誤)「では、労働系で。で、ルナール……を私たちの使用人にするということでどうでしょうか」
(正)「では、労働刑で。で、ルナール……を私たちの使用人にするということでどうでしょうか」