04-17 旅行6日目 王都到着 その2
入り口にあたる岩の門をくぐった後は緩やかな下り坂で、馬車も本来の速度で走れる。
30分ほど進むと、熊のような獣人たちが整列し、一行を出迎えた。
「ようこそ、ジャンガル王国首都へ!」
「お帰りなさいませ、姫様!」
「ただいまなのじゃ。出迎えご苦労。客人たちに失礼なきようにな」
「はっ!」
熊獣人たちは馬車の両側に付き、一行は再び進みだした。
街道の幅は馬車6台分ほどにもなり、しかも石畳となっていた。
「うーん、家は木造が多いのか」
「です。でも、石材も結構使われているのです」
ゴローとティルダは、街道脇の建物を観察していた。
建物は和風とも洋風ともつかない様式で、和洋折衷とも少し違う感じ。
強いて言うなら現代日本の建売住宅か。
「基礎とか土台は石材で、柱も石材かな?」
「あっちの建物の柱は木でできているのです」
ゴローとティルダは、そんな話をしながら馬車の外を眺めていた。
そしてひときわ立派な建物の前で馬車は一旦停止。
建物の周囲は3メルほどの高さの木の柵で囲まれている。
柵には隙間があって内部が見えた。
内部は柔らかそうな緑の芝生であった。
リラータ姫付きの女官、ラナがやってきて、
「ゴロー様、サナ様、ティルダ様はこちらの第2迎賓館にお泊りいただきます」
と告げる。
「ご用は私が承ることになりました」
どうやらラナがゴローたち3人の担当になったらしい。
ラナの先導で馬車は再び動き出し、右に曲がって第2迎賓館へと入っていったのである。
ちなみに、ローザンヌ王女たちは第1迎賓館に泊まるらしい。
その第1迎賓館はゴローたちの第2迎賓館と隣合わせに建っており、幾分豪華な外見をしていた。
「こちらには温泉もございますよ」
「本当ですか?」
ラナの言葉に、思わず聞き返すゴロー。
「はい。この町は、あちらこちらで温泉が湧いております」
* * *
第2迎賓館は2階建てで、地方の小学校くらいの大きさである。
第1迎賓館の方はその倍くらい。この差は、お付きの者や護衛の者の人数の差によるらしい。
(本陣と脇本陣的な?)
などと、ゴローは『謎知識』で考えていたが。
1階は厨房や管理人室などの諸施設で、2階が客室のようだ。
「ゴロー様たちは明日のお昼前に国王陛下と謁見していただきたいのですが」
「ああ、いいよ」
特に問題はないので快諾するゴロー。
ラナの説明によれば、ローザンヌ王女たちはその前から謁見をし、会談を行うようで、それが終わった頃ゴローたちが行き、その後共に昼食会……という流れになるということだった。
「なるほどな」
「ですので明日の午前9時ころまではご自由にお過ごしください」
「わかった。ありがとう」
「あ、それから、こちらのお部屋の中では靴をお脱ぎください」
「え?」
「お寛ぎいただくため、土足厳禁なんです」
「へえ……」
ゴローの『謎知識』は、そういう文化もあると教えてくれていたので、それほど違和感を感じはしなかったが、
「なんとなく、新鮮なのです」
ティルダは違うようで、この習慣を珍しく感じていた。
サナはといえば、
「……前に、ゴローに聞いた気もする」
と言っている。
「そうだっけ?」
ゴローとしては『ハカセ』の所にいた時、思いつくままにいろいろな話をしたので、したようなしないような……といったところだった。
そして、部屋に入ると。
「あ、この床、面白いのです!」
部屋に入ったティルダが顔を輝かせた。
ゴローもそれを見て目をみはる。
「……畳?」
『謎知識』由来の、そんな言葉が口をついて出てきた。
「よくご存知ですね。ゴロー様、以前こちらへいらしたことがおありなのですか?」
案内してくれたラナが驚いていた。
「い、いえ、……聞いたことがあったんです」
「そうでしたか。こちらは仰るように『畳』といいます。表面は『い草』という植物でできております」
「畳は輸出していないんですか?」
ゴローが尋ねる。できれば家に欲しかったのだ。
「今のところはしておりませんね」
「……買って帰ることはできますか?」
「持ち出しは禁止されていませんから可能ですが、重くてかさばりますよ?」
「うーん……」
さすがのゴローも考え込んでしまった。
ラナは続いて施設について説明してくれる。
「お風呂場は1階です。温泉ですので、いつでも入浴できます。ですが夜の10時から12時くらいまでは浴室と浴槽の掃除をしますのでご利用できません」
説明を聞きながら、温泉旅館みたいだなと思うゴロー。
「お夕食は午後7時ころ、お部屋にお持ちいたします」
「はい」
これにはサナが答えた。今は午後6時、あと1時間くらいある。
ざっと汗を流せるな(ゴローとサナは汗をかいていないが)、とゴローは思った。
ひととおり説明を終えると、
「……他にご用がございませんでしたら、一旦ここで失礼いたします。ご用の際は、玄関脇の管理人室へお声をおかけください」
と告げてラナは一礼をし、立ち去った。
* * *
たいして多くもない手荷物を部屋に置くと、
「食事前に一風呂浴びに行こう」
とサナとティルダに言った。
「うん」
「行きたいのです」
2人とも二つ返事で承知したので、着替えとタオルを持って部屋を出る。
お金やアクセサリーなどの貴重品は部屋に備え付けになっている金庫(ダイヤル式、番号は自分で設定可)にしまえるようになっていた。
(ますますもって温泉旅館だな……)
などと『謎知識』を参考にしながら、ゴローは1階へと下りていった。
「ここだな」
ちゃんと男湯と女湯に分かれており、脱衣所の入り口には『ゆ』と書かれた暖簾が下がっていた。
「これ、何が書かれているの?」
とサナに聞かれ、
「『お湯』って意味の文字だな。ほら、『青木さん』……『ブルー工房』の看板に使われていたのと同じ種類の文字だよ」
「ふうん……ちょっと、興味深い」
サナはそんなことを言い、ゴローは、
(これ、間違いなく『青木さん』のお仲間が関与しているだろう……)
と想像したのであった。
「おお、いい湯だ」
中は広々した浴槽である。10人くらいはいっぺんに入れそうだった。
泉質はおそらく単純泉か。
(硫黄泉だと、獣人の鼻にはきついかもしれないしな)
などと思いながら、一人湯船でくつろぐゴローであった。
* * *
「いいお湯なのです」
「うん」
サナとティルダもまた、のびのびと湯船で手足を伸ばしていたのである。
ちなみに、ハプニングは何も起きなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は5月3日(日)14:00の予定です。
20200430 修正
(旧)「ですので明日の午前9時ころまではご自由にお過ごしください」
(新)「ですので明日の午前9時頃まではご自由にお過ごしください」