04-16 旅行6日目 王都到着 その1
キオーナ村を午前7時半に発った一行。
「街道の幅が広くなった気がする」
これまでは標準の大きさの馬車がやっとすれ違える程度、つまり馬車2台半くらいの幅だったが、3台半くらいの幅になっていた。
そんなところからも、王都が近いことを感じられる。
しかも、馬車が1時間も進まないうちに集落に出会った。
「ここではなく、次の集落で休憩するそうだ」
と、馬に乗るモーガンが教えてくれた。
そしてまた1時間足らずで次の集落にやってきた。時刻は午前9時。
「ここで休憩か」
食事にはまだ早いので、水を飲んだり用を足したりということになる。
ちなみに、この集落のトイレは水洗式だった。
どうやら地下に下水道があるようで、汚水は一箇所に集め、魔導具で処理しているらしい。
「衛生観念が進んでいるのはいいことだよな」
とゴローは思ったが、
(……風呂がないのはいただけない)
とも思っている。
結局この道中、まともな風呂に入れたのは温泉のある村、ワヒメカ村でだけだったのだから。
「きっと、王都にはお風呂があるのです……」
ティルダも、お湯で体を拭くだけの毎日には少々うんざりしているようだ。
「でも、獣人の人たちって、水浴びだけで平気らしいのです」
「へえ、そうなのか」
ゴローやサナを作った博識の『ハカセ』であるが、獣人の血は引いていないためか、そっち方面の文化文明には疎かった。
従って、長らく助手を務めていたサナも、獣人の暮らしには詳しくない。むしろティルダの方が詳しいくらいだった。
「鼻……嗅覚が優れているだろうから、においには敏感だろうしなあ」
ゴローがそう言うと、サナが口を挟んだ。
「そうとも言えない、かも」
「え? どうして?」
「……ほら、フロロが嫌った魔除けの花」
「ああ、そういうことか」
つまりサナが言うのは、獣人は確かに鼻がいいが、においの好き嫌いがあるのではないか、ということだ。
もう少し具体的に言えば、獣人同士の体臭はあまり気にしない可能性がある、という意味である。
「あとは、特定のにおいには鈍感、とか」
あくまでも推測だが、いろいろな可能性が考えられた。
とはいえ、におい、特に体臭についてはデリケートな問題かもしれないので、こちらから聞くのはやめておこうと決めたゴローなのであった。
* * *
午前10時出発、馬車はまた進んでいく。
街道の幅は更に広がり、馬車4台分くらいになった。
そしてこの旅で初めて、別の馬車とすれ違ったのである。
「あれは商人の馬車、らしい」
すれ違った馬車は2台。
前を行く馬車は飾りっ気がなく、後ろを行く荷馬車は荷が満載されていた。
「何を売るんだろう?」
木材は『転移の筺』を使うと聞いたので、それではないだろう。
「おそらくドライフルーツなのです。それに香辛料、布や革などの細々したものも、です」
国家間の貿易は『転移の筺』で、個人の取引は馬車で……となるようである。
「なるほどな」
鉱石類もあるかもしれない、と考えるゴローであった。
* * *
そして行く手に平らな山のような地形が見えてきた。
「あそこが王都ゲレンセティらしいのです」
ティルダが言った。
「……テーブル台地か? いや違うな……」
『ハカセ』が住んでいる(はずの)山に似ているが、台地ではなさそうだった。
そしてその正体は、近づくにつれはっきりしてくる。
「……二重火山って言ったっけ……?」
『謎知識』が教えてくれる。
二重火山は二重式火山ともいい、カルデラ(火山の活動でできた凹地、だいたいは元の火口)の外壁をなす外輪山と、カルデラ内部の中央火口丘とから成る火山である。
阿蘇山などはこの例。
だが、この王都ゲレンセティは、伊豆諸島の1つである『青ヶ島』に似ていた。
「凄いなあ」
そそり立つ外輪山の麓に着いたのは午前11時。
時間的には早い到着だが、ここからカルデラ内までの標高差は500メルほどもありそうだ。
『謎知識』曰く『富士山のブルドーザー道を思わせるようなジグザグ道』が刻まれており、そこを登っていくことになるのだろう。
「今日中に着けるのです……?」
ティルダが不安そうに言うが、
「標高差が500メルとして、勾配が5パーセントなら道のりは10キルだ」
ゴローは道のりを計算した。
ちなみに、道の勾配は角度ではなくパーセント(百分率)で表されることが多い。
鉄道だとパーミル(千分率)。
100メル進むと5メル登るのが5パーセントの勾配である。
「5パーセントの勾配だと、馬車の速度は半分以下になるから、時速2キルとして5時間だな」
「……なら、なんとかなりそうなのです」
* * *
昼食を含めた1時間の休憩後、正午に出発。
いよいよジグザグ道を登っていくことになる。
道はきれいに整地されているので、馬車もスムーズに動く。
「なるほど、これなら予想より少しだけ早く着くかもな」
時速2キルが2.2キルくらいになるかもしれない、とゴローは思った。
「ふわああ、高いのです……」
外輪山は45度以上の傾斜を持ち、そそり立つようにそびえているので、そこに刻まれたジグザグ道を行くのはスリルがある。
なにせガードレールのない山道なので、1つ間違えたら馬と馬車ごと転落だ。
「おそらく年に1度以上の事故が起きているんじゃないかなあ」
とゴローが言うと、
「ゴ、ゴローさん、脅かさないでくださいです!!」
と、泣きそうな顔のティルダに睨まれてしまった。
「悪い悪い」
頭を掻き、謝るゴロー。
馬車はゆっくりと登っていく。
馬の疲労を考え、15分に3分くらいの休憩を入れながらだ。
「結局、平均したら最初の予想どおりかな」
10パーセント上がった速度が休憩で相殺、いや少し予想より時間が掛かりそうだ。
「いろは坂よりすごいな……って、いろは坂ってどこだろう?」
『謎知識』がまたしても変な情報をゴローに投げかけていた。
そして休憩をはさみつつ、何度目か……十何度目かの方向転換をすると、外輪山の傾斜が少し緩んだようだった。
さらに何度か方向転換をすると、明らかに斜面の傾斜が緩み、ジグザグ道のジグザグ度合いが減少した。
「ようやく上についたのです?」
時刻は午後4時半頃、ようやく外輪山を登りきったようだ。
結局、ゴローの予想と大差はなかった。
「あ、あの切り通しから中に入るみたいです」
街道の先は、岩の門のようになっている。
そこをくぐれば、カルデラ内部が一望できた。
「わあ……」
「うわあ」
「綺麗なのです」
それぞれサナ、ゴロー、ティルダである。
外輪山の内部には広い平野が広がり、カルデラ湖らしき湖もあった。
『中央火口丘』もあり、その麓に王城があるらしい。
「あの湯気は……温泉かも」
元が火山なら温泉が湧いていてもおかしくない。
俄然到着が楽しみになったゴローであった。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は4月30日(木)14:00の予定です。
20200426 修正
(旧)臭い
(新)におい
4箇所修正。
20200427 修正
(誤)頭を描き、謝るゴロー。
(正)頭を掻き、謝るゴロー。
20210216 修正
(誤)「……風呂がないのはいただけない」
とも思っている。
(正)(……風呂がないのはいただけない)
とも思っている。




