00-13 旅立ち
およそ1ヵ月間、ぶっ通しで『教育』した結果、『自動人形』のフランクは、ひととおりの家事をこなせるようになった。
〈今日の献立は、野菜のスープと燻製肉の炒め物です〉
料理も、
〈ハカセ、洗濯物が乾きました〉
洗濯も、
〈ハカセ、散らかしっぱなしではいけませんよ〉
掃除もこなす。
さらには、
〈ハカセ、この薬品はどこに置けばいいのでしょうか〉
実験・研究の助手までも務められるようになったのである。
とはいえ、
「これだけ高機能でも、やっぱりどこかあんたたちとは違うんだよね」
というハカセの言葉どおり、『自動人形』と『人造生命』はどこがどう、具体的には言えないまでも、明らかに違う存在だ、と感じられるのだった。
(やっぱり『自我』なのかもねえ……)
* * *
そしていつの間にか雪が消え、冬が終わっていた。
カーン村にはまた行商人がやってきて、ゴローとサナはフランクを連れて買い出しに行った。
「おやサンちゃん、ゴー君。そっちの人は?」
いつものおばちゃんが一行に声を掛けてきた。
「ええと、親戚の『フランク』といいます」
「じゃラン君だね、よろしくねえ」
〈はい、こちらこそよろしくお願い致します〉
「おやおや、なかなか礼儀正しいねえ。そんじゃ、またね」
おばさんは喋るだけ喋ると、すたこらどこかへ行ってしまった。
そしてゴローとサナはフランクに買い物のコツを伝授する。
〈なるほど、そういう風に交渉するのですね。……ハカセの好物も把握しました〉
そして、荷物を背負うのも問題なし。
道中で魔獣と出くわしても、
「すごいな」
「……うん」
10頭ほどのイビルウルフの群れを、魔法を使わず、拳打のみで全滅させてしまう実力があったのだ。
* * *
「力、素早さは『今の』ゴローよりも上、ね」
報告を聞いたハカセは満足そうに頷いた。
「さすが、あたしたちが作った『自動人形』だわ!」
「ほんとですね」
ゴローも満足だった。
だが、その後、ハカセは衝撃的な一言を口にする。
「これで、安心してあんたたちを送り出せるね」
「えっ!?」
「え!?」
「お、追い出されちゃうんですか、俺たち!?」
「……そんなの、嫌」
だがハカセはそんなゴローとサナの頭にぽん、と手を置いて、
「追い出すんじゃないよ。送り出すのさね」
と、微笑みを浮かべながら優しく言ったのだった。
「……どう違うの?」
小首を傾げてサナが尋ねる。
「そうだねえ、なんと言えばいいのかねえ」
ハカセも、首を傾げて少し考え込み……少し俯いたまま、語り出す。
「巣立ち……だねえ」
「巣立ち?」
「雛はいずれ、巣立っていくものだよ」
「俺たちは雛ですか」
ハカセはぽりぽりと頭を掻いた。
「そうだよ。あんたたちはあたしの子供みたいなものさ。子供はいつか、親元から巣立つんだよ」
そしてさらに、
「あたしも子離れしないとねえ」
と続けたのである。
* * *
それからというもの、ゴローとサナの旅支度で大わらわだった。
「ほら、服の替えは必要だよ。あんたたちはよくても、他人様が見たら不快に思うことだってあるんだから」
とか、
「サナには、もう少し女の子らしいことを教えてあげられたらよかったんだけどねえ。あたし自身がずぼらだからねえ」
などと言い、また、
「あたしがここに落ち着く前の知り合いはほとんどもういなくなってるだろうからねえ……紹介してあげられたらよかったんだけど」
と言って残念そうにした。
また、
「靴は大事だよ。目ざとい商人は足元を見るっていうしね」
「ハカセ、それって意味が違うと思います……」
などというやり取りも。
3日ほど掛けて旅支度が整えられた。
人造生命である2人にはあまり必要ではないが、人間なら必要だろうと思われる装備の数々を丈夫な革製の背嚢に詰めた。
具体的には服の着替え、下着の着替え。それから魔獣の皮を加工して作った雨除けの防水シート。
すね当てと胸当て、帽子などの軽防具。
旅費として金貨10枚、銀貨20枚、銅貨100枚。つまり10万3000ゴル。日本円だとおよそ103万円くらい。
それに物々交換用に小さな宝石や魔物の牙、爪などの素材を少し。
2人には必要ないのだが、持っていないと怪しまれるので毛布、金属製のカップ、鍋、皿、スプーン、フォーク、ナイフなどの生活必需品。
それに水筒と保存食料が少し。
* * *
そして、季節は春の終わり頃、ゴローとサナがハカセの下から旅立つ日が来た。
「……忘れ物はないかねえ」
「大丈夫ですよ、ハカセ」
「うん。私たちなら、何も怖くない」
「あたしゃ、サナのその自信が怖いよ」
世界は広いからね、とハカセは諭すように言う。
「あんたたちだって、決して無敵じゃない。気を付けるんだよ」
そしてゴローに向かい、
「あんたはこの世界について疎い。サナも詳しいとは言いがたい。だから慎重に行動するんだよ。身体のことについては、まだ教え切れていない気もするけど、サナがよく知っているはずだから、何かあったらサナに聞きなさい」
「はい、ハカセ」
そして今度はサナに向き合うハカセ。
「サナ、あんたはどこか危なっかしいから、頼るべきところはゴローに頼っていいんだからね。それから、もう少し女の子らしくしないと、ゴローは他の子に目移りしちゃうかもしれないよ」
「……」
サナは無言を答えとした。
「あーあ、あたしも子離れしないといけないわけだけど、あんたたちがいなくなったらしばらくは脱力するだろうね。でもなんとかかんとかやっていくから。フランクもいるし。だから、あんたたちはあたしのことなんか気にしないでいいよ。……あ、でも、たま〜に思い出してくれると嬉しいかな」
「……は、はい」
「……はい」
長い話に少しだけ、2人もうんざりしてきたとき。
「……元気でね、2人とも」
それまでとは異なる声で、ハカセはぼそっと呟くように言った。
「はい」
「はい!」
サナとゴローは返事をして、研究所から1歩を踏み出した。
「それじゃあ、行きます」
「……じゃあ」
一歩、二歩。
歩み去る2人。
10歩ほど進んだ後で、ゴローは歩みをふと止めて振り返った。
「……行ってきます………………『母さん』」
そしてサナも。
「…………元気でね……母さん」
それだけ言うと、2人は足を速め、見る見るうちにハカセの視界から消えたのだった。
もう見えなくなった2人の背中に向けハカセは、小さい声で、しかしはっきりと呟いた。
「行っておいで、あたしの子供たち」
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は7月5日(金)14:00の予定です。
20190702 修正
(旧)道中で魔獣と出っくわしても、
(新)道中で魔獣と出くわしても、
『っ』があっても意味は通じますが、地の文なので。
20200501 修正
(誤)だがハカセはそんなゴローとサナ頭にぽん、と手を置いて、
(正)だがハカセはそんなゴローとサナの頭にぽん、と手を置いて、