04-19 旅行7日目 庭園
翌朝早く起きたゴローは、朝風呂ということで温泉へ向かう。
もちろんサナも目ざとく起きてきて、ティルダとともに女湯へ向かっている。
朝もやに煙る風景を眺めながらの朝風呂は格別だ。
ラッキースケベが起こることもなく、ゴローは風呂から上がった。
そのまま、湯上がりの身体を冷ますため部屋着姿で庭園を散歩してみる。
「ふうん……いい庭だな……」
昨日はもう暗かったのでよく見なかったが、朝の光の中で見ると、よく手入れされた庭園である。
「回遊式庭園……って言うのかな?」
『謎知識』に教わりながら庭園を評価する。
回遊式庭園とは、建物内から眺めるだけでなく庭の中を回りながら楽しむ庭園の形式である。
江戸時代からの庭園の一様式で、大名屋敷に多い。柳沢吉保の屋敷だった『六義園』や、水戸家屋敷跡の『小石川後楽園』、それに皇族ゆかりの『桂離宮』『浜離宮』などがそれである。
また、鹿苑寺金閣や慈照寺銀閣の庭園もこれになる。
その多くは池泉回遊式庭園というように、池を中心にして構成されている。
「うーん、水が綺麗だな。……あの山があるからか」
ゴローは、ここジャンガル王国の首都ゲレンセティがあるカルデラにそびえる山を見上げた。
亜熱帯といえる気候にあって、山頂付近には万年雪があるところから、かなりの標高があることがうかがえた。
そもそもカルデラという地形は、そのすり鉢状の形状からして水を溜めやすいわけだから、この都市は地下水も豊富なのである。
「……それにしても、この庭園は……やっぱり『青木さん』と同郷の人が監修したとしか思えないな……」
ゴローの『謎知識』がそう主張していたのである。
だがそういうことは抜きにしても、この庭園は素晴らしかった。池を中心に自然石が配置され、灌木の繁み、明るい草原、落葉樹の疎林、常緑樹の緑陰……。
「……フロロやマリーに見せておきたいな」
と、ゴローが思ったその時。
「ご主人さま、お呼びですか?」
マリーが現れたのだった。
「ああマリー、いいところに」
そしてゴローは、ここの庭園がなかなかよい出来だと話して聞かせた。
「はい、私もそう感じます。なんと言いましょうか、『人工の自然』とでもいえる雰囲気です」
人工の自然、言い得て妙かもしれない、とゴローは思った。
余談だが、『人工の自然』という言葉は存在する。
つまりは、科学技術の発展によって、過去にはなかった自然現象が見られるようになったというくらいの意味であるが。
噴水に生まれる虹や、飛行機雲などはそれだろうか。
閑話休題。
「フロロは呼べないかな?」
「……申し訳ございません、私にはちょっと……」
済まなそうな顔をするマリーを、ゴローはなだめた。
「ああ、無理ならいいんだ」
そして『念話』でサナを呼んでみる。
〈サナ、今どうしてる?〉
返事はすぐにきた。
〈温泉から上がって、部屋に戻るところ。ゴローは?〉
〈庭園を散歩してる。こっちに来ないか?〉
〈うん、行く〉
そして3分後、サナとティルダがやってきた。
「ゴローさん、ここの庭、凄くいい雰囲気なのです」
「だろう? だから今、マリーにもそう言っていたところさ」
屋敷に戻ったら、少し庭の手入れもしてみたくなったゴローである。
「でさ、フロロにもこの庭のことを知っておいてほしくて」
「ああ、それで私を、呼んだわけ」
サナはすぐに察してくれた。
「……フロロ、来られる?」
「んー? なによ、サナちん?」
サナの呼びかけに応じてフロロが現れた。
「ゴローが、ここの庭のこと気に入ったんだって」
「んー……ああ、確かにね。大地の『気脈』から力を借りているみたいだし」
「『気脈』? それって、大地を走っている力の道のこと?」
フロロの説明に、サナが聞き返した。
「そ。言わば大地の血管みたいなものかもね。少しなら力をもらえるけど、やりすぎたら大地は弱ってしまうし、下手をするとしっぺ返しを喰らうかも」
そんな説明を聞き、ゴローは『血を吸う寄生虫みたいだなあ』などと思っていた。
「まあ、あたしのいる屋敷も、気脈の上に建っているからね。似たようなことはできるわ。帰ったらマリーと一緒に何かやってみてもいいわよ」
「是非頼むよ」
「うん、お願い」
「わかったわ。いいわよね、マリー」
「はい、フロロさん」
そんなやり取りがなされている間、ティルダは少し先を歩いており、池の細い部分に架かる橋に注目していた。
「……変わった橋なのです……」
それは『太鼓橋』と呼ばれる、太鼓の胴のように上へ丸く反ったアーチ橋である。
欄干が赤く塗られており、いかにも人工的なのに周囲の緑とマッチしているのが不思議なほどだ。
ティルダはその構造に興味を持ったようだった。
* * *
そんなこんなで庭園を一周して戻ると午前7時。
ちょうどラナと出会い、
「朝食は7時半頃にお持ちします」
と言われた。
そしてその時間に朝食が運ばれてくる。
「わあ、いい匂いなのです」
朝粥、寄せ豆腐(おぼろ豆腐)、油揚げの味噌汁、甘い玉子焼き、それにお新香だった。
「油揚げってあるんだな……」
そして『秘伝の調味料』という『醤油』までが付いてきていた。
「おお」
味噌と醤油があることに驚き、また喜ぶゴロー。
「美味しいのです!」
寄せ豆腐を食べたティルダは、その風味と味わいが気に入ったようだった。
「甘い玉子焼き、美味しい」
そしてサナは当然のことながら甘い玉子焼きを気に入っていた。
ゴローはと言えば油揚げの存在を見て、『あれもあるのかな……?』と密かに期待していたりする。
あれ、というものが何なのかは、いずれわかるであろう。
* * *
食後のお茶はほうじ茶であった。
「これ、緑茶とは違うのです?」
「ああ。緑茶を熱して作るんだよ」
ティルダは色からいって、いつも飲んでいる紅茶に近いものかと思ったようだが、味わいがそうとう違うので驚いたようだ。
「なんというか、香ばしいのです……この味、好きかも」
「美味いよな」
「うん、美味しい」
ゴローとサナも、ここのほうじ茶の味が気に入った。
どうやらかなりの高級茶で作られた茶葉らしい、とゴローは推測するのであった。
「しかし、買って帰りたいものが多いな……」
不思議と、緑茶もほうじ茶も、また味噌や醤油も、ルーペス王国では見かけなかったのである。
「もしかしたら、輸出禁止なのかも」
サナに言われたゴローは、その可能性もあるか、と認め、
「だったら悲しいな」
と苦笑したのであった。
* * *
そして午前9時。
「ゴロー様、サナ様、ティルダ様、お迎えに上がりました」
予告どおり、ラナが3人を迎えにやってきたのであった。
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次回更新は5月10日(日)14:00の予定です。